時舞う旅人 16
先程からそっぽを向いてしまっているエドに、コウはふぅと短い溜め息を零した。
しかしながら、その顔には笑みが浮かべられている。
彼は先程、コウに縋るような形で時を過ごしてしまった事に照れているらしい。
「そんなに照れなくてもいいじゃないのよ」
「照れてない!」
即座に言葉が返って来るにも関わらず、依然として視線はあっちを向いたままだ。
そんな様子に逆に湧き上がってくる笑いを堪えるのが大変なコウ。
何とか笑い出したい衝動を抑え、彼女は再びエドに声をかけた。
「…別にキスしたわけでもないのに…」
「キキキ…ッ!?」
「………………どれだけ純情少年なの…?」
コウは呆れた様で…それでいて微笑ましいと言う表情を浮かべる。
確かに若干12歳にして弟と二人で旅に出たと言うならこの方面に関して疎いのも純情なのも納得は出来る。
しかし、あのような幼馴染もいてここまで純粋に成長できるものなのだろうか…。
「ほら、行こうよ。エドにあわせていたら日が暮れるわ」
一向に足を進めようとしないエドに焦れたのか、コウは彼の手を拾って歩き出す。
彼が驚いた声を上げるも、それを無視する形で足を進める。
が、すぐに彼女は立ち止まった。
「これからどこに行くの?」
初めての土地な上に、エドに誘われるままについてきただけのコウだ。
彼が考えている行き先を知っているはずもなかった。
焦げた残骸が其処此処と地に転がっていた。
「ここが、俺達の家…があった場所だ」
いつものような張りのある声ではなかった。
先程彼の口から語られたばかりの過去。
エドは未だにそれに自身を絡め取られているのだと、コウは悟っていた。
前に進めないわけではないから、きっと彼自身は気づいていない。
しかし、この場所から伸びる鎖が常に彼に絡み付いているように思えた。
それだけここは彼と…アルにとって大きな場所なのだと理解するには十分だ。
「俺達の覚悟だ」
「…そっか…」
ザァッと吹く風に遊ばれた浅葱色の髪が揺れる。
それを耳の後ろ辺りで押さえ込み、コウは続けた。
「でも、あなたたちには帰って来る場所があるじゃない。…帰りを待ってくれている人も」
「コウは…」
「私に帰る場所はない。旅と、踊りにしか己の存在を見出せないから」
風に乗って、脆くなっていた残骸の煤がコウの元へと届く。
それを両手で受けるようにして彼女は目を閉じた。
「今までこれほど誰かと深く関わった事はなかったの。だから…こんな気持ち知らない」
拠点としてどこかを中心に旅する事はあっても、そこに留まる事はなかった。
一人になってからは尚の事。
「待っていてくれる人の笑顔とか…“おかえり”って言葉の温かさ。こんな気持ち…知らない」
自身を持て余すように。
手の平から逃げていった煤を見送り、コウは自身の肩を抱きしめる。
怖いわけではないけれど、受け入れるには未知のものだった。
「……コウ」
何かを考えるように俯いていたエドだが、決心したように顔を上げる。
コウはその真剣な金の眼に自分が映り込むのを見た。
「旅の目的地はあるのか?」
「え?ないよ。今までの軌跡を辿って彼らを慰めているだけだから」
「…………なら、さ…。俺と…俺達と一緒に旅をしないか?」
どうにも真剣な空気が自分に合わないと思っているのか。
はたまた照れているのか。
どちらとも取れるように彼は己の頬を掻き、一瞬視線を逸らす。
だが彼の眼差しはすぐにコウの元へと戻った。
「知らないならこれから知ってけばいいだろ?おかえりって言ってくれる人がいないなら、俺が言う」
「…エド…」
「待っててほしいなら、俺が待ってるから」
彼女の歌で心が軽くなった。
人を癒し慰める事が出来るのに、その気持ちを返されることを知らない彼女。
手を差し伸べるだけではなくて…一緒に隣を歩いて欲しいと思った。
ただ、本能的に。
「…私、弱くは無いけど…エドほど強くも無いと思うよ?精神的にも、肉体的にも」
「俺より強い奴なんか一杯だろ。それに、俺とアルで守るから」
「…何も出来ないし…あなたたちの手伝いもろくに出来ないかもしれない」
「いいよ。ただ………踊ってくれればいい」
コウの踊りは俺にとって癒しだからな。
そう言ってはにかむように笑ったエドに、コウは思わず涙腺が緩みそうだった。
自分にしか出来ないことを認めてもらえた嬉しさ。
それが内から涙となって溢れようとしていた。
「………一緒に…行ってもいい…?」
「あったりまえだろ!」
彼女からの言葉にエドの表情が輝いた。
ありがとう、と小さく紡がれた言葉は、確かに彼の耳にも届いただろう。
今度こそ、コウは溢れ出る感情を抑える事はなかった。
「もう…自分の為には泣かないって決めたのに…」
零れ落ちたそれを指先で拭いながらコウは困ったような笑みを浮かべる。
「別にいいだろ、今日くらい。新な一歩を踏み出せたんだからさ」
ポンポンと頭を撫でられる感覚が酷く懐かしかった。
そう言えば、自分が泣き出したときには兄がよくこうしてくれたな…と過去を思い出す。
いつもなら兄の事を思い出すと切なさが溢れるが、今日だけは違った。
まるで、温かい感情に包まれるように。
「んじゃ、これからよろしくな!」
涙が落ち着いた頃、エドはそう言ってコウに手を差し出す。
二つ下のはずの彼の手は、自分よりも大きいように感じた。
「…よろしく」
自分にとって覚悟を決め、全てを焼き払った場所。
しかし、今日からこの場所は別の意味も持つようになった。
彼女が…コウが新たな一歩を踏み出した場所として。
「帰ったらさっそくアルに報告だな」
「そうだね。よかったのかな…」
「大丈夫だって!あいつも二つ返事で喜ぶはずだぜ」
「そっか…。………帰ったらメラノスに話さないと…」
「…………………(忘れてた。コウには漏れなくあいつが付いてくるんだった…)」
泣かせたと知られれば体中に爪を立てられそうだ、とエドは顔を青くする。
そんな彼の様子に気づいたのか、コウはクスクスと笑った。
「大丈夫よ。メラは私が喜ぶことを嫌がったりはしないから」
「そう…なのか?」
「うん。いつだって、私が嬉しい事は自分の事のように喜んでくれるの。本当は優しいのよ」
ニコニコと嬉しそうに語るコウを見ていれば、本当にそうなのかもしれないと言う考えが浮かぶ。
しかし、エドは自分が見てきたメラノスに『優しい』と言う言葉が当てはまるようには思えなかった。
「優しい…のか?」
「優しいの」
「容赦なく爪で引っ掻いてきて、四六時中人の事をー………色々言いやがる奴が?」
「………気に入られてるんじゃないかな?」
多分、と自信なさ気に答えるコウ。
そんな事をされていたのか…と言う表情を浮かべている。
そう言えば、自分が彼の攻撃を食らうのは大概コウがいなかった時だなと思い出すエド。
「メラノスは認めていない相手は鼻もかけないの。だから…構われるって事は多少なり認められてるって事」
「認める…か」
「何分今まで例を見ないことだから…断言は出来ないけど。きっとそうだと思う」
その内に仲良くなれるよ、とコウは言った。
メラノスと“仲良く”する自分。
中々想像しがたいものだったが、彼女が言うならば出来るのかもしれない。
そんな他愛ない言葉を交わしながら二人はロックベル家へと帰った。
05.12.04