闇の支配者 15
見た事もない姿。
自分の追っている背中は、彼とは似ても似つかない容姿で。
それでも、自分にはわかる。
自分しかわからないであろう、彼の本当の姿。
それが本当の姿ではないかもしれないが…。
追っていた背中が、不意に路地へと方向を変えた。
壁と壁の間に吸い込まれるようにして消える。
それを追って、走る。
「っ…エンヴィーッ!」
曲がって、数メートルの所で止まっている彼。
その背中に、飛びついた。
そして、その腰に自分の腕を絡めた。
いつもの黒髪ではなく、栗色の短髪。
「エンヴィー…」
パキンと音を立てて、その容姿が崩れる。
同時に、見慣れた姿へとそれを戻していく。
その間すら放すのも惜しく、コウは後ろから縋りついたままだった。
離れてからそれほど時は経っていなくて。
それでも、その間に狂おしいほど望んだ、彼の体温。
自然と緩む表情。
コウは心から嬉しそうに微笑んだ。
「…はぁ…放してくれない?」
「……エン…?」
そう言われて、コウは腕を緩めた。
放して欲しい。そう言われて少なからず傷ついた目を見せた。
だが、それは一瞬の事で。
次の瞬間には、コウは正面からエンヴィーの腕に抱き締められていた。
「後ろから抱き付かれてたら、俺が抱き締められないでしょ?
一人だけ充電しないでよ。俺だって欲しかったんだから」
コウの髪に口元を埋めて、エンヴィーが囁くように言った。
その声に、コウはその背中に腕を回した。
「エンヴィー…会いたかった…」
「俺も、会いたかったよ」
しばしの抱擁を止めるものはない。
まだ高い日光が、一つの影を短く地面に映す。
「迎えに来てくれたの?仕事は終わった?」
エンヴィーの胸から顔を上げて、コウはそう尋ねた。
コウの視線を受けて、エンヴィーもその目に視線を返す。
「うん。ひとまずね」
「そっか」
「んで、何でおチビさんと一緒だったのかなぁ?」
にっこりと笑って。
しかし本当に笑っているわけではなくて。
その笑顔に、コウは引きつった笑みを返した。
「あー…暇つぶし…?」
「……………俺、教えたよね?」
「な、何を…?」
「他の男と一緒にいるなって」
下がろうとしても、未だエンヴィーの腕はコウの腰に絡まっている。
その状態ではどうする事も出来ず、コウは冷や汗を流した。
「ぅきゃあっ!!」
ふわりと浮遊感を感じたと思ったら、コウは瞬く間に抱き上げられていた。
思わずエンヴィーの首に腕を回す。
そんなコウを見て、エンヴィーは表情を緩めた。
「お父様の所に戻るよ」
「あ、うん。……………ね、少しだけ時間くれない?」
「…何で?」
「おチビさんに何も言わなかったから…。しつこく捜されたら邪魔だし」
「………………」
途端に不機嫌を露にするエンヴィーだが…。
自分の肩の位置に顔があるコウ。
そのコウがエンヴィーと視線を合わそうとすれば、自然と上目遣いになる。
「…………………5分だけだからね」
「!ありがとっ!!」
コウが嬉しそうに微笑んだ。
エドの所にいける事にではなく、エンヴィーが彼女の行動を認めてくれた事に。
ぐいっと回した腕を引くと、身体を伸ばしてエンヴィーに軽いキスを送る。
一瞬で離れていくそれに、エンヴィーがにっと唇を上げた。
「どうせやるならさあ…」
抱き上げた状態のまま、コウの後頭部を押さえる。
そのまま、貪るように唇を合わせた。
長い口付けと、一瞬の息継ぎ。
何度か角度を変えて、ようやく唇を離す。
ペロッと自分の唇を舐める姿に、コウは頬を赤く染めた。
「これくらいしてもらわないと、ね」
「エンヴィー…」
「そんな赤い顔して睨まないでくれる?誘ってるようにしか見えないから」
「――――っ!?」
慌てて視線を泳がせるコウに、エンヴィーはクスクスと笑みをこぼす。
そして、腕に抱くコウを支えなおすと、エンヴィーは歩き出した。
「エン?」
「おチビさんのところ、行くんでしょ?」
「あ、そっか」
「キスで忘れた?」
「そ、そんな事ないって!!」
ブンブンと頭を横に振るコウ。
「ホント…可愛いなぁ、もう」
軽い額へのキスとこんな言葉。
それはコウの体温を上げるには十分で。
赤い顔を隠すように、コウはエンヴィーの胸に額を当てる。
「ああ、そう言えば…この街に強欲がいるって言ってたよね?」
「うん。いるみたいだよ?」
「どうした?」
「ラースに伝えておいた。捕まえてって言っておいたから…大丈夫だと思うよ」
「ふーん…。昨日見たんだけどさ。おチビさんの師匠…だったかな」
「師匠…イズミ・カーティス?」
「そう。何かグリードの所に乗り込んで行ったよ」
「……………何か接点あったっけ?」
「いや?聞いた話によると、おチビさんの弟くんが誘拐されてるらしいね」
「あー…魂の情報でも欲しかったんじゃないの?」
「……ま、強欲だしね」
「僕や…君に関係ある?」
「ん?ないよ。これからお父様の所へ戻るだけだし。ラースなら適当になんとかするでしょ」
「んじゃ、さっさとここを出ようか。あんまり好きじゃないんだよね、ここ」
「何で?」
「……わかんない。でも、エンヴィーがいればそれでいいから」
「嬉しい事言ってくれるね」
悩みや不安が尽きる事はなくて。
いくら考えたとしても、決して答えに辿り着かない事ばかり。
そうして、試行錯誤を繰り返して…。
願わくは、永遠に君の傍にいられるように。
もう、離れなくてもいいように。
ここ以外に、自分の…自分だけの場所はないから。