時舞う旅人  08

扉から最も遠いであろう一角。
そこにある本棚丸々をコウは請け負った。
ペラペラとページを走り読んでは、次の本に手をかける。
少しでも気にかかった本は右へ、後は全て元あった場所へと戻した。

「疲れてないかい?」

不意に開いていたページに陰がかかり、上からそんな声が届く。
声に反応して顔を上げれば、同じくそれを覗き込むメラノスと目があった。

「大丈夫よ。エド達はどうしていた?」
「コウと同じだよ。必死で読み漁ってる」
「そっか。一旦この資料を向こうに運んでおこうかな」

そう言うとコウは右に積んであった本を持ち上げる。
薄っぺらなメモ書きから、本格的な装飾の施された物まで様々。
メラノスは重さによろけたコウの腕からそれを取り上げ、スタスタと本棚の間を抜けていった。

「ありがとう」
「どういたしまして。向こうも呼んでたよ」

その時、先を歩くメラノスの手からヒラリと一枚の紙切れが落ちた。
それを拾うべく身を屈めようとした彼を制し、コウはそれを拾い上げる。
書かれた文字の羅列に視線を落とし、彼女は首を傾げた。

「…“人体と動物”…“合成”、“合成獣”…?何これ…?」

走り書きのように単語で書かれたメモがその真意を伝えるには至らない。
不思議に思いながらも、コウはそれを自分が持っていた本の背表紙から1ページ目に挟み込んだ。
そして、一旦エド達と合流するべく再び本棚の間を歩く。
メラノスが何か言いたげにメモの挟まれた本を眺めていた事に、コウは気づかなかった。












「こっちはどう?」
「……パスだな。それは参考にはなるけど…直接関係はねぇし…」

開いた本の上で頭を突き合わせながらエドとコウが話す。
エドの返事を聞き、コウは持って来た資料をテキパキと仕分けた。



やがて座っている彼らよりも本の方が高くなった頃、置時計がその役目を果たすように音を立てる。


―― ゴーン ――

「え?もう5時!?」
「あ、やべっ。読みふけっちゃった」
「本当ね」

エドの言葉にコウは同意の返事をする。
いつの間にかアルの姿が見えないことに気づき、エドは彼を呼ぶ。

「向こうで探してるんじゃない?」
「そうかもな」

そう言ってエドは膝に手をついて立ち上がる。
その時、コウの肩に居たメラノスがピクリと何かに反応した。
彼女の肩からエドの頭を通過点として本棚の上へと飛び移る。

「いて!何すんだ、メラノ…」

踏み切り板よろしく頭を蹴られたエドがメラノスを見上げて文句を言おうとした。
だが、それを紡ぎ終える前に頭上に影が落ちる。

「あ」

コウがそんな声に続き、エドの叫び声が屋敷内に木霊した。










日がその身を赤く染め始めた頃。
アレキサンダーに気に入られたらしいエドは、その体力の限界まで付き合わされぐったりとした様子で床に伏した。
その隣でクスクスと笑うコウとアル、そしてニーナ。

「よぉ、大将。迎えに来たぞ」
「エドー。迎えだって」

奇声を上げて寝そべるエドの上を占領するアレキサンダーの巨体。
ごめんね、と彼に声をかけながらエドの肩を揺すった。
身体を起こした彼がタッカーと話をしている間、不意にハボックがコウの方を向く。

「そっちが“時の踊り子”?」
「あ、初めまして。コウ・スフィリアです」
「どうも。俺はジャン・ハボック。階級は少尉だが…ま、好きに呼んでくれ」

タバコを銜え直した後、彼は人の良さそうな笑みを浮かべて手を差し出す。
コウも同じく微笑み返し、その手を取って握手を交わした。

「(何だかここに来てから軍人の知り合いが増えたなぁ…。)」

そう思わない?と小声でメラノスに声を掛ける。
そうすると彼は答えるようにその長い尾でコウの頬を撫で上げた。
あまり喋らない方がいいと言う彼女の言葉を忠実に守っているようだ。
タッカーとエドの話が一段落した所で「んじゃ、帰るか」とハボックが声を掛けた。

「あぁ、タッカーさん。大佐からの伝言が」

そう言って彼は立ち止まった。
ハボックはタッカーの方を振り向きながら再度口を開く。

「「もうすぐ査定の日です。お忘れなく」だそうです」
「…ええ。わかっております」

その時のタッカーの表情は重かった。

「?」

コウはそんな彼の反応を不思議に思いながらも、「お邪魔しました」と言い残して彼らと共にその場を去る。










「ねぇ。査定って何?」
「知らないのか?」

やはり同じく国家資格を持つ彼に聞くのが一番だろうと、コウはそう問いかけた。
エドはその質問が意外だったらしく、不思議そうな顔で彼女の方を向く。

「何?そんなに意外なの?」
「あぁ、悪い。いや…だってすっげー色々と知ってるからてっきり…」
「コウは興味のない事には驚くくらいに無頓着だよ」

彼女を代弁するようにメラノスが声を上げる。
失礼な、と言いたげなコウの視線など物ともせずに彼はそこにいた。

「えーっと…何だったっけ…あ、査定だったな。査定っつーのは1年に1回研究結果を軍に提出すんだよ」
「それなりの評価をもらえないと資格が取り上げられる事もあるらしいよね、兄さん」
「そう言う事。まぁ、ただで研究費用をくれるほど軍も優しくねぇって事だな」

エドとアルが交互に説明する中、コウは大人しくそれを聞いていた。
もちろんメラノスは興味がないらしく、彼女の肩と言う低位置で暢気に欠伸をしている。

「大変なのね」
「でもまぁ、1年に1回きりだからな。それに通れば問題ないだけだし」
「そうそう。ビックリするくらいに研究費用を貰ってるんだから当然だよね」
「大将の普段の働きからして十分査定結果に繋がってるけどなー」

ハンドルを握りながらハボックが口を挟んだ。
その言葉に「普段の働き?」と首を傾げるコウだったが、エドとアルは口を噤む。
色々と無茶もしてきているだけに言うに言えないのだろう。
ガタンッと道にあわせて車が揺れる。
夕闇を背に、彼らの車はその帰路へとつくのだった。



あの表情の理由を知っていたならば。
そして、それを止めることが出来たならば ―――
いずれこの一瞬を後悔する時が来る事を、コウはまだ知らない。

05.09.12