時舞う旅人  11

院内ではお静かに!と咎めるような看護婦の声を聞き流し、エド達は走っていた。
教えられた番号の部屋へ辿り着くと、扉を開ける間すらももどかしく、半ば飛び込むようにして部屋へと入る。

「コウッ!!」
「煩いね、もう少し静かに入って来れないのかい?」

思いっきり眉を寄せたメラノスが間髪容れずに言葉を返す。
エドは慌てて「悪い…」と謝った。
弾む呼吸を整えながら、彼らはベッドに近づく。

「コウは?」
「何も問題はないよ。目が覚めればすぐにでも帰っていいらしいから」

そう言って彼はその長い足を組みなおした。
ベッドで横たわるコウの目は閉じられていて、白いシーツに浅葱色の髪が散っている。
規則正しい寝息は彼女が無事である事を示していた。
彼女が意識を失って以来、メラノスは人間の姿でずっと傍にいる。
子供の姿では看護婦に引き離されそうだった為に、大人の姿で。

「コウは何で…?」

安堵の息を漏らしながらコウの顔を覗き込むエドの横で、アルはメラノスに問う。

「ここを知ってるって事は軍の誰かに場所を聞いたんだと思ってたけど…聞いてないのかい?」
「場所と、それから犯人と接触したって事だけしか聞いてないんだ。だから…」
「…犯人?あぁ、あの男を殺した奴か」

納得したように頷く彼に、エドが食って掛かる。
コウを起こしてしまわないように声は潜めていたが。

「犯人にやられたって事は、見たんだろ!?」
「…君が何を期待してるかわからないけど…犯人に関してわかってる事は全部話してあるよ」

君たちに言える事は何一つ残ってない、とメラノスは言った。
その言い方が気に入らなかったのか、はたまた別の理由からか。
とにかくそれがエドの癇に障った事は間違いなかった。

「何でお前がついていながらコウがこんな目にあってるんだよ!」

声を荒らげたエドに、メラノスはその藍の目を細めた。

「なら、逆に問うよ。君がコウの傍にいて、何が出来た?」
「―――― っ!!」
「何も出来ない無力さが、君にわかるのか?」

それ以上あの男がコウに危害を加えないとわかっていても。
彼女自身がその攻撃を避けなかったとしても。
目の前で彼女を傷つけられた事は変わらない。
他人に人の姿に変身出来ると知られない方がいいとの彼女の言いつけを、初めて悔いた。


崩れ落ちるその身体を抱きとめる事すら叶わなかった、自らの非力さ。
あの男が完全に消えてから彼女を抱き上げる事しか出来なかった、その無力さ。

「コウを止める事すらしなかったお前に言われたくないよ」

触れれば切れるのではないかと言うほど鋭い眼差し。
エドは言葉もなく視線を落とした。
自分は子供なのだと。
誰かの行動を責められるほど自分には力がないのだと、知らしめられた気がした。

「コウには僕がついてる。少し頭でも冷やしてくるんだね。

コウが目を覚ました時にそんな顔されてたんじゃ、心配するだろ」

優しい彼女だから、彼らが真実を知らぬ事を咎めるのだろう。
誰でもない、自分自身を。
そうしてその痛みを負ったまま、彼らに口を閉ざす。
長い付き合いだからこそ、メラノスには手に取るようにわかった。
せめて空元気でも笑顔を浮かべて、自分の頭の中を整理してもらわなければ。
そんな思いが彼の中にはあった。

「…ごめん」

そう言ってエドは静かに部屋を出て行った。
アルはその背中を見送った後、メラノスを振り返る。

「メラノスは兄さんが嫌い…?」
「コウが認めている者を嫌った覚えはないよ」

眠る彼女の額に掛かった髪を払いながら、彼は言った。
アルは言葉の続きを待つように黙る。

「ただ、あの無鉄砲さと言うか…頭に血が上りやすい性格は改善してもらいたいね。

いつかコウがとばっちり食らうような気がしてならないよ」
「…はは。アレは昔からだからね。改善は…難しいかもしれないな」
「君の苦労が目に見えるようだね、まったく…」

呆れたように溜め息を吐き出すメラノス。
そんな彼を見ながら、アルは笑った。

「君たちはまだまだ成長途中だ。強くも弱くもなれる。……こんな小さな事くらいで挫けて欲しくはないよ」

コウが初めて認めたんだから、と内心で付け足しながら彼は言う。

「小さな事…か」
「もう行ったらどうだい?君の兄さんは一人にしておくと何をしでかすか不安でならないよ」

そう言って顎でドアを指せば、アルは思い出したように「あ」と声を上げる。
そして慌ててドアノブに手を掛け、身体を潜らせた。

「コウの目が覚めたら…」
「多分軍部に顔を出す事になるだろうね」
「そっか。じゃあ、僕は兄さんと一緒に行くよ」

そうしてアルが部屋を出て行った。
静かになった個室の中で、メラノスはぼんやりと窓の外を見つめる。
分厚い雲が涙を流し続けていた。

「利用できる物は利用させてもらうよ。……コウの、望みを叶える為なら…ね」

小さく紡がれたその言葉が、誰かの耳に届く事はなかった。











所変わって、リオール。
エド達が関わった教主の一件から、この町は荒れていた。
人が人を殺し、そして殺される。
争いが続く町は廃れていた。

「人間はどうしようもなく愚かだわ」

一人の妖艶な女性がバルコニーから町を見下ろし、そう呟く。
彼女の隣にいた肉付きのよい身体を持つ男が鸚鵡返しのように「おろか、おろか」と答えた。

「ああ、まったくだ」

背後からそんな声が掛かり、二人は声の主を振り向く。
そして、口元に笑みを刻んだ仲間の登場に、同じく口角を持ち上げた。





「そういえばさぁ。イーストシティのショウ・タッカーが殺されたって」

闇色の長い髪を揺らし、男がそう言った。
女性は彼をエンヴィーと呼び、そして彼女自身はラストと言う名を持つ。
もう一人…今は食事中のために会話に加わっていない男はグラトニー。

「タッカー…ああ、綴命の錬金術師」

思い出すように髪を掻き揚げ、ラストは言った。
そして身体を反転させ、バルコニーのフェンスに背中をもたれかける。

「それに、面白い噂も聞いたよ」

エンヴィーはニッと口角を持ち上げる。

「ルデンタが国家錬金術師と一緒に行動してるらしいね」
「…ルデンタ?」
「そ。あぁ、どっちかって言うと“時の踊り子”って名前の方が知れてるかな」

後から紡がれた呼び名にラストが反応を示す。
その形の良い口唇から言葉が続けられた。

「ヴィアド人ね…一体今までどこに隠れていたのかしら?」
「各地を回ってたらしいよ。この間までリオールにいたらしいけど…すれ違い、って奴だね」
「まったく迷惑な事だわ。一箇所に留まってくれればいいのに…」

つくづく面倒だ、と言う風な溜め息を漏らす彼女に、エンヴィーは笑った。
そして身体を伸ばしながら言う。

「ま、このままおチビさんと一緒に行動してくれればありがたいね」
「ヴィアド人ももう少し残しておいた方がよかったのかしら…生き残りが一人だとやりにくいわね」
「今更言っても仕方ないんじゃない?それに、一人いれば十分だし。

探すのは結構骨が折れるけど…“時の踊り子”は自然と噂を集めてくれるから、それを探せば楽でしょ」

楽しげに笑う彼に、ラストはまたも深い溜め息を漏らす。
彼がそう言う表情を見せるときには碌な事がない、と彼女自身が身をもってわかっているからだろう。

「で、そのお気に入りのお嬢さんの名前は?」
「あれ?気に入ってるって言った?」
「…あなた、それで知られていないつもりだったの?」

呆れた、と言う風にラストは言う。
そんな彼女をケラケラと軽く笑い、エンヴィーはその名を紡いだ。

「コウだよ。コウ・スフィリア」
「………へぇ…あのスフィリアの娘ね」
「そう言う事。名前だけでも十分興味深いでしょ」

ニヤリと笑みを刻んだエンヴィー。
さながら獲物を見つけた野生獣のように。
静かで…それで居て内に激しさを秘めた眼が、そこにあった。

05.10.14