時舞う旅人  18

ロックベル家に滞在して今日で三日目。
一時は間に合うかと危ぶまれた機械鎧も無事に完成し、今ではエドの手足に落ち着いている。
ソファーに身を投げ出して食後の睡眠を貪るエド。
そんな彼を見た後、アルはふと顔を持ち上げた。

「あれ…?」

リビングをキョロキョロと見やれば居るはずの人物の姿がない事に気づく。
いつも彼女と共に居る黒猫の姿を探しても、その尾すら見つける事は出来なかった。

「アル?どうしたの~?」

彼の行動に気づいたウィンリィが声を掛ける。
彼女の声に、アルは振り向いた。
その表情を窺う事はできないが、恐らく心配そうな表情を浮かべているのだろう。

「や、コウが居ないみたいなんだ。どこ行ったんだろう…」
「散歩でもしてるんじゃないの?」
「そうなのかな…。僕、ちょっと外見てくるね」

そう言って玄関を出て行くアルに、ウィンリィは行ってらっしゃいと手を振った。
そして気持ち良さそうに眠るエドを見下ろす。

「…まったく…大事なお客さんを放って寝るなんてね…」

言葉とは裏腹に、彼女の表情は優しかった。













星が見下ろす中、アルは地面を踏みしめていた。
自身の足音の合間に小さな音が聞こえる。
その音に誘われるままに、彼は道を進んだ。
アルの視界にふわりと動いた白い物が映りこむ。

「…あ」

思わず声を出してしまった事に気づき、彼は慌てて口を噤む。
幸い声は届かなかったのか、彼女が気づくことはなかった。





軽い足取りで踊るコウの姿は神聖な儀式のようにも見えた。
動きに合わせて柔らかい生地の服が揺れる。
夜目にも美しく魅せるその長い髪が、ふわりと風に乗った。
ほんの少しの装飾品がそれぞれに当たって音を奏でる。
アルは彼女の踊りに見惚れていた。

「綺麗だろ?」
「!?」

ビクリとアルの肩が揺れる。
慌てて声の聞こえた方を見れば、そこには一人の少年が居た。
短い草の上に腰を下ろす彼がいつの間に近くに来たのかはわからない。

「め、メラノス…いつの間に…」
「君がコウに見惚れ始めた頃かな」

彼女の踊りを視界に捉えてすでに数分が経過している。
要するにその間ずっとアルはメラノスの存在に気づけなかったらしい。
不甲斐ないような、恥ずかしいような…何とも言えない感情が彼を包んだ。

「コウは…どうして踊ってるの?」
「…声を聞いたって」
「“声”…?」

コウが腕を振り、その白い腕に付けられたブレスレットが月明かりを反射させる。
シャランと綺麗な音が響いた。

「ヴィアドの民は自然の声を聞く。今まで我が身一つで彼女が旅を続けてこれたのはそれのおかげさ」
「そんな…本当に?」
「………信じてくれなくていいよ。コウだって、それを望んでるわけじゃないから」

メラノスはアルを一瞥すると、再び視線を彼女の方へと戻す。
踊りが終わったのか、彼女は緩い動きで足を止めた。
訪れた静寂に、彼女の服が音も無く重力へと従う。











余韻に目を閉じていたコウがゆっくりした動作でそれを開いた。
メラノスを探すように巡らせた視界に思わぬ者が映る。

「…アル?」
「ご、ごめん!盗み見するつもりじゃなくって…!!」

コウの声で我に返ったアルはあわあわと只管慌てて弁解する。
そんな彼の反応にコウは一時目を見開き、そして口元を緩めた。

「ご観覧ありがとうございました。如何でした?」

酷く芝居がかった声と仕草でコウは彼に向かって歩き出し、首を傾げた。
少しだけ落ち着いたアルが頷く。

「す、凄く綺麗だったよ!夜の踊りもいいね!」
「それは光栄至り。………ってね」

クスリと悪戯めいた笑みを浮かべ、コウはそう言った。
言葉を発する事なく立ち上がったメラノスはパンと服を叩き、彼女の傍へと歩いていく。

「満足出来た?」
「うん。付き合ってくれてありがと」

そう言ってコウはメラノスの髪を撫でた。
心地良さそうに目を細める辺りは猫の名残が残っていると言えよう。
そんな和やかな二人を見ながら、アルは口を開く。

「あのさ…声って何?」
「声…?あぁ、メラノスに聞いたの?」

アルの声にコウは手の動きを止めて彼を振り向く。
頷くアルには、不満げな表情を浮かべたメラノスが見えていた。

「色々な声。悲しみ、怒り…助けを求める物から迷う物まで…色々」

パチンッとブレスレットの止め具を外しながら彼女は答えた。
その表情は切なく、アルは声を挟む事を忘れる。

「聞こえてくるのは負の感情が殆どだけど…まぁ、一握りだけ別の種類もあるかな」
「…負の、感情…。………哀しくないの?」

何が、とは言わない。
伝わっていると言う確信の元にアルはそう問いかけた。

「哀しいよ。だから、せめて私の踊りで癒されてほしい。ほんのひとときの事であったとしても」
「踊ったら、声は消える?」
「…消える時もあれば、嘆くように酷くなる時もある。私にも全てが聞こえてるわけじゃないから…」

そこまで言って、コウはふと苦笑を浮かべた。

「変な話でしょう?」
「え!?変って事はないと思うけど………ただ…」
「“信じられない”」

アルが続けようとした言葉は、別の口から声として発せられた。
それを紡いだのはコウに他ならない。

「いいよ、信じてくれなくても。誰かに理解を求めてるわけじゃないから」

そう告げた彼女の笑顔があまりにも哀しく見えた。
アルはその笑顔に無いはずの心臓がギュッと握り締められたような、そんな錯覚を覚える。


コウは丸い形を崩さないブレスレットを少しの間指で遊ばせ、そして腰のベルトにパチリと嵌める。
踊らない間は無駄な装飾をつけては居ない。
結い上げていた髪も解き、彼女は先程アルが来た道を歩き出した。

「ほら、夜は冷えるから…戻るでしょ?」
「…僕は大丈夫だよ」

顔を俯けて彼女に続きながら、彼は言った。
初めはその意味するところがわからなかったようだが、あぁと声を上げて彼女は頷く。

「何言ってんの。今から自分の身体を大事にする癖を付けておかないと、元に戻ってもまた同じ事するよ?」

で、風邪を引いて寝込むんだよね。とコウは言う。
鎧と言う事で自分を大切にする事を忘れていた。
今だけではなくこれからも見通す彼女の言葉に、アルは目が覚めたような感覚に襲われる。
それと同時に、その言葉の温かさを感じる。
ただ素直に嬉しかった。

「…ありがとう…」
「?」

呟かれた言葉に首を傾げるコウ。
無意識の言動だとしても、自身が嬉しかった事に変わりはない。
何でもない、とって彼は歩き出す。

夜道を並ぶ二人の姿を、満天の星空が見下ろしていた。

05.12.18