闇の支配者  17

「おいで、コウ」

椅子に深く腰掛けたまま、お父様がコウを呼ぶ。
その声を受けて、コウは嬉しそうに彼の元へと歩み寄った。

「久しぶりに顔を見たな…」
「うん。最近はおチビさんの所に行ってたから」

頭を撫でられ、心地よさ気に目を閉じる。
そんな猫のような行動に、お父様は目を細めた。

「コウ。賢者の石は作れそうにないのか?」
「………うん。どうしても、材料は変わらないから…」

言いにくそうに、コウが視線を落としてそう答えた。
しゅんとしてしまったコウを、お父様が優しく撫でる。

「ごめんなさい…役に立てなくて…」
「そう気にするな。仕方がないことだ。

さぁ、もうエンヴィーが帰ってきた頃だろう。彼の元へ行っていい」
「…ありがとう」

そう言うと、コウはお父様の元を離れて部屋の出口から出て行った。
コウの背中が見えなくなると、お父様は溜め息を漏らす。

「やはり無理か…」










「エンヴィー、お帰り!」

部屋に入ると同時に、エンヴィーに飛びつくコウ。
いとも簡単に不意打ちの飛びつきを受け止めると、その腕に彼女を納める。

「ただいま」
「お疲れ様。どうだった?」
「何も問題ないよ。俺の方はね」
「?」

わざわざ自分の方はと言うエンヴィーに、コウが身体を離してエンヴィーを見上げる。

「何があったの?」

真っ直ぐにコウを見つめ、そう問いかける。
一瞬驚愕の表情を見せた後、コウはバツが悪そうに視線を泳がせた。

「何で…気づいちゃうかなぁ…」

少し弱い口調で、コウがそう呟く。
エンヴィーはコウの腕を引いて、ベッドに座らせると、続きを促がした。
観念したように、コウがゆっくりと口を開く。

「……お父様に、聞かれたの」
「何を?」
「……賢者の石は作れないのかって…」

悲しげに目を伏せるコウを見て、エンヴィーもその表情を翳らせた。
コウが何故気を落としているのか、その理由がわかるから。

「“万能”なのに……お父様の役に立ててないよね、僕…」
「そんな事ないよ」
「お父様の望みを叶えられない…」

エンヴィーの肩に額を乗せて、そう言う。
コウの背を抱き寄せ、腕の中に閉じ込める。

「でもね、賢者の石を作ることは出来ない。僕の考え出した方法では」
「うん…」




「嫌なの……
君を使って賢者の石を作るのだけは――――っ!!」




喉の奥から搾り出したような声に、エンヴィーは表情を歪めた。
そして、コウを抱く腕に力を篭める。












数年前、コウは独自に賢者の石を錬成する方法を探していた。
もちろん生きた人間を使えばそれは簡単。
しかし、その為には色々と裏工作が面倒だった。

「エンヴィー、どうすれば賢者の石を作れると思う?」
「生きた人間を使えば?」
「そうじゃなくて。もっと別の方法で」
「……俺の専門外の事を聞かないでよ」
「…そうだね」

その答えを聞き、コウは再び本へと目を戻した。
自分の特技を生かして、お父様の役に立ちたかった。
コウの中では、いつでもお父様を二番に考えてきたのだ。
一番は……言うまでもない。

「材料を少なくすれば、裏工作とか面倒な事しなくてもいいよね」

数百冊に及ぶ本を読み漁り、ただそれを求めた。
賢者の石を作ることが出来れば、お父様の役に立てると信じて。









「あー…駄目だ。これも無理」

いくつか理論を立ててみるものの、どれも上手くは行きそうにない。
愛用のペンを別のモノに錬成しながら、コウは前髪を掻き揚げた。
一瞬で別のモノがコウの手の中に納まる。
そんなコウの様子を見ていたエンヴィーが、呟いた。

「……コウってさ…錬成の時間が凄く短いのがあるよね。得意不得意の関係?」
「え?」

自分でやっていると気づかないらしく、コウはペンに戻しながら考えた。

「多分……違うと思う…」

再びペンを別の物質に錬成して、戻す。
その後、他の本やらクッションやらも思いつくままに片っ端から錬成していった。

そして……ある事実に辿り着く。

「わかった」
「何?」
「思い…みたい」
「?思い…がどうかしたの?」
「錬成にかかる時間だよ。

僕が普段使っていたりして、気に入ってるモノは、錬成時間が短い」

答えを見つけたのが嬉しいのか、コウが笑顔でそう言った。
そして、そのままの勢いで理論を立て直す。

「それなら、錬成陣はこのままで…後は材料を…」

ぶつぶつと呟きながら、白い紙に書き込んでいく。

白紙だった紙が、どんどん文字で埋め尽くされていった。