時舞う旅人 07
エドの話が終わった。
彼の話を聞き、タッカーは自らの研究資料を彼らに見せる事に頷いた。
「じゃあ、兄さん。僕はコウを呼んでくるね」
話が一段落すると、頃合を見計らってアルがそう言う。
「彼女は何故興味を?……いや、これは彼女自身に聞くべきことだね」
タッカーはそう言って「呼び止めてすまないね」と笑う。
立ち上がって扉の方へと向かおうとしていたアルはその声に振り向いた。
「コウは「アイツの猫が ――― 病気なんだ。だから少しでも生体について勉強をしたいらしい」」
アルの声を遮ってエドが答える。
それに続けるようにロイが口を開いた。
「彼女は自分の得意分野を生かそうとしている。国家資格を持つに値する実力者である事は私が保証しよう。
研究資料を見せてあげてくれませんか?」
彼の言葉に、タッカーはそれならば、と頷く。
疑う事はなかったらしい。
「俺も呼びにいく。タッカーさん、少しだけ待っていてくれますか?」
椅子から立ち上がってそう言うエドに彼も頷く。
ドアの所で立ち止まっていたアルに合流して、彼らはコウの元へと進んだ。
「メラノスの事はあまり話さない方がいい。受け入れる人間ばかりじゃないからな」
「そう…だね。ごめん、兄さん」
配慮が足りなかった。アルはそう言って謝る。
そんな彼にエドはニッと笑って頷く。
「別に謝る必要ねーだろ!どっちかが気づけばOKなんだからさ!」
「…そうだね」
「んで、コウはどこにいるんだろうな?」
廊下を突き当りまで歩いてくるとエドはキョロキョロと左右を見る。
不意に、二人の耳に澄んだ歌声が届く。
「…あっちみたいだね」
「だな」
まだ一度しか耳にしていないその歌声が、薄く開かれた扉から聞こえていた。
「お姉ちゃんお歌上手だね!」
「そう?ありがとう、ニーナちゃん」
嬉しそうに笑ってソファーから乗り出そうとするニーナに微笑むコウ。
日当たりの良い位置に部屋を設けてあるのか、午後の日差しが柔らかく差し込んでいる。
コウが動く度に光を反射させるように表情を変える彼女の髪に、ニーナはすっかり魅入っていた。
そして、いつの間にかその小さな手を縋るように伸ばす。
サラリとした質感が伝わるや否や、コウは驚いたようにニーナを見た。
「ニーナちゃん?」
「キレーな髪…」
指の間を生き物のようにすり抜けていくのが面白いのか、彼女は何度もそれを繰り返した。
コウも大人しくされるがままになっている。
「褒めてくれて、ありがとうね」
「コウお姉ちゃん?」
「お姉ちゃんにとってね、この髪と声は…何て言うのかな?誇り…凄く大切なものなの」
「宝物?」
「…そう、宝物。だから、ニーナちゃんが褒めてくれて嬉しいよ」
髪を掴んだまま彼女の話に耳を傾けていたニーナに向かってコウはそう言った。
それを聞き、ニーナも嬉しそうに微笑む。
「お礼にもう一曲。聞いていただけますか?お嬢さん」
「うん!」
ニーナの笑顔に誘われるように、コウは唇に歌声を乗せた。
コウの声が止み、続いて拙い拍手が一つ。
それを聞き届けると同時にエドとアルは顔を見合わせた。
彼女の歌を中断させる事は出来なかった ――― 否、したくなかったのだ。
―― そろそろ入ってもいいよな?
―― いいと思うよ。
声なき会話を済ませ、エドがドアノブに手をかける。
「コウ、タッカーさんが研究資料を見せてくれるって…」
控えめにそう声をかけたエド。
彼の声に反応するように、中にいた二人がこちらに視線を向ける。
「よかったね。じゃあ…私も行くわ。ニーナちゃん、またね?」
「わかった!お歌ありがとう、お姉ちゃん!!」
笑顔満開といった様子の彼女に、コウは「どういたしまして」と微笑んだ。
そしてアレキサンダーの頭を撫でると、彼を避けて本棚の上に丸まっていたメラノスに手を伸ばす。
素直にコウの肩に移ったメラノスを連れて、二人の待つ廊下へと進み出た。
「お待たせ」
「別に待ってないよね、兄さん」
「あぁ」
二人の返事にコウは微笑んだ。
彼女の耳元でメラノスが口を開く。
「二人とも聞いてたよ」
その声は小さく、彼女の前を歩いている二人には聞こえないだろう。
メラノスの声に目を向けるでもなく、同じ歩幅で進みながらコウも答える。
「うん。知ってる」
「いいんだ?」
「別にいいよ。彼らは…気づいてくれたし」
「コウ、どうしたんだ?」
遅れていることに気づいたエドが振り向く。
そんな彼に何でもないと答え、その隣に進み出る。
「今回の歌はどうだった?」
「あぁ、前みたいに悲しい歌じゃなかったな ―――――― って…」
少し驚いたようなエドの表情。
悪戯が成功した、とばかりにコウは首を傾けて笑う。
「別に隠してくれなくてもいいのよ?歌は…私達の誇りだから」
「誇り?」
アルが問う。
そんな彼の問いかけに、コウは「そう」と答える。
「ヴィアドの民にとっての誇り。歌によって自分達の歴史を語り継いできた人たちだから」
「そうだったのか…」
「知らなかったね」
二人は感心したような声を漏らす。
「知ってくれている人は少ないけど、だからこそ尊いものだと思ってる」
―― だから、二人には知ってもらいたかった。
コウはそう言った。
「…そっか。俺も色々と文献を読んできたつもりだけどさ…知らない事ばっかりだな」
「そんなものだよ。皆、自分の知らない事を知ろうと…生きてる」
伊達に旅はしていないと思っていた。
しかし、それは自惚れだったのだと、コウの言葉に気づかされる。
それほどまでに彼女の言葉は重く、それでいて酷く優しい。
どこか拗ねた雰囲気を纏った兄を見て、アルは二年って意外と大きな差だな、などと考えていた。
05.08.30