時舞う旅人  13

カラン。

静まり返った部屋の中に、金属が床に転がる音が響く。
一方、その音の根源とも言える人物は自分の足元を見て「あ」と大して驚いても居ない声を発した。

「コウ…お前…機械鎧壊れてるぞ」

床に落ちたネジを指さし、エドがそう言った。
エドとアル、そしてコウ、メラノスは護衛の手配が済むまでこの部屋で待つようにと言われている。
それが半時間ほど前の事だから…そろそろ準備も整う事だろう。
トンッと軽い足取りでコウの肩から降り立ったメラノスがそれを銜える。
ネジを銜えた彼を抱き上げ、それを受け取るコウ。
彼女の指よりも細いそれをじっと見つめ、そして視線を自身の左腕に視線を向ける。

「この部分じゃない?」

再び彼女の腕から床へと下りたメラノスは、彼の足が床につく前に少年の姿をとる。
彼はエド達と行動を共にするようになってから、人型を取る時には常に青年の姿だった。
それゆえに、こうしてコウよりも低い身長の少年になるのは本当に久しぶりの事。
弟のような彼に思わず口元を緩めそうになったコウは、それを誤魔化すように声を上げるのだった。

「…そうみたいね。エド、まだ時間はある?」
「あー…どうだろうな。大佐は一時間くらいって言ってたから、大丈夫なんじゃないか?」
「そっか」

ふむ、と頷くと、コウは部屋の中に設置されている電話を手に取った。
先程『何かあれば』と言って教えてもらった番号を回し、相手が出るのを待つ。

「あ、スフィリアです。今すぐに用意してもらいたい物が二・三あるのですが…出来ますか?」

相手の返答が肯定的なものだったらしく、コウは「ありがとうございます」と言って続ける。
彼女の唇が紡ぐそれに、エドとアルが顔を見合わせた。

「はい。ではよろしくお願いします」

そう言って電話を置くと、コウはソファに戻ってきた。
いつの間にか猫の姿に戻っていたメラノスがいそいそと彼女の膝の上に乗る。
そんな彼に苦笑を浮かべながらもその黒い毛並みを撫でた。


「あんな工具を持ってきてもらってどうすんだ?」
「修理する」

それ以外に何があるのだ、と言う表情でコウは答えた。

「コウは自分で修理出来るの?」

エドの疑問を代弁する様にしてアルが問う。
漸く彼らの考えを理解したコウは頷きを返した後口を開いた。

「旅人として機械鎧はかなり面倒だからね。いざと言う時の為に自分で直すだけの知識はあるよ」
「すげぇな…。でも、そんなの機械鎧技師に直してもらえばいいんじゃねぇのか?」
「…砂漠のど真ん中で故障したら?一日歩けば町に着くような所ばかりを旅してるわけじゃないからね」

利き腕は右なのだから、次の町までもたせる事は出来るだろう。
だが、それはあくまで「何の問題もなく旅路を進むことが出来る」と言う事が前提である。
旅行者狙いの盗賊に囲まれる事だってあるし、運悪く自然災害に見舞われる事だって否定は出来ない。
『いつでも万全の状態であること』コウの旅人としてのモットーだった。












「失礼します」

ノック音の後に扉が開き、小さめの細長い箱を抱えた軍人が部屋へと入ってきた。
ソファの前に置かれたテーブルの上にそれをのせ、中身を軽く説明すると彼は早々に部屋を立ち去る。
形だけは知っている、と言う程度の工具を前に、エドとアルは興味津々と言った様子だった。
先程抜け落ちたネジを唇で銜えて、運ばれてきた一つに手を伸ばすコウ。
そんな彼女の手よりも一瞬早く、一回りほど大きい手が彼女の横から伸ばされ、それを持ち上げる。

「メラノス、手伝ってくれる?」
「もちろん」

青年の姿をとったメラノスはニッと口角を持ち上げると、器用にも片手で彼女の機械鎧の表を外す。

「整備は?」
「一応しておくわ。最近小指の接合部が動かし難いの。どうなってる?」
「…あぁ、確かに動きが悪いね」

カチャカチャと分解されていくそれを前に、二人はただ沈黙していた。
迷いのない手つきと、一つも壊れる事なく正しい工程で解かれていく結合。
思えば機械鎧を使うようになってからこちら、全く内部の事を知ろうと思ったことなどただの一度もない。
自分の腕であるはずのそれを全く知らなかった事に、エドは何とも言えない感情に襲われた。

「俺にも教えてくれないか?」

気がつけば、口が勝手にそう紡いでいた。
一旦作業の手を止めてコウはエドの方を向く。

「どうしたの?急に」
「コウ、薬指動かして」

コウが作業を止めてもメラノスは手を動かすのを止めなかった。
エドの方を向きながらもちゃんと自分の指示通りに薬指を動かすコウ。
正しく作動するそれに満足げに頷き、次の作業へと取り掛かる。

「機械鎧の事、俺も知っておいた方がいいと思ってさ」
「ほら、兄さんも機械鎧でしょ?扱いが乱暴だから壊れる事ってよくあるんだよね」
「な!アル!!壊したくて壊してるんじゃねぇっつーの!」
「コウ、どこかでネジ落とした?足りないみたいなんだけど…」

二人の声など耳に入っていない…と言うよりも強制排除するように無視して、メラノスは声を上げる。
彼の言葉にコウは「本当?」と一旦自分の腕の様子を見下ろし、広げられている部品に目を向けた。
それらの納まる場所を頭の中で思い起こす。
確かに一つだけ外装を固定するネジが欠けている様だ。

「…踊りの途中で落としたのかもしれないわね」

不具合はなかったから気づかなかったようだ。
コウは荷物の中からメモ帳を取り出すとその上にペンを走らせる。
寸分も狂う事なく書かれたのは錬成陣。
その上に割と大き目の部品ばかりを乗せると、コウは錬成陣に両の手を触れさせる。
一瞬の錬成反応の後、乗せた部品に加えて一つ別のネジが出来上がっていた。
それをメラノスに手渡すと、コウは再び彼らの方へと向き直る。

「ごめん。何だったっけ?」
「もしかして…コウって機械鎧が作れたり…するのか?」

さすがにそれは無理だろう、そんな思いの篭った問いかけだった。
コウは少しだけ悩むような素振りを見せた後、自分の左腕を持ち上げてみせる。

「これなら作れるわ」

すぐさまメラノスの手によって下へと落とされた剥き出しの機械鎧を見つめるエド。
知識はなくとも、自分の物とはかなり違う作りだと言う事はわかった。

「頼む!俺にも少しだけでいいから…」
「頼む人が違うだろ」

今の今まで沈黙していた…と言うよりも無視していたメラノスが口を開く。
彼に視線を向ける事なく機械鎧の内部を組み立てるコウの作業を手伝いながら、だ。

「私もそう思うわ。

技師にとってその知識や技量を詰め込んである機械鎧を…他人からの知識で作り変えるべきじゃない」

最後のパーツをカチンとはめ込み、その作業を終える。
コウは指を曲げたり肘を折ったりしてその調子を確かめた。

「私もこれを作ってくれた人と同じ工程を踏むようにしてる」
「コウの機械鎧は誰に作ってもらったんだ?」

何気ない質問だったはずだ。
しかし、コウはピタリと動きを止める。
それは一瞬の事で、彼女はすぐに取り繕うかのように動き出したが。

「…私の、兄さん」

愛おしむような、懐かしむような。
機械鎧に向ける眼差しを見れば、彼女の兄が今どうしているか、などと聞けるはずもなかった。
何より、ヴィアド人は彼女以外には残ってない。
彼女が兄と死別している事は決定的だった。

「…ごめん」

思い出させてしまったこと。
哀しげな目をさせてしまったこと。

「この機械鎧の全てを兄さんから教わったの。私が…一人でも生きていけるように」

思えば、すでにあの時から感じていたのだろう。
兄が自分を残して逝くと言う事を。
ふと思考の海へと旅立ってしまいそうだった我を引き戻し、コウはエドとの話に戻る。

「機械鎧は世界に一つよ。私にはエドの機械鎧の事はわからない」

困ったようにコウは微笑んだ。
エドも自分の考え方が間違っていたと気づく。

「最低限の知識が欲しいなら、あなたの機械鎧技師に聞いたらどう?

少しでも大切にしたいと思うその気持ちを喜ばない人はいないと思うわよ」

これから帰郷するのだから丁度いいでしょう?とコウは笑いかけた。
バツが悪そうに頬を掻き、エドは頷く。

「…だな。悪かったな、困らせて」
「わかってくれただけで十分だわ」

コウの言葉を待っていたかのように、素晴らしいタイミングでノック音が響く。
取っ手が回った後、開かれた扉からロイが姿を見せた。

「用意が整った」

彼の言葉に頷く。
そしてエドは立ち上がった。

「んじゃ、リゼンブールに向かって出発するか!」

05.11.06