闇の支配者 22
薄暗い部屋の中、黒髪の女性二人が向き合って言葉を交わす。
お世辞にも美しいとはいえない場所に響く、二種類の声。
話の内容はとても穏やかとは言えないものであった。
「ねぇ、ラスト。焔の大佐…消しちゃ駄目?」
「駄目よ」
「面倒だよ。色々と嗅ぎまわってくれちゃってね…」
腰ほどの高さの檻の上にピョンと飛び乗り、コウは溜め息を落す。
彼女の言葉を聞き、ラストはもう一人の方を向いた。
説明しろ、と言いたいらしい。
「最近になってから急に動き出したみたいだよ」
「何か決定的な情報をつかんだのかしら?」
グラトニーの背に座りながら、ラストはエンヴィーからの報告に眉を寄せる。
バシンという音と共に、エンヴィーがいつもの姿に戻った。
「けっこう近いところまで知ってそうだよ。どうする?」
そうラストに問いながら、彼は歩く。
コウの腰掛ける檻にもたれると、そこに流れる彼女の長い髪を梳いた。
「やっぱりその姿じゃないとね」
髪を触る彼の手が心地よいのか、コウは柔らかく微笑みながら言った。
そんな彼女の表情を見てエンヴィーも口の端を持ち上げる。
「で、どうするの?人柱候補だから簡単に殺せないよ。ただでさえ優秀な錬金術師が少ないんだし…」
そう言うと、コウは檻から降りて床に足を下ろす。
そして、先程まで自分が腰を降ろしていた檻の蓋を開いた。
ゆったりとした足取りで出てきたのは一匹の合成獣。
犬ほどの大きさで、犬よりも鋭い牙を持つそれは一歩ずつ踏みしめるように歩く。
その身体を完全に檻から解放するなり、合成獣はコウの足元に伏せた。
「…へぇ…随分懐かせたね?」
「うん。主に忠実な奴は嫌いじゃないからね。ほら、牙を戻しなよ。邪魔でしょ」
コウがそう言えば、下顎まで伸びた牙が音もなく縮む。
やがて普通の犬と変わらぬ大きさになると、合成獣は再び首を床に組んだ前足に乗せた。
「何が入ってるんだっけ?」
「犬、狼、猫…それからチーターとライオンだっけ?とにかく色々入ってるよ」
「この上ない雑種ね」
コウの足元に伏せる合成獣に目を落としながらラストが呟く。
同感だ、とばかりにエンヴィーも頷いた。
「ま、便利でしょ。頭は悪くないしね。ほんの遊び心だよ」
そう言ってコウは笑う。
「んで、そっちの情報網からは何も聞き出せてないの?」
エンヴィーが話を戻すようにラストに問いかける。
もっとも、答えはわかっているのだが。
「ぜんぜん。天然なのかやり手なのか…いまいちつかみどころが無いわね」
ラストはお手上げだ、と言う風に両手を持ち上げて答える。
その答えにコウとエンヴィーは溜め息をついた。
「やっぱりコウの方が好みだったのかしらね」
「僕?」
話を振られたコウは自分を指しながら首を傾げる。
そう言えば前にラストは「コウの方が適任だ」と言っていた。
「本気で言ってんの?何であんな奴の所にコウを送らなきゃなんないのさ。自分で頑張りなよ」
「…冗談よ」
ラストの言葉は明らかにエンヴィーの機嫌を損ねたらしい。
眉を寄せたままコウを背中から抱き込む彼を見て、ラストは溜め息混じりに答えた。
「今日あたりまた情報収集してみるわ。行くわよ、グラトニー」
部屋を去ろうとラストが腰をあげる。
それを見て、エンヴィーもコウを解放した。
グラトニーが先程まで居た場所には、その食事の残骸が転がっている。
それを見下ろして、エンヴィーは黙り込む。
「エンヴィー?」
「いい事思いついた」
「…“いい事”?」
「そ、“いい事”。
ねぇラスト。焔の大佐が大人しくしてればいいんだよね」
足を進めていたラストにエンヴィーが声を掛ける。
彼女は身体を振り向かせた。
「その情報網の他にもうひとつ手を打っとく気ない?」
「…何かあるの?」
ラストの言葉に、エンヴィーは愉快そうに口角を持ち上げる。
「うるさい狗にはエサを与えてあげなくちゃ」
「中佐元気?」
エドの何気ない言葉にロイとリザの周囲の空気が張り詰める。
だが、彼らはそんな事を知らない。
まるでお互いの近況報告のような気持ちで、彼らはロイの答えを待った。
「―――いない」
ロイはそう言った。
「は?」
その答えの真意を悟り損ねたエドが間の抜けた言葉を紡ぐ。
ロイは彼に背を向けて歩き出しながら口を開いた。
「…田舎に引っ込んだよ。
近頃中央も物騒なんでな。夫人と子供を連れて田舎に帰った。家業を継ぐそうだ」
ふと、言いながら進めていた足を止める。
エドが何かを紡ぐ前に、ロイは振り返らずに再度口を開いた。
「そう言えば…。先日君の友人に会った」
「友人…?」
エドが自分の友人を頭に思い浮かべる中、彼は続ける。
「トレインジャックの時に一緒だった黒髪の女性だよ。確か……コウ、と言ったか」
今度はエドが動きを止める番だった。
彼に背を向けていたロイはそれに気づかない。
ホムンクルスに関する情報があれば連絡すると言って、彼はその場を去った。
「兄さん?どうしたの、急に黙り込んで…」
「……いや、何でもない」
心配するように顔を覗き込むアルに笑みを返すエド。
「コウか~…最近会ってないわね。彼女、元気なの?」
コウの事を気に入っていたウィンリィが二人に問いかける。
ウィンリィとアルはコウの事を知らない。
知っているのは、エドただ一人なのだ。
「どうなんだろうね?ダブリスから急にいなくなっちゃったし…。兄さん何か知ってる?」
「………さぁな。さっさと宿に行こうぜ!」
空元気とも取れる笑顔を浮かべ、彼は率先して歩き出す。
思い出さないようにしていた。
彼女が……コウがホムンクルスだと言う事を。
出来る事ならば、彼女を傷付けたくないが故に。
05.07.24