闇の支配者 21
「ねぇ、コウの方が適任じゃない?」
ラストがそう声を上げた。
金網の上ではコウが足を揺らして彼女を見下ろす。
「僕?何が?」
「例の少尉の話よ。あの男から軍内部の情報を聞きだすって言ったでしょう?」
「あぁ、そうだっけ」
“例の少尉”を思い出してコウが頷く。
「駄目だよ。僕が行くとエンヴィーが怒るから」
「……それもそうね」
ちなみにその本人は単独で仕事中である。
そのためにコウは暇を持て余していた。
ラストはコウの暇つぶしを買って出たのである。
「所で…エンヴィーはどこに行っているの?」
「軍部。焔の大佐が動いてるらしくてねー…それを調べに言ってるはずだよ」
「だからここにいるのね…」
そう言ってラストは建物を見下ろすようにして視線を下げた。
廃墟に近い建物の屋上からは、軍部の建物がよく見えていたのだ。
「そう言う事。でもそろそろ行こうかな。もう終わる頃だろうし」
「そうね。じゃあ、後でいつもの場所に来るように言っておいてちょうだい」
「了解。んじゃね」
ヒラリとフェンスから飛び降りると、そのまま屋根から屋根へと移動してあの建物を目指した。
「君は…」
「!」
軍部内を歩いていたコウ。
一般人が入れるのは可笑しいのだが…受付を適当に誤魔化せば、後は容易い物だった。
そんな彼女に、後ろから声がかかる。
「あ、えっと…」
「焔の錬金術師、ロイ・マスタングだ。君とはトレインジャックの際に会ったと思うが…」
「あぁ、あの時の大佐さん。………何かやつれたね」
「…少々立て込んでいてね」
「ふーん…中央に来てたんだ?」
「あぁ先日中央へ移動になったのだよ。ところで…一般人はここまで入れない筈だが?」
「え?そうなの?」
知っていた事だがあえてとぼけるコウ。
「今日はどうしたんだね?」
「国家資格についてちょっと聞こうと思ってね。遠路遥々来てみたはいいけど…」
「広すぎて迷子になったと?」
「…そんな所」
彼女の言い分を疑わなかったようで、ロイは黙って頷いた。
二・三度周りを見回した後で、再びコウへと向かう。
「国家資格についてなら「ここにいたんですか!」」
場所を教えようとしたロイの声を遮るように、男の声が重なる。
振り向けば一人の軍人が息を切らせて角を曲がってきた所だった。
「これはマスタング大佐!失礼いたしました!」
「いや。どうしたんだ?」
「案内していたのですが、どうやら逸れてしまったようで…自分のミスでした。
申し訳ありません!」
コウの前に立ってピッと敬礼する男。
彼の背中を見ていたコウが、気づいた。
僅かに笑みを浮かべると男の背中から顔だけを覗かせてロイを見る。
「この人に案内してもらってたんだよね。じゃあ、ありがとう、大佐さん」
「ああ」
「では、失礼します。さ、こちらへ」
そう言って、男はコウを促がすようにしてその場から歩き出した。
コウも素直に男の後に従う。
角を曲がる時に振り返ったが…ロイはすでにその場から立ち去っていた。
男に従うようにして軍部を出たコウ。
そのまま人気のない路地に入ると、コウは後ろを付いていくのではなく足を速めて隣へと躍り出た。
「助かったよ。思ったよりもしつこくてね」
「まったく…。だから待ってろって言ったのに。
来るなら変身してきなよね。コウだって出来るんだから」
「…それもそうだったね」
クスクスと笑うコウを見て、男は溜め息をついた。
そして、そのまま足を速める。
「戻らないの?」
「見つかると色々面倒だからね。このままで行くよ」
「……何が悲しくてこんなワケのわからない男と歩かなきゃなんないかな…」
「俺もだよ。何が悲しくてコウの隣を別の男に明け渡さなきゃなんないのさ」
「…中身は君じゃん」
「それでも。俺も我慢してるんだからコウも我慢して」
「……………了ー解」
完璧に機嫌が直ったと言うわけではなさそうだったが、コウは一応頷く。
違う容姿であるだけでこんなにも遠く感じるのは…彼が相手だからだろう。
エンヴィーは変身している時は滅多な事がない限りコウに触れない。
それが嬉しくもあり、そして寂しかった。
どんな容姿であれ、彼が彼であることに変わりはない。
それを誰よりも理解しているのはコウに他ならないのだった。
「焔の大佐と面識あったの?」
見知らぬ男の姿のまま、エンヴィーがそう問う。
コウはきょとんとした表情で彼を見た。
「あれ?話さなかったっけ…。トレインジャックに巻き込まれた時にね」
「聞いてないね」
「…そうか。
君は丁度リオールの方で手が一杯だったから…必要もないかと思って話さなかったんだね」
一人頭の中で整理を終えてしまったコウが納得したように頷く。
そんな状況をよく思わない人物がここに一人。
「コウの顔の広さには感服するね、ホント」
「…ありがとう?」
「褒めてないよ」
やれやれといった風に溜め息を漏らすエンヴィーに、コウは首を傾げて見せた。
「顔が広いのは君の手伝いの為なんだけど…嫌だった?」
「……………嬉しくはないね」
「んー…じゃあ、どうすればいい?」
そう言ったコウに顔を向けると、エンヴィーは進めていた足を止める。
不思議に思って見上げた彼女の顎を取ると、そのまま唇を重ねようとしたが―――
寸前でエンヴィーがピタリと動きを止める。
そして、すぐにコウを解放した。
「エンヴィー?」
「…今の俺はエンヴィーじゃないよ」
例え中身が自分であろうと。
他の男がコウに唇を重ねるのを許すことなど出来なかった。
自分の視界に揺れる青い軍服が無ければ変身している事も忘れて彼女の唇を奪っていただろう。
「…エンヴィーだよ?」
「中身の話じゃなくて……
とにかくあのエンヴィーの姿以外の俺がコウに触れるのも嫌なの!わかる!?」
自分でも説明するのが難しかったのか…。
エンヴィーはガシガシと髪を掻き揚げてそう言った。
「………独占欲は筋金入りだね?」
「…今更だろ」
「ん。でも…僕も同じかな」
少しだけ頬を赤く染めて、コウが微笑んだ。
その笑みを目の前にしたエンヴィーはコウの手を引いて早足でラストの待つ場所まで移動する。
一刻も早く『エンヴィー』に戻るために。
05.05.04