時舞う旅人  12

エド達が去ってから僅か数分後。
軽く揺れた瞼がコウの覚醒を示していた。
丁度彼女の顔へと視線を落としていたメラノスがそれに気づく。
そして、藍色の眼が開かれた。

「目が覚めた?」
「………どれくらい気を失っていたの?」
「大体一日くらいだね」

壁に掛けられた時計の時間を読み取り、メラノスが答える。
それを聞きながらコウはゆっくりと身体を起こした。
ズキ…と腹部が痛むが、動く事に支障があるほどではない。
気を失う前の事を思い出しながら、随分と手加減してくれたのだな、と思う。

「…彼は無事に逃げた?」
「コウが心配する必要は全くないと思うけど…」
「メラノス」

不満げな表情でそう言うメラノスを窘めるように、コウはしっかりとした声で彼を呼ぶ。
より一層眉を寄せたメラノスだが、結局彼女に逆らうことなど出来るはずもない。

「………逃げたよ。目を覚ましたら謝っておいてくれって」
「そう…よかった」

彼の答えにコウは安堵の息を漏らす。

「何がよかったのさ。別に、アイツを助ける意味なんてないだろ」
「…誰かを助ける事に、その行動の意味を求めるのはおかしいわ。それに…」

ふと哀しげな笑みを零し、彼女は一旦口を閉ざす。
しかし、迷いを振り払うように続けた。

「私を…ヴィアドの存在を知っている人がいたって事…。嬉しかった」

自分以外に誰も居ない事はわかっている。
だからこそ、一人でも知ってくれている人が居ると言う、その事実が嬉しかった。
同時に、彼をこの場で死なせたくないと言う思いが溢れる。
そして…気がつけば、抵抗もせずに彼の攻撃を受け止めていた。

「…そっか…ごめん。コウが傷つけられたから…頭に来てたんだ…」

メラノスは肩を落としながらそう言った。
誰よりも近くに居る筈なのに、まだわかっていなかった。
彼女の笑顔の下に隠された、思い。

「心配してくれて、ありがとうね?メラノスの気持ちはちゃんと嬉しいから」

膝の上で握られる彼の手を取り、コウはそう言って笑った。
躊躇いながらも、メラノスは苦笑を返す。
そして、コウは先程からずっと気になっていた事を口にした。

「ねぇ…。あの、さ…。ニーナは…?」

何度か途切れる言葉を、それでも必死に紡いだ。
これだけは聞いておかなければならない。

「…目は覚まさない」

メラノスの言葉にコウは息を呑む。
だけど、と彼は続けた。

「だけど、生きてる。可能性はあるよ。…コウが…救った命だ」

コウにとって、彼の言葉は、涙が出そうなほど嬉しかった。











「な、何があったの…」

驚きに満ち溢れた表情でコウが言った。
彼女の前には、苦笑を浮かべたエドとアルが居る。
エドは機械鎧が肩の部分から、アルは右半身が。
それぞれごっそりなくなっていた。

「…スカーにやられたんだ」
「………スカー?」

エドの言葉にコウは首を傾げる。
一瞬コウも知っているはずだろうと言う視線を向けるエドだが、ふと思い出す。

「あぁ、そっか。コウは名前まで知らないんだよな」
「…?」
「スカー。タッカーとニーナを…殺した男の呼び名だ」

ギリッとエドの唇が噛み締められる。
コウは彼の名前がわかったことよりも、エドの言葉の方が気になった。

「タッカーと…ニーナ?」

何故後者の名前が出てくるのか。
疑問を頭に、コウはロイの方を向く。
彼女の視線からその疑問を受け取ったのか、ロイは首を振った。

「………そう…」

コウは小さく呟く。
彼女の言葉が終わるなり、ロイはガタンッと椅子から立ち上がる。

「コウ。少し話が聞きたい」
「…わかりました。メラノス、おいで」

彼女は腰をかがめると足元にいたメラノスに手を伸ばす。
彼はコウの腕を器用に走り、彼女の肩へと落ち着いた。
そして、コウはロイの後を追って部屋を出て行く。

「…どう言う事でしょうか」
「彼らには死んだと言う事を否定していない」
「でも!ニーナは…」

声を荒らげそうになるコウだが、この場が軍部である事を思い出し、自ら口を噤む。
そんな彼女を見ながらロイは続けた。

「期待すれば、あの兄弟の想いはここに縛り付けられる」
「…だから、ニーナの生を否定するのですか」
「……死を肯定したわけではない」

俯いていた視線を上げ、コウは彼を見た。
彼女の心の内を理解しているメラノスはその頬に擦り寄る。

「わかりました。今回の一件は必ず彼らを成長させるでしょうから…私は何も言いません」
「君が頭のいい女性でよかったよ」

挑発にも似た笑みを零すロイに、肩の上のメラノスが小声で悪態を付く。
そんなメラノスの言葉に苦笑しながら、コウは部屋の中へ戻っていく彼の背を見つめた。










「大佐。彼女の件ですが…」

一通りの話が終わると、リザが報告書を片手に進言する。
部屋の中の視線が彼女の言葉の続きを待った。

「彼女…コウ・スフィリアも国家錬金術師同等の能力があると判断し、スカーから護衛するようにと」
「な、何で私まで…」
「一度狙われたと言う事に変わりはない。…続けてくれ」

不満げな表情を見せるコウだが、ロイがそう宥めてリザへと声を掛ける。
数枚あるそれの要所のみを拾い上げているのだろう。
その言葉の後、リザはすぐに二枚目へと移った。

「今回の決定は大総統の許可も下りています。…軍そのものが彼女に期待している…と言う事でしょうか」
「…護衛は必要ありません。旅の中に生きる者を護衛するなど、大変以外の何物でもないでしょうから」

フルフルと首を振ってコウはそう言う。
しかし、それに反対の声を上げたのは報告書を持つリザだった。

「…軍上層部からの正式な命令です」
「………コウ、諦めてくれ。暫くは我々が護衛出来るように動いてもらう」

ロイの言葉にコウは声を上げようとした。
命令に縛られない彼女にとって、それがいかなる力を持って彼らを制するのか理解出来ない。
だが、ロイの表情がそれを進んで受け入れている物ではないと知り、彼女は口を噤む。
彼女の頷きは、彼らに対しての明らかな了承だった。

「あの、さ」

今まで黙り込んでいたエドが控えめに声を掛ける。
彼の声に、コウは俯けていた視線をそちらへと向けた。

「………俺達、リゼンブールに行くんだ」
「リゼンブール?名前だけは知ってるんだけど…」
「知らないかな?凄く田舎なんだけど…でも、コウもきっと気に入ると思うよ!」

行った事のない地名にコウが首を傾げれば、アルが説明と呼ぶにはあまりに貧困なそれを発した。
そして、彼らは互いに目を合わせ、頷く。

「俺達と一緒に来ないか?どうせ護衛されるなら一緒の方がいいだろうし…」
「…それは軍としては大歓迎だな。護衛が一度で済む」

エドの誘いに名案だと声を上げるロイ。
そして答えを待つように、それぞれの視線はコウへと集う。


「あなた達の故郷?」
「ああ」
「迷惑…じゃない?」
「迷惑だと思うなら初めから誘わない」

きっぱりと答えるエドに、コウは視線をメラノスへと向ける。
彼は肩を竦めるような動作を見せ、彼女を見上げた。
その目は「コウの好きにしろ」と言っているように見える。

「じゃあ…よろしく。ご一緒させてもらうわ」

05.10.26