時舞う旅人  05

「何で君まで驚くんだ、鋼の。君が連れて来たんだろう。どう言う事か説明したまえ」

冷静を取り戻したロイがエドに向かって言う。
しかし、エドはご機嫌にコウを抱きしめるメラノスを見て唖然と口を開いたままだ。

「ちょ…メラ!放してってば!!」
「嫌。コウ抱き心地最高だし」

そう言って彼はご機嫌に、その腕の力を強める。
そんな彼に、コウはムッと表情を変えた後、口を開く。

「『ディミト』」
「あ!卑怯!!」

メラノスが声を上げるが、時すでに遅し。
彼の身体はぐんぐん縮んで黒い毛並みを纏う。
二度瞬きする間に、彼の姿は猫に戻ってしまった。
そんな彼を抱き上げコウは三人に向き直る。

「ごめんなさい。彼が口を挟んで……どうかした?」
「……………今、この猫は人間だったように見えたんだが…?」
「はい。メラノスは人型に変身出来るんです」

コウは得意げに頷く。
錬金術師として、変身などと言う非科学的な物を「はい、そうですか」と簡単に納得するわけにはいかない。
ロイはすぐにでも彼女に問いただそうとするが、それよりも早くエドが声を発した。

「お、おい!コウ!!今のメラノスかよ!?」

一度彼が変身する所を見ていたエドが驚いている理由。

「俺以外に見えるのか?」

コウの腕に抱かれながら、メラノスは不機嫌な声でそう答えるのだった。

「猫が話した…!?」

必死で落ち着きを取り戻していたロイだが、珍しくも驚いた声を発する。
しかし、彼が驚く様子を見たかったはずのエドに、気づく余裕はなかった。










「――― って事らしい」

エドがそう締めくくる。
ぺし…ぺし…と言う何とも形容しがたい音だけが唯一の音となった。
ロイは部下の一人であるリザ・ホークアイ中尉に人払いを頼み、自分の仕事部屋に彼らを招いた。
コウの膝の上に座るメラノスはゆったりと尾を揺らしては椅子を叩く。
その動作を繰り返す彼の藍の目は楽しげに細められていた。

「合成獣か…」

ロイはメラノスを見下ろしながら呟く。
彼は藍色の目でロイを一瞥した後、またゆっくりと尾を揺らした。
コウは終始無言で成り行きを見守る。
彼女自身、メラノスが何者なのかわかっていない。
それを知りたいと思うだけの好奇心はあるのだ。

「その可能性はある。しかし、人語を話し、ましてや人間に変身する合成獣など…。

……………いや、人語を話す合成獣を錬成した人物はいる」

記憶を探るようにゆっくりした口調で彼はそう言い切った。

「しかし、鋼のの言い分によると人間に変わった時の年齢まで変えられると言う事になるが…?」
「10歳から20歳くらいの間ならどの年齢でも変身出来るよ。コウが喜ぶから大抵は10歳程度…かな」

言葉に合わせて猫の口が動くのを、ロイは何とも言いがたい表情で見つめていた。
先程エドとアルが驚いていたのは彼が20歳程度の男性に変身してコウを抱き寄せた所為である。
例の店では、屈託のない笑顔を浮かべて彼女に甘えていた少年の姿だった。
その姿からは一転、大人の男性の姿をとった彼は女性ならば誰でも憧れるような美しい容姿になっていたのだ。
そんなメラノスは勝ち誇ったような笑みを浮かべてコウを抱きしめた。
エドは大人版メラノスの表情を思い出し、自分の脳裏の映像に眉を寄せる。

「ねぇ、さっきコウが何かを言った途端にメラノスが猫に戻ったよね?アレは?」
「あれは変身解除らしいわ。……この子とは長い付き合いだけど…私、何も知らないの」

悲しげに表情を落とし、コウは膝の上の彼を撫でた。
それを慰めるようにメラノスはぺろりとその手を舐める。

「マスタング大佐。彼について、知りたいんです。何か参考になりそうな資料はありませんか?」

コウは真剣な表情を浮かべてロイを見つめる。
藍色の眼に宿るのは彼女の確固たる意志だった。











ロイは黙って椅子から立ち上がる。
ファイルを押し込んである棚まで歩き、彼はいくつかのファイルの中身を調べた。
そして、目当てのそれを見つけると閉じたままで彼らの前にあるテーブルに載せる。
その上に自分の手を乗せ、コウを見た。

「これは一般人には見せる事が出来ない」

何らかの資料を見せてもらえるのだと思った彼女は肩を落す。

「しかし ―――」

ロイはこう続け、ファイルをコウの隣に座るエドの前まで滑らせた。

「鋼のにはトレインジャックの件で借りがあったな。私はこれを彼に見せる事にする」

そう言って口の端を持ち上げる彼。
その言葉が意味する所など、考えるまでもなかった。

「さすが、大佐!粋な事するねぇ」

からかうようにエドは笑い、テーブルの上に載ったファイルを持ち上げる。
ヒラヒラとそれを揺らし、彼はロイに問う。

「俺の隣に座る誰かがうっかり資料を見ちまう、なーんて場面は見なかったよな?大佐」
「…もちろんだとも。今日は天気がよくて空ばかり見ていたからな」

わざとらしいやり取りに、コウとアルは顔を見合わせる。
そして、その後声を潜めてクスクスと笑った。

「感謝します。マスタング大佐」
「君は国家錬金術師ではないし、私は君の上司ではない」

実に回りくどい言い回しである。
しかし、コウはその真意を悟った。
笑顔を浮かべて言う。

「そうでしたね。では、ありがとうございます。…ロイさん」
「私は何もしていないが…お茶一杯でもどうですかな、“時の踊り子”嬢?」

笑顔で告げる彼に、コウは「喜んで」と答えるのだった。






「良かったのですか?大佐」
「何の事かね?」
「軍部内資料は国家錬金術師とは言え閲覧には申請が必要だったと思いますが?」
「構わんさ。私が鋼の錬金術師の研究の助力をするのはおかしい事ではない。それより車の用意を」
「大佐自ら赴くのですか?」
「私の紹介だ。当然だろう」
「…お早めにお戻りくださいね」
「………善処する」

05.08.10