闇の支配者  16

「あららー…おチビさん、外で待ってるじゃん」
「本当だ…。じゃ、ちょっと行って来るね」
「ん。ここで待ってるから」

それに頷くと、コウは数日寝泊りした家へと足を向けた。
だが、数歩も歩かないうちにその動きを制限される。

怪訝に思って振り返れば…。

「――――………エンヴィー…手、放してくれないと行けない」
「あ、ごめん」

どうやら無意識にコウの腕を掴んでいたらしい。
コウに言われて、エンヴィーはその手を放す。
離れていく体温に、コウがふと寂しげな表情を見せた。
そんなコウを見て、エンヴィーは顔に笑みを浮かべた。
少しだけ腰を折って、コウの額にキスを落す。
そして、急な事に呆気にとられた彼女に微笑みを浮かべた。

「待ってるから。早く戻ってきなよ?」
「――――っうん!」

その顔に笑顔を戻して、コウはその場から走って行った。
離れていく背中を見つめて、エンヴィーは溜め息を漏らした。

「ホントは、行って欲しくないけどね。俺以外の男の所になんて」










「まったく、君は…。外で待ってる必要がどこにあるんだろうね?」
「コウ!!」

石畳の上に腰を下ろした状態で、エドは声の方を見上げた。

「どこに行ってたんだ?急に走っていくから…」

そこまで言って、エドはコウの様子が違う事に気づく。

「おチビさん」

コウが、そう呼んだ。
名前を呼ばずに、まるでアイツのように。
その言葉に、エドは目を見開く。
一つの不安が、エドの心に広がる。

「夢は…終わりだよ」
「――――――っ!!」

微笑を崩さずに、コウはそう言い放った。

「な、何で…」
「ひと時の夢。それを望んだのは、君でしょう?

僕は……僕のあるべき場所へ戻る」
「俺は―――っ!」

再び、コウがあの仕草を見せた。

“これ以上深く入り込むな”

その警告。
その冷たい眼が、それをありありと伝えていた。

「………好きなんだ…」
「……………」
「敵でも何でもいい…ただ、好きだ」
「僕も、好きだよ。君のその一途さは、ね」

諭すような声色で、コウはそう囁いた。
エドが顔を上げる。

「なら「君は」」

エドの言葉にかぶせるように、コウが声を発した。

「君はこれ以上僕らを追うなと言って、聞ける?」
「………」
「これ以上、僕らに近づくなと、その領域に踏み込むなと言って…それが出来る?」
「……しろって…言うのか?」
「元の身体に戻る事すら捨てて、僕を望む?」

怒るでもなく、罵る訳でもない。
酷く冷静な口調で、コウは続ける。

「それをするなら、僕は君を殺す。立ち止まる君は、君じゃない」
「なら!俺にどうしろって言うんだよ!!」
「…戻ればいいんだよ。ただ、元のままに」
「コウと、敵に戻れって言うのか…」
「僕らは元々そうだったんだ。ひと時の夢。夢はいつか必ず覚める。

遅いか、早いかの違いだよ」
「出来ねぇよ!」

頭を振るエド。
その必死な様子に、コウは溜め息を付いた。

「僕は、できるよ」
「!?」
「全てを捨てて、僕が僕であることさえ。彼のためなら捨てられる」

彼の指す人物が、エドの頭をよぎる。

「それが、僕と君の違いだよ、エドワード」

コウがきっぱりと言い切った。
その強い眼差しに、エドは言葉を詰まらせる。

「彼が望むなら、君を殺すことにすら躊躇しない」
「―――――ッ!?」

確かな殺気を受けて、エドが息を呑んだ。
その時、コウはエドの後ろに黒い影を見た。

「タイムアップ、だね」

コウが言った。
と、鈍い音がその場に響く。
ドサッと地面に崩れ落ちるエドの身体。

「こうなる事は目に見えてたよね」
「エンヴィー…手加減した?」
「大丈夫だって。殺してはいないよ。そのうち…って言うよりほんの数分で起きると思うよ?」
「そ。んじゃ、起きる前にさっさと行こうか」

クルリと踵を返すと、コウはエドに背を向けて歩き出す。
エンヴィーもエドを一瞥した後、コウの横に並んだ。

「待ってる。そう言ってなかった?」
「5分だけ。そう言わなかった?」
「「……………………」」

問いに問いで返されて。
お互いに見つめあったまま沈黙を保つ。

「ごめん。あんなに引き止められるとは思わなかった」
「俺は思ったとおりだけどね。ま、終わった事だし」
「……………」
「何?」
「いや…エンヴィーが怒らないんだなぁと思って…」
「怒るって…ああ、おチビさんの所に行ったから?」
「うん」
「行くなって言ったって聞かないじゃん」
「ああ、確かに」

自分を理解しきっているエンヴィーに、コウは思わず納得してしまった。

「嫉妬してないわけじゃない」

そう言われて、コウは再び視線をエンヴィーに戻す。
いや、戻そうとした。

「エンヴィー?」

エンヴィーに後ろから抱きしめられたために、それは叶わなかったが。

「俺以外見ないで。そう言っても、コウは聞かないでしょ」

耳元でそう囁かれて、コウは俯いた。

「それを聞きいれるコウは、コウじゃない。考え無しの行動を取る所とか…全部がコウだから」
「エンヴィー…」
「だから、俺の所に帰ってくれば、それでいいよ」

エンヴィーがそう言った。
コウは腕の中でクルリと身体を反転させると、エンヴィーの首に腕を回す。

「帰ってくるよ。君が、僕を拒まない限り」
「…拒むわけないじゃん。放さないよ、絶対にね」

その腕に力を込めると、コウの唇に自分の唇を落す。
短いキスの後、コウは綺麗に微笑んだ。

「じゃ、お父様の所に行こうか」
「…うん!」

コウの身体を解放すると、エンヴィーは彼女に向かって手を差し出した。
嬉しそうな笑顔を浮かべて、コウはそれに自分の手を重ねる。

長い黒髪が、風になびいて揺れていた。