時舞う旅人 02
印象的だったのはその眼。
深い藍色の瞳は、時に俯くように伏せられ…時に射抜くように鋭く。
彼女の踊りは軽やかだった。
全ての人の、時が止まる。
その呼吸すらも忘れているのではないかと言うほどに―――。
エドとアルは人波がなくなるのを待った。
“時の踊り子”ルデンタの周りの人壁も徐々にその厚みを減らしていく。
彼女はどんな質問にも答えず、静かに微笑むままだった。
やがて、彼女が魅了していた人々はそれぞれの場所へと戻っていく。
町がいつもの賑わいを取り戻す。
まるで――― 一時の夢だったかのように。
「おい、あんた…!」
ふぅ、と息を付いた彼女の背中に声がかかった。
背中を覆うほどの髪を揺らして彼女は振り向く。
そこには先程の妙な組み合わせの二人組みがいた。
「さっきの…。見てくれたんですか?」
「ああ」
自分がぶつかってしまった相手なだけに、エドはバツが悪そうな表情を見せる。
それに気づいてか、ルデンタは「先程の事は気にしないでください」と笑った。
「どうでしたか?私の踊りは。初めて…ご覧いただいたんですよね?」
そう問われ、エドとアルは顔を見合わせる。
「えっと…何て言うか…凄く、綺麗でした」
「あぁ、綺麗だった…んだけど…。何て言うか……なぁ?」
「うん。兄さん、言いたい事はわかるよ」
「んー…あー……何つーか……」
顔をあちらこちらに向けながら唸るエド。
上手く言い表す言葉が見つからないらしい。
数分間悩みに悩んだ後、彼はゆっくりと口を開いた。
「あのさ…。失礼かとは思うんだけど………あの踊りは弔い…なのか?」
躊躇いがちに、彼はそう問う。
アルも彼がそう質問するのがわかる、と言う風に頷いた。
そんな彼らの反応を見て、彼女は驚いたように目を見開く。
『歌の意味がわかるの?』
「「え?」」
開かれた口からは、聞き取る事の出来ない言語が紡がれた。
二人は同時に疑問の声を上げる。
「あぁ、言葉がわかるわけじゃないのね」
「今のは…?」
「私達の間だけで話される言葉よ。それより、どうしてあの踊りが弔いだと…?」
首を傾げながら彼女は質問を返す。
二人は再度顔を見合わせた。
エドが頬を掻いた後、それに答える。
「何かさ…。悲しくて…儚い踊りに見えた…から…」
彼の言葉を聞き、ルデンタは薄く微笑む。
その表情は踊りの最中に一瞬だけ見せた、儚く悲しい笑みだった。
「それに気づいたのはあなた達が初めてよ」
「え…本当…なんですか?」
「そう。歌は鎮魂歌。踊りも彼らを……ヴィアド人を弔う為のもの」
「ヴィアド人…!?じゃあ、あんたも…!」
驚きの表情を浮かべるエドに向かって、彼女は自分の唇に人差し指を当てた。
その指で、彼らの向こうにある小さな喫茶店を指す。
「場所を変えましょう」
彼女の提案に、二人は頷いた。
「…まずは…そうね。私の名前はコウ。コウ・スフィリア。これが本名」
「じゃあ、ルデンタって言うのは…」
「通り名みたいなものよ。私達の言葉で『踊る者』と言う意味」
カランッとコップの中の氷が動く。
静かな店内に人影はない。
きょろ…と辺りを見回したエドの視界に、近づいてくる店主が目に入った。
テーブルの上に氷の浮いたアイスティーを置くと、彼はルデンタ…いや、コウに声を掛ける。
「よぉ、“時の踊り子”今日も素晴らしい踊りだったな」
「ありがとうございます」
「しかし…。お前さんが客を連れてくるなんざ珍しいな。奢ってやるからしっかり食ってけよ、ボウズ!」
「うわぁ!な、何すんだ!!」
バンバンと頭を叩かれたエドが声を上げる。
縮んだらどうしてくれるんだ!と彼は去り行く店主の背中に怒鳴る。
しかし、店主はそれを豪快に笑い飛ばしてしまった。
不貞腐れたようにアイスティーのストローを銜えるエドを見て、コウは苦笑を浮かべる。
「いい人なの…誤解しないでね」
「あ、大丈夫ですよ。兄さんは身長の事に煩いんです」
「アル!!」
「本当の事でしょ?兄さん」
「だからってなぁ…!」
二人のやり取りを、コウはテーブルの上に置いた手に顎を乗せて見守っていた。
その表情は楽しげである。
それは店主が料理を運んでくるまで続くのであった。
「で、そろそろ聞きたいんだけど?」
「あぁ…そうね。私が話すよりも質問してもらった方がいいわ」
「ヴィアド人なのか?」
真剣な表情を見せ、エドはそう質問を繰り出した。
コウは黙って頷く。
「兄さん…ヴィアド人って?」
「アルは知らなかったのか?」
「知らないよ!何で兄さんは知ってるのさ?」
「図書館の文献で目にしたんだ」
アルが知らなかったと言う事実にはエドも驚いた様子だった。
どうやら知っているものと思い込んでいたようだ。
「故郷を持たず、旅の中に生まれ…そして死んでいく人々よ。
だから…戦争に巻き込まれる事も少なくはない」
陰を落とした表情でコウはアルに説明を告げた。
それを聞いた二人は沈黙する。
「すでに私を残して誰一人生き残っていないと聞いたわ」
その声が僅かに強張ったのを聞き取れないほど、彼らは子供ではない。
「……ごめん」
「……ごめんなさい…嫌な事を思い出させて…」
二人が同時に頭を下げた。
そんな彼らを見て、コウは少しだけ声の強張りを解く。
「気にしないで。あなた達があの踊りを弔いだと気づいてくれたのは本当に嬉しかったの」
コウが腕を動かせば、数個の輪が絡まりあうブレスレットがシャランッと綺麗な音を立てる。
「えっと…コウ…さん?」
「呼び捨てでいいわよ。鋼の錬金術師さん?」
「!俺の事知ってんのか?」
「この間までリオールにいたの。色々と噂は聞いておりますわ」
にっこりと笑みを浮かべてそう言った彼女にエドは口元を引きつらせる。
自分達の行動はお世辞にもいいと言えるものではないことが多い。
そんな自分達の噂とあれば…不安になるのも無理はなかった。
05.08.03