時舞う旅人  17

「珍しい機械鎧ねー…。この辺とかどうなってるんだろ」

カチャカチャと金属同士が当たる音が響いていた。
テーブルの上に広げられた布の上に、次々に分解されていく機械鎧の部品。
コウは苦笑交じりに好奇心に満ち溢れたウィンリィを見つめていた。
布のすぐ隣で自分を監視するような藍色の双眸に見つめられながら。











「お願い!」

昼食も終わってそれぞれに寛いでいた頃。
行き成り階上から降りてきたウィンリィはスパナを片手にパンッと両手を合わせた。
エドのように錬金術を使うわけではなく、所謂『お願い』と言うポーズだ。

「何が?」
「機械鎧を見せて!」

好奇心に目を輝かせた彼女に、コウは意図せず「は?」と間の抜けた声を返す。
その返事を聞くなり自身の機械鎧に対する熱意を語りだしたウィンリィ。
熱弁する彼女の向こうに見えたエドは何やら溜め息をついていた。
そして唇だけを動かしてコウに何かを伝えようとする。
ウィンリィの熱弁を殆ど聞き流し、彼女はその単語を言葉にしようと集中した。

『ちょっと見せれば満足するから』

どうやら彼はこう言っていたらしい。

「あー…ウィンリィ…さん?」
「あ、ウィンリィでいいよ!歳もそんなに離れてないんだし!」
「じゃあ、お言葉に甘えて…ウィンリィ。壊さないなら見てもいいよ」

そう言ってコウはにこりと微笑んだ。
ウィンリィから歓喜の声が上がったのは言うまでもない。
そして時は冒頭へと戻る。












どこが『ちょっと見せれば』なのだろうか。
かれこれ一時間近く自分の左腕は彼女によって囚われている。
文句を言おうにも、エドはソファーで眠りこけている始末。

「ねぇ、ウィンリィ…」
「これって確か…ねぇ、コウって西の出身?」

ぶつぶつと何かを呟いていたかと思えば、彼女は突然コウにそんな事を訊いた。
コウはきょとんと目を見開き、そして首を振る。

「出身はないわ」
「あ、ごめん…」

コウの表情を読み取ってか、ウィンリィは即座に謝った。
恐らくは戦争孤児のようなあまり喜ばしくない事を思い浮かべたのだろう。
それを肯定するつもりは無いが、コウは自身を語るのはあまり好きではない。
それ故に否定も肯定もせずに「気にしないで」と答えた。

「この機械鎧は兄さんが作ってくれたの。…兄さんは…西の方で勉強したって言ってた…かも」
「やっぱり?何だか向こうの技術が入ってるから。ねぇ、お兄さんは今…」

――カシャンッ――

ウィンリィの声を遮るように音が響く。
彼女らがその根源に視線を向ければ、床に転がった大き目のネジが見えた。

「あ、あれ?縁に近過ぎたのかな?」

慌ててそれを拾い上げる彼女を横目にコウはテーブルの上に座るメラノスを見た。
彼はゆらりゆらりと尾を揺らしながら目を閉じている。
不自然に皺の入った布が、彼の行動の証でもあった。

「…ありがと」

小さく呟かれたそれは、それでも確かに彼に届いていただろう。
ピクリと動いた耳がそれを示していた。








それから更に一時間後。
痺れを切らしたわけではなかったが、コウがふと疑問を唇に乗せる。

「ウィンリィ。エドの機械鎧の方はいいの…?」

彼女の言葉をきっかけに、ウィンリィは酷く慌てた様子で「忘れてた!」と叫ぶ。
その声はソファーで寝ていたエドが驚いて飛び起きるほどだった。

「うっわ!気づけば二時間も経ってる!?」

大変だ大変だと狼狽する彼女に、コウは苦笑を浮かべてその手からスパナを拝借する。
そしてそれを自身の肩に乗せながら言った。

「機械鎧は私が元に戻しておくから。行っていいよ」
「あー…うー…ごめん!!」

頼んできた時と同じポーズをとり、彼女は足音荒く階段を駆け上がっていった。
その背をクスクスと笑いながら見送る。

「全く慌しい事ね」

そう言いながら内部が露になった機械鎧に視線を落とし、部品の一つに手を伸ばした。
だが彼女の手がそれを拾い上げる前に横からそれを持ち去っていく手。

「これか?」
「うん。ありがとう」

エドに差し出されたそれを受け取り、コウは所定の位置へとそれを戻す。

「悪かったな。まさかこんなに長時間になるとは思ってなかったんだ」
「いいわよ、別に。さすがは機械鎧技師ね。解体の手順は何一つ間違って無かったわ」
「本っ当に呆れるくらい人がいいね、コウは」

少しは怒ってもいいと思うよ、と沈黙していたメラノスが口を開く。
コウからすれば今まで黙っていたのが奇跡の様なのだが…。
事情を知らないウィンリィやピナコ、アームストロングの姿がないので話してもいいと判断したのだろう。
とりあえずコウの言う事は守っているようだ。

「怒るほどでもないでしょ」

そう言って笑うコウを横目に、メラノスはトンッとテーブルから飛び降りる。
床についたのは彼の可愛らしい前足ではなく黒いブーツを履いた足だった。
腰を折っていた反動で前に流れた髪を掻き揚げるメラノス。
元来男前の彼が見せる仕草は見惚れるに値するものだった。
…が、コウは大して反応を示さない。
まったく、慣れと言うのは恐ろしいものだ。

「ほら、貸しなよ」

問答無用でコウの手から工具を取り上げるメラノス。
以前に見せた時と同じく酷く洗練された動きで彼は機械鎧を直していった。
手伝おうと思って彼女の傍に立っていたエドは、出来ることも無く文字通りその場に立ち尽くす。

「はい、終了。動かして」

最後のパーツを嵌めると彼はポンと機械鎧を叩く。
その声に答えるようにコウは自分の手を動かした。

「動作は問題なしだね。調子は?」
「大丈夫よ。ありがとう」

彼女の笑みに同じく滅多に見せない微笑みを返し、メラノスは猫の姿に戻った。
慣れたように彼は床を蹴ってコウの肩へと落ち着く。
彼女の負担を軽減する為か、子猫の大きさに戻った彼は大した重さではなかった。

「明日、機械鎧が完成するんでしょ?」
「ん?あぁ、多分な。さっきまでサボってた分をアイツが取り戻せれば…だけど」
「はは!あの子なら大丈夫だと思うよ」

コウがそう言って笑えば、エドは「どうだかなぁ」と言いながらソファーに座り込む。
いつも存在していた手足の機械鎧がないその姿は、コウには不思議な光景だった。
そんな彼女の視線に気づいたのか、エドは首を傾げて彼女を呼ぶ。

「どうかしたのか?」
「いや…歩き難そうだと思ってね」
「あー…まぁな。やっぱ、何だかんだ言ってもあれに慣れてるからな」

そう言って動かない義足を見つめるエド。
例え三日間とは言え、右腕が無いと言うのも中々不便なものだ。

「さすがに三つ編みも片手では出来ないのね」

とりあえず束ねただけ、と言う風な彼の金髪を眺めながらコウはそう言った。
前に流れてくるそれを鬱陶しそうに背中へと払い、エドは頷く。

「してあげようか?」
「え?」
「三つ編み」

私なら両手あるから出来るよ、と己に向けて手を見せるコウ。
屈託の無い笑顔に、エドは口角を持ち上げた。

「んじゃ、頼むわ」
「了解。メラノス、ちょっと揺れるよ」

目を閉じて寝ようとしていた彼に静かに声を掛け、出来るだけ揺らさないようにしながらエドの後ろへ回る。
そしてその金髪を束ねるゴムを解いた。

「う、わ…」
「何だよ?」
「思ったよりもサラサラだったから…綺麗な髪ね」

手櫛で彼の髪を梳かすコウはその質感にそんな声を漏らす。
もちろん髪を褒められた事などこれが初めてだったエド。
彼の頬が赤かったのは、その後ろに居たコウには見えなかった。
耳まで赤く染まっていた所為でメラノスには気づかれていたが。

「はい、出来た」
「さんきゅ」

綺麗に出来上がった三つ編みをゴムでまとめ、コウは彼の髪を離す。
そして先程まで座っていた椅子に戻ろうとソファーの脇を回る彼女の背中に、エドの声が掛かる。

「…俺は…コウの髪の方が綺麗だと思うけどな」

その声に彼女が振り向く。
サラリと揺れたその浅葱の長い髪は優しく重力に従った。

「ありがとう」

花綻ぶ様な笑顔を浮かべ、コウはその言葉を唇で紡いだ。

05.12.11