時舞う旅人  15

エドとアルの故郷、リゼンブール。
コウが思ったより閑散としていて、そして優しい町だった。





「エドにしては珍しいお客を連れて来たじゃないか」

ピナコが紫煙を吐き出しながらそう言った。
彼女の視線の先には、風に遊ばれる浅葱の髪を押さえるコウの姿。
彼女はデンの目線に合わせるように腰を折って、その頭を撫でている。
デンに近づく度にメラノスが毛並みを逆立てている様が、何とも面白かった。
動物好きの彼女が楽しそうにしているのを見てどうしようかと悩むエド。
しかし、悪いとは思いながらも彼女を呼んだ。

「コウ。悪い、ちょっと来てくれるか?」
「あ、うん。ごめんね」

エドの声に顔を上げたコウは最後とばかりにデンの喉を擽り、彼の元を離れた。
安堵の息を漏らすメラノスを肩に乗せ、彼女はエドの元まで歩いてくる。
そして、その向かいに立っていたピナコに頭を下げた。

「コウ、この人はピナコばっちゃん。これでも機械鎧義肢としての腕は保証出来るぜ」

彼女を指しながらそう説明するエドに、これでもは余計だよ、とピナコが言う。
そんなピナコだが、コウに手を差し出した。

「ばっちゃん。こいつはコウ。中央の方で知り合ったんだ」
「初めまして。コウ・スフィリアと申します。彼の機械鎧の技師に会えて嬉しいです」

そう言って笑顔で握手を交わすコウ。
手を離したピナコが、彼女の左腕を見てふむと頷く。

「あんたも機械鎧かい?若いのに苦労するねぇ」

機械鎧ではない右手で握手したにも関わらずそれに気づいた彼女に、コウは大きく目を見開いた。

「甘く見るんじゃないよ。こちとら機械鎧は嫌って程見てるんだからね」

ニッと口角を持ち上げた彼女の笑顔は、後数十歳若ければかなり美人だったのではと推測される。
今その面影があるかと問われれば即答しかねるが。

「…御見それしました。私も左腕が機械鎧です」

コウはコートを脱いでその機械鎧を露にした。
それに伴って近づいてくるピナコ。
コンコンと機械鎧を指で叩く。

「………これは誰の機械鎧だい?」
「っばっちゃん!!」

ピナコの問いかけを遮ろうとしたが、一瞬遅かったようだ。
しっかりコウに届いてしまったそれに、エドが額を覆う。
そんな彼に笑みを浮かべて首を振り、コウはピナコに答える。

「私の兄の物です」
「…そうかい。悪い事を聞いたね」
「いえ、大丈夫ですよ」

本当に気にしていないのか、コウはいつもの笑みを浮かべながらそう答えた。
そんな彼女を横目に見ながらエドはほっと溜め息を漏らす。

「中々整備が行き届いてるね。エド!お前もこれくらい丁寧に扱ったらどうだい」
「…悪かったな」

ふいっと顔を逸らすが、丁度隣に居たコウの肩に乗るメラノスとバッチリ目が合ってしまった。
藍の目が勝ち誇ったように細められた事に思わず声を上げそうになるエド。
だが―――

「こらー!!エド!!」

そんな彼を思わぬ衝撃が襲った。












「あー…笑わせてもらったわ。ありがとうね、エド」

目尻に溜まった涙を拭い、コウはそう言った。
その隣には不貞腐れた表情を浮かべるエド。
自分の事で腹が捩れんばかりに笑われれば、そんな表情が浮かぶのも仕方が無い。

「行き成り『どこでこんな美人を騙してきたのよ!?』ってスパナを飛ばす女の子は初めてだったわ」
「知るかよ。あんな凶暴女…」
「こらこら。自分の生命線を生み出してくれる彼女に言うセリフじゃないでしょ」

ぐいっとエドの頬を引っ張ってそう言うコウ。
エドが何やら声を上げるが、それは言葉としての意味を持っていなかった。

「しっかし…よく無事だね、エド」
「…わかってくれるか?」
「うん。再会の度にスパナを受けるその頭蓋骨を心配するわ」

バカにならなければいいけど…と呟く声は届いていなかった。

「あ、コウ。こっち」

そう言って歩き難そうに道を進んでいくエド。
その二歩分後ろの斜めをコウは歩いていた。

「ねぇ、本当に私も来てよかったの?」

コウは前を歩く背中に問いかける。

「嫌だったら最初から誘ってないって」

何でもないという調子で言うエドだが、斜めから見るコウはその耳が僅かに色づいていた事に気づいていた。
そんな彼にふと笑みを零し「それならいいか」と安心したような声を上げる。








それから大した会話も無く、二人は目的の場所へと着いた。
白い墓石に花束を置き、エドは声もなくそれを見下ろす。
様々な感情の入り乱れた横顔に、コウは何も言えなかったし、また言おうともしなかった。

「あ、のさ…」

躊躇いがちにエドが声を上げる。
落としていた視線を上げてコウは彼の言葉の続きを待った。

「何か、利用するみたいで嫌なんだけど…」

決してコウの方を向けずに紡ぐエド。
彼が言わんとしている事が何となく伝わってきた。

「踊りもつけた方がいい?それとも歌だけ?」

言葉を詰まらせたエドに助け舟を出すコウ。
彼は少しだけ悩んで「歌だけでいいから」と小さく答えた。

「喜んで」

彼を安心させるように、コウは柔らかい笑みを零した。
そして、ゆっくりとその唇に歌を乗せる。
紡がれるのは死者の魂を慰める鎮魂歌。
澄んだ歌声が風に乗った。











「…ありがと、な」
「どういたしまして。私の歌で少しでも慰められてくれる人がいるなら…嬉しいから」

コウの言葉にエドは落としていた視線を持ち上げる。
そして苦笑に似た笑みを浮かべて言った。

「初めてコウの歌と踊りを見た時あっただろ?」
「うん」
「その時、何か無性に母さんに聞かせたくなったんだ」

思い出すようにぐっと顔を空へと向けてエドはそう言い、彼は自身の過去について話し出した。
彼がコウに過去を語るのはそれが初めてで、彼女はただ邪魔せぬように時折相槌を入れる。
ポツリポツリと語られる言葉は、どこか彼が無理しているように感じた。
短い沈黙の訪れを期に、コウは静かに口を開く。

「辛いなら、泣いてもいいと思うよ」

驚いたように顔を上げるエドの表情は口では表しがたかった。
ただ言える事は、彼には泣くつもりなど無いと言う事。

「肉体的に泣くんじゃなくて…ただ、心を軽くする為に」

ほんの少しだけ休息を与えてもいいと思う。
短い付き合いではあるけれど、彼の行動を見ていれば自身に負担がかかっている事は否めない。

「…コウも泣かないよな」
「そうだね。私は…自分の為の涙は捨てたの」
「自分の為の涙?」

エドの言葉に頷くコウ。

「いくら涙を流しても、私は立ち上がれなかった。流せば流すほど…新たな道を見出せなかったの」

兄と進んできた道をたった一人で進むには、あまりにも辛すぎた。
立ち止まって、また少しだけ歩いて。

「そんな時にね。怒られたのよ…メラノスに」



『少しは自身も省みたら?いい加減僕だって見てられないよ』

力を加減して打たれた頬が酷く痛んだ。
その代わり、痛みのおかげで視界や思考は驚くほど霧が晴れる。

「そう言って見せてくれた涙がキレイだと思ったの。不思議でしょ?」
「メラノスが…」
「その時に思ったの。私の為に泣いてくれる人が居るなら、私はその人の為に涙を流そうって」

その笑顔はあまりにも綺麗だった。
誘われるようにエドは自身の額をコウの肩へと落す。
驚きはしたものの、コウがそれを咎める事はなかった。

「エド?」
「ごめん。少しだけ…」

流れた涙はなかったが、彼の心は泣いているように思った。
コウの肩を借りて、エドは己の心を安らげる時間に身を沈める。

05.11.25