時舞う旅人  19

汽車に揺られる事数時間。
そろそろ腰が限界を訴えてきた頃になって漸く汽車は駅へと吸い込まれた。

「あー…耳が変だよ…」

肩の上に乗ったメラノスが耳元で呟く。
しきりに後ろ足で耳を掻いている所を見ると、彼の耳は本当に変になってしまっているらしい。
ガタンゴトンと言う定期的に響く音と振動を長時間受けたから、だそうだ。
彼を肩から腕の中へと移し、余計な音を聞かずに済むようにと手で軽く耳を覆ってやる。

「暫くそうしていれば治るでしょ」
「コウ!置いてくぞ!!」

メラノスに微笑みかけた所で、数メートル前からそんな声が届く。
反応して顔を上げれば、今しも走り出せそうなほどに軽やかな足踏みをしてエドがその場に留まっていた。
これ以上進めば彼らとコウは確実に逸れただろうと言うギリギリの距離。
図書館の事しか頭になかった彼にしては中々優秀な所で気づいたと言えるだろう。
尤も、目的地が図書館とわかっているのだから合流する分にはあまり大変ではないが。

「すぐ行く!」

そう言うとコウはメラノスを抱く腕にほんの少しだけ力を篭める。
ホームを行き交う人の波に流されないように気をつけながら、彼女は待ってくれている彼らに追いついた。

「あら?こちらのお嬢さんもご一緒に?」

黒髪をショートに切った軍服の女性がコウを見ながらエドに問いかける。
それに反応するように、その隣の男性もコウの方を向いた。

「ああ。コウって言うんだ。訳あって一緒に旅をしてる。コウ、こっちはロス少尉とブロッシュ軍曹」
「初めまして。コウ・スフィリアと申します」

柔らかな笑顔と共にそう告げたコウに、ブロッシュの表情が緩む。
目聡くそれに気づいたメラノス。
彼の居場所がコウの腕ではなく肩であったならブロッシュの顔には三本ほどの引っ掻き傷が出来ていたことだろう。
緩んだ表情を浮かべたままの彼の隣で、ロスが思い出したように「あ」と声を発する。

「もしかして“時の踊り子”のルデンタ…?」
「…そうですね。そっちの名の方が知れているかもしれません」

肯定の言葉と共に頷くコウに、ロスは感動したとばかりに彼女の手を掴んだ。
腕一本で抱かれることになり、不安定になったメラノスが不満げにロスを見上げるが、それに気づくはずもない。

「逢えて光栄です。私はまだ一度も踊りの方を見せていただいていませんけど、噂はよく聞いております」

ロスはコウの手を離すとピッと敬礼して見せた。
それと同じくブロッシュも敬礼の姿勢をとる。

「噂…?」

彼女の言葉に引っかかりを感じたのか、コウは首を傾げてそう言った。

「色々とありますよ!時を止める踊りを見せる旅人とか」
「国境を越えて旅するルデンタは一国の皇帝から永住を求められたとか」
「錬金術でも酷く優秀で大総統自ら国家錬金術師に勧誘したいと思っているとか」
「踊りの中でも錬金術を使って人を魅せるとか」

指折り数えていく彼らを前に、三人+一匹はポカンと口を開いていた。

「…どっから何処までが本当?」
「っつーか、本当の噂なんかあるのか?」
「うーん…尾鰭がつき過ぎているから何とも…」
「殆ど本当の事だけどね」
「「………は?」」

最後のメラノスの言葉にエドとアルが沈黙の後にそんな声を上げる。
当の本人は我関せず、とばかりにそれ以上何も言うつもりはないらしく彼女の腕の中で目を閉じた。
言葉の真意を知るべく、彼らの視線はコウへと移る。

「そのうち、ね」

そう言って、未だに噂を思い出しては口に出すロスらを止めるコウ。
一行は漸く図書館へと一歩踏み出した。











「つい先日の不審火にて中の蔵書ごと全焼してしまいました」

未だ炎の爪痕を残すそれは黒く煤けた状態でその場に佇んでいた。
風がふわりと吹けば、蔵書の炭と思しき塊がそれに乗って宙を舞う。
漸く掴んだ手がかりの現状に、エド達は立ち尽くすほかはなかった。

「錬成しなおすって無理かしら?」
「どう考えても足りないでしょ。ほら、また一つ飛んで行った」

小声でメラノスに話しかけるが、返って来たのは嬉しくはない回答。
また風に乗って遠くへと運ばれそうな炭を見つめてコウは深く溜め息を落とした。

「折角の手がかりだったのにね…」


彼らの心境を語っているようなその背中を見つめ、コウは小さく呟いた。





「そう言えばさ、あのお金ってどうしたの?」

本館に移動されているかもしれないと言う僅かな希望を元に、エド達は本館へと足を運ぶ。
受付でそれを調べてもらっている間にメラノスが小さく問いかけてきた。

「お金?」
「ほら、旅の資金にしろって無理やりに渡されたアレだよ」
「………あぁ、アレね。兄さんが私の口座に押し込んで行ったわ」

まだ丸々残ってる。とコウは肩を竦める。
旅の資金としてとある人物からかなりの金額を貰ったのは今から数年前。
確かにあって困る物ではないが、旅をしながら踊りでそれなりに稼いでいるコウにとっては少し邪魔だ。
あの時はまだコウの兄が居た頃で、先を見通していた彼が彼女の口座を作ってそこに預けていたのだ。
いざ旅を止めるとなった時にコウが一人でも生きていけるように、そんな兄の優しさだった。
もちろんコウはそれに一切手をつけていないので、金自体はそのまま残っている。

「お返しした方がいいと思うんだけどなぁ…」
「あの人が受け取るとは思えないよ。素直に貰っておけばいいじゃん」
「そうなんだけど…」

今一釈然としない、とコウは溜め息を一つ。
向こうのカウンターの所ではエドが重い空気を背負って座り込んでいた。
どうやら本館に移動された、と言う事はなかったらしい。







本の虫ことシェスカの住所を聞いた彼らは躊躇う事なくそこへと足を運ぶ。
ノックへの反応がないことから留守かと思われたが、家の明かりはすでにつけられている。
その役目を果たすべく室内を照らすそれの明かりが窓から漏れ出しているのにエドが気づいた。

「失礼します…」

鍵の掛からぬドアを開け、一行はその家に足を踏み入れる。
だが、その眼に映ったのは一面の本の山だった。

「これはまた凄い量で…」

本の山を崩さぬよう獣道のようなそれを通っていく彼らを見送り、コウは最後尾についた。
横に積まれた本にはすでに埃も乗っているものまである。

「管理出来ないなら持つべきじゃないね、まったく…」

割と綺麗好きなメラノスが不満の声を上げる。
外で待っているかと言うコウの言葉に彼は首を振った。

「うわ…身長以上に本が積んであるよ。これって崩れたら埋まるんじゃ…」
「兄さん人っ!!人が埋まってる!!」
「掘れ掘れ!!」

「………うん。埋まるみたいだね」
「…とりあえず、行きましょうか」

06.01.20