時舞う旅人  14

ヒューズの見送りの元、エド達はイーストシティを後にした。

「…本当静かな所でさ。何も無いけど、都会には無いものがいっぱいある。

それがオレ達兄弟の故郷、リゼンブール」

夕日に照らされたエドの表情は穏やかだった。
そんな彼を見ながら、コウは口元に笑みを刻んで呟く。

「何だか、少しだけ羨ましく思うわ」

メラノスの毛を梳きながらコウはそう呟く。
コートのフードの中に忍び込んでいた彼だが、列車が発車すると同時に彼女の膝を陣取った。
当ても無く旅を続ける間に自然と板についてしまった動きである。

「…聞いてもいいか?」
「質問の内容を聞かないことには何とも言えないけど…いいよ?」

クスクスと笑いながらコウは微笑んだ。
そんな彼女の笑顔に、苦手どころか寧ろこの手の話題は慣れているのだと感じる。

「故郷ってさ、やっぱり欲しいと思うのか?」

少しだけ躊躇いながらの質問に、コウの手が止まる。
それに反応してメラノスが片目を開き、その藍の目でエドを見た。
だが、彼女の手の動きが再開されればそれもすぐに閉ざされる。

「…難しい質問をするのね」

苦笑を浮かべるとコウは空いた方の手で頬へと流れてきた髪を掻き揚げる。

「正直に言うと、欲しいとは思わない。ないものをねだるほど子供じゃないから」

どちらかと言うと『故郷』と言うものを想像することも困難だった。
だけど、とコウは言葉を繋ぐ。

「エドの話を聞いてたら…少しだけ羨ましいって思った」

その表情を生み出している町に。
懐かしいと言う想いが溢れるその表情に、ほんの少しだけ。

「…そっか」

エドは照れたような、それでいて嬉しそうな顔を見せた。












「…コウ」
「ん?」

過ぎてゆく風景に向けていた視線を声の主へと落す。
彼女からの視線を受け、メラノスは身体を伸ばすようにぐっと前足を前へと突き出し、口を開いた。

「ちょっとその辺歩いてくるね」
「いいよ。車掌さんには気をつけてね」

さすがにいい顔はされないだろうから、とコウは笑って彼を見送る。
エドやアームストロングの視線を感じたが、メラノスは特に反応も示さずにテトテトと歩いていった。

「…あいつって本当コウ以外には懐かないよな」
「んー…大丈夫よ。そのうち慣れてくれるから」

そう言ってコウは笑うが、エドは「懐く事はないのか」と心中で呟く。
もっとも、メラノスの動向を見ていれば懐かないだろうと言う事は火を見るよりも明らかだが。
彼の揺れる尾が見えなくなったところで、その話は終わった。





「あら、子猫ちゃん。こんな所にいたら危ないわよ?」

ルージュを乗せた唇が妖艶な笑みを刻む。
ドアの所、壁にもたれるようにして立っていた女性がメラノスを見下ろした。
その藍の目に鋭さを宿し、彼は女性を睨みあげる。

「大事なお姫様の傍を離れていいのかしら?後で後悔しても遅いのよ」

不機嫌を表すように黒い尾を揺らす彼。
己の事を知っている風な女性の口ぶりと、そして紡がれた内容。
より一層下落した機嫌に、彼の艶やかな毛並みがざわりと逆立つ。

「大切ならしっかり守ることね。拾ってくれた…大事な大事なご主人様を、ね」

その言葉を最後に、それ以上は聞かないと言う意思表示の如く彼は顔を背けて歩き出した。
それを見送った女性の口元が寄り一層吊り上げられる。

「フェイクなりにも役に立ってもらわないと…」

楽しげな声は汽車の音に掻き消された。













「ドクター・マルコー!!」
「!?!?」

眠気と戦っていたコウはその声に文字通り飛び上がった。
一番驚いたのは彼女の膝の上にいたメラノスだろうが…。

「な、何事…」

ドキドキと跳ねる鼓動を抑えながらコウが彼に問う。
しかし、アームストロングはそんな声は聞こえていないように、窓の外に向かって声を張り上げた。

「中央のアレックス・ルイ・アームストロングであります!」

彼の自己紹介を聞くなり、恐らく言葉を向けられているであろう男は顔色を変えて駆け出す。
まるで、アームストロングから逃げるように。

「…逃げちゃったけど…」
「知り合い?」

コウとエドが順にアームストロングに声をかける。
すると彼は「うむ」と答えて彼の話を口にした。

「中央の錬金術研究機関にいた、かなりやり手の錬金術師だ。

錬金術を医療に応用する研究に携わっていたが、あの内乱の後行方不明になっていた」

その言葉にエドの表情が変わる。
彼はすぐさまドアの方へと向かいながら「降りよう!」と言った。

「オチオチ寝てる暇も無いね、まったく」
「そうね。でも飽きないわ。ほら、フードの中に入って」

面倒そうに欠伸を一つ落としたメラノスをフードへと促がし、コウも彼らの後を追った。




「医者にかかる金も無いけど、先生はそれでもいいって言ってくれるんだ」
「いい人だよ!」
「絶対助からないと思った患者も見捨てないで診てくれるよな」

ドクター・マルコーの話を聞けば、人々の表情に笑顔が溢れた。
マウロと言う偽名を使ってこの町で医者をしているらしい。
道行く人々に尋ねながら、一向は漸くマウロことマルコーの家へと到着した。

「こんにち…わ」

出迎えてくれたのは優しい先生ではなく、冷たい鋼の銃口だった。





「賢者の石を作っていた」

マルコーの言葉に目を見開くエド。
恐らく、アルに表情があったならば彼も同じような顔をしているのだろう。
マルコーは戸棚の方へ歩いていくと、赤い液体の入った小瓶を片手に彼らの元へと戻ってくる。

「「石」って…これ液体じゃ…」
「え?エド…知らないの?」

エドの言葉に、それまで口を挟む事なく話を聞いていたコウがそんな声を発する。
彼の視線がコウの方を向くが、すぐに机へと落とされた赤いそれへと戻る。
机に流れると予想されたそれは液体ではなく、互いを纏めあうようスライムのようにその形状を楕円に保った。

「賢者の石は別名「哲学者の石」「天上の石」「大エリクシル」「赤きティンクトゥラ」…もう一つ何だっけ」
「「第五実体」だろう」
「あぁ、それですね。そう呼ばれる程にその形状は石とは限らないの。…知らなかったの?」

マルコーの言葉に頷き、コウは己の知識を語る。
語る、と言うほど大げさな物ではないが。

「し、知らなかった…」
「…これでまた一つ賢者の石について知ることが出来たんだからよしでしょ」

何だか負けたように感じて肩を落とすエドを見て、コウは喉で笑う。
励ますように言った言葉が彼に届いたかどうかは解らないが。







「コウって賢者の石に興味あったっけ?」
「特に無いわよ」

結局資料も見せてもらえないままに、コウ達はマルコーの家を後にした。
駅で汽車を待っていた彼女にメラノスが声を掛ける。

「何であんな事知ってたの?」
「…前に少しだけ。メラノスも知ってるでしょ」

コンッと機械鎧を指して言えば、彼はあぁ、と納得の声を発した。
大切な者を失った、まだ幼い錬金術師。
その者の思考の行き着く先など、考えるまでも無い。
頭を埋め尽くす人体練成の構築式、そして最終的に縋るのは万能とも呼べる賢者の石。
例え、あれが不完全だったとしても…コウがそれを哀しい目で見ていたと言う事を、他の誰も知らない。
エドが過去を語る前に部屋を出ていた彼女は、その後どんな遣り取りがなされたのかは解らない。
ただ、エドが必要以上に肩を落とし…けれども、どこか納得したような表情を浮かべていたと言う事だけ。

「鋼はあの石を奪ってくると思ったけどね」
「…そんな人なら、一緒に旅なんてしない」

彼は、赤いそれの向こうに、道行く人々の笑顔を思い出せないような人間ではない。
コウの考えは間違っていなかった。


それから数分後、マルコーは再び彼らの前に姿を見せる。
息を切らせながら彼がエドに渡したものは、資料の隠し場所だった。

05.11.16