闇の支配者 20
「ねぇ、コウ」
「ん?」
ベッドで寛いでいたコウは名前を呼ばれて顔を上げた。
視線を落さずに読んでいたページに栞を挟んで本を閉じる。
コウがエンヴィーに目を向けると、彼は窓枠に腰掛けて手招きをしていた。
「?」
首を傾げながらもベッドを降りてエンヴィーの傍へと歩み寄る。
コウは立っているために、エンヴィーの方が視線は低い。
見上げるような視線を受けると、不意に強い力で引き寄せられた。
コウの腰にエンヴィーの腕が絡まる。
苦しくない程度のそれだが、自由が利かないことに変わりはなかった。
「エンヴィー?」
その名を紡げば、下からにっこりと笑みが返って来る。
だが、その笑顔はどこか裏を秘めた物だった。
「“久しぶり”ってどう言う事?」
笑顔を貼り付けたまま問うと、面白いくらいにコウの身体が強張る。
「(余計な事してくれたね…グリード…。)」
明らかに怒っているエンヴィーを前に、コウはそんな事を考えていた。
もうすでにこの場に居ない者を責められるわけもない。
自分の腰にはエンヴィーの腕が回っていて、自由は殆ど利かない。
もっとも、自由だったとしてもコウがエンヴィーから逃げられる筈はないのだが。
「えっと……」
「何?」
「………………………」
「コウ?」
「ごめんなさい」
言い訳を考えてみたのだが、どれも無駄そうだった。
少し強めに名前を呼ばれれば、それ以上黙り込むことも出来ない。
「はぁ…何でグリードなんかに近づいたのさ?」
「…興味本位…」
どんどん音量の小さくなるコウに、エンヴィーは心の中で苦笑を浮かべる。
「言ったよね?」
「“向こうに行ってもアイツとは関わらないようにね”?」
「そう。覚えてるんだから…コウの責任」
「不可抗力…」
「さっき興味本位って言ったでしょ」
「………………言いました」
とりあえず目線を逸らしてそう答える。
「んじゃ、お仕置き決定ね」
「ぅわっ!!」
いとも簡単にコウを抱き上げると、エンヴィーはそのままスタスタと歩き出してしまった。
横抱きにされること自体には慣れているコウは、すぐに安定するように体勢を立て直す。
そうしている間に目的の場所まで運ばれていた。
行き成り手を放されたかと思えば…コウはシーツの海へと落とされる。
「ったー…ちょっと位は丁寧に扱って欲しいんだけど」
「いつもこれ以上ないくらい丁寧に扱ってるでしょ」
そう答えると、エンヴィーはコウの隣に寝転がって彼女を後ろから抱きこんだ。
暫くはエンヴィーの意向が読めずにじっとしていたコウだったが…。
「……………何がしたいの?」
「ん?大人しく抱き枕になってくれればいいよ」
「……………」
こうなっては何を言っても聞かないだろうと判断したコウは、即座に頭を切り替える。
先ほどベッドの上に放り投げてあった本を取り上げてページを捲る。
だが、それは瞬く間にコウの視界から消え去った。
「…何で取り上げるのさ」
「駄目。俺以外の事は考えないよーに」
「する事なくて暇だし…」
取り上げた本を床に放り投げると、エンヴィーは再びコウに腕を回した。
コウは不貞腐れながらも大人しくその腕に抱かれている。
そんな彼女の耳元に口を寄せると、彼は小さく囁いた。
「俺、一応怒ってるんだからね」
「…?」
「久しぶりに会えたと思ったらおチビさんと一緒にいて。
んで聞けば、離れてた間にグリードの奴とも会ったって言うじゃん」
「あ…ごめん」
「いくら聞き分けのいいような事言ったってさー。ムカつく事はムカつくんだし」
腕に力がこもり、コウが僅かに顔を顰める。
「どいつもこいつも…俺のだって言ってんのに」
決して手放さないように抱きしめるエンヴィーに、コウはその苦しさを忘れていた。
「ホント…今すぐにでも殺してやりたいくらいには怒ってるよ」
「エンヴィー…」
「ま、お父様が言う以上出来ないけどね」
そう苦笑を漏らすと、エンヴィーは腕の力を少しだけ緩めた。
それでもコウの身体をしっかりと抱きしめいていることに変わりはない。
「ねぇ…」
「ん?」
「僕たちさ…?お父様の元を離れたらどうなるんだろうね」
「……そんなの、考えたこともないよ」
「いつかは…僕も君も…ラストやグラトニーも…お父様にはいらない存在になるのかな…」
回されている腕に自分の手を重ねてそう呟く。
「お父様を裏切ったら…僕もグリードみたいに…?」
「さぁ…わからない」
「…そうだよね。それに…お父様を裏切るつもりもないしね」
コウはエンヴィーの腕を少し持ち上げると、囲まれた腕の中で身体を反転させた。
向き合うような体勢でエンヴィーを見上げる。
「でも…君が行くって言うなら………置いていかないでね?」
「…当たり前。もし俺だけ消滅するって言っても連れて行くよ」
「ありがとう。僕が消滅する時にも…連れて行くよ?」
コウがクスクスと笑いながらそう言うと、エンヴィーはコウの額にキスを落とした。
「一人でなんか死なせない」
耳元で囁かれた言葉は、間違いなくコウの望んだ物だった。
「うん。僕も」
「ねぇ、お仕置きって何するの?」
「んー?こうして一日俺の抱き枕。離れるのは許さないから」
「何それ…。僕を喜ばせてどうするの?」
「…いいんじゃない?お互いに嬉しいんだから」
コウの髪に口元を埋めるようにして抱き込む。
彼らの一日はこうして過ぎて行った。
05.03.13