闇の支配者  14

南方司令部に到着した二人。
受付で書類を受け取るエドを待ちながら、コウは司令部内を見回していた。

「思ったより広いね…」
「待たせたな。これを持って技術研究局に行けってさ」
「そう。早く済みそう?」
「いや…手続きが面倒ならしい。コウの言ってた通りだな」
「ふぅん…」
「何で南方に行けって言ったんだ?」
「…何となく」
「そうじゃなくてよー…もっと…」

それ以上聞こうと思って、エドは口を閉ざした。
コウが自分の唇に指を当てていたから。

“それ以上は聞くな”

何度と無く、こういった行動を見せるコウ。
そんな時は決まってコウの核心に迫ろうとしていた時だった。
繰り返しているうちに、エドもそれを理解した。
その行動を見せた時は、それ以上は何も聞かなくなっていたのだ。
少しでもコウの領域を侵せば、彼女は何の躊躇いも無くここを去る。
それがわかっているから、エドは口を閉ざす。

「さて…行くんでしょ?技術研究局」
「…ああ」

歩き出すコウに続いて、エドも長い廊下を歩き出す。

「にしても…広いな。初めてだし、迷いそうだ」
「そう思うなら早々に誰かに聞くのが得策だよ。迷ってからじゃあ遅い」
「だな」

そうして、エドはとある角を曲がる。

「すみませーん。技術研究局ってどこ……」

角の向こうに立っていたのは、見紛う事なきアームストロング。
エドと視線を絡めた途端に、彼の顔に笑みが溢れる。

「あらら…」

コウの呟きは、エドの絶叫と骨の砕ける音に掻き消された。










「わっはっはっはっはっはっはっ!!」

とある一室に、大総統の笑い声が響く。

「元気そうで何より!」
「はぁ…」

縮こまっているエドの横で、コウも同じく部屋の中に案内されていた。

「大総統の南部戦線視察に我輩が護衛を勤める事になってな!」

自慢げにそう話すアームストロング。
ともあれ大総統の計らい(?)のおかげで、査定は印一つで終わりとなった。
そして、会話はエドの師匠の事へと移る。

「ふむ…君の師匠も中々の錬金術師か…。それで、そこのお嬢さんも錬金術師かね?」

大総統がコウを見て問うた。

「いえ、彼女は…」
「私はただの女ですよ。錬金術も多少は使えますが、そんな自慢できるほどでは…」

困ったような笑みを浮かべて、コウがそう答えた。

「そうか。物は試しだ。今度、国家錬金術師の試験を受けてみるといい」
「…そうですね、暇があれば」
「………ところで、彼女は君の恋人かね?」

エドとコウ。
二人を交互に見ながら、大総統が再び問いかけた。
それに耳まで赤くするエドと、表情を変えないコウ。

「なるほど…。頑張りたまえ」

それを見て理解できたのか、頷きながらエドの肩を一度だけ叩いた。










少しの間雑談を交わし、エドがその部屋を去ろうとした。

「あー…君。ちょっとこの部屋に残ってくれないか」

大総統が呼び止めたのは、他でもないコウ。
コウは特に反応を見せず、わかりました、と答えて足を止める。

「先に帰るなら、帰っていてもいいよ」
「……いや、待ってる」
「そう…。なら、前の廊下で」

頷くと、後ろ髪を引かれつつエドは部屋を出て行った。

「君たちも少し席を外してくれないかね?」
「しかしっ…!」
「この子と、二人で話がしたい。何、勧誘するだけだ。廊下にいることは許可しよう」
「……わかりました」

護衛にそう告げ、大総統はその部屋から軍人を全て追い出した。
部屋の中にはコウと…そして大総統だけとなった。

「さて…。何でこんな所にいるのかね?」
「…何の事でしょうか?」
「ああ、盗聴器などは仕掛けられておらん。自由に話してもよいぞ」
「………まったく。これの所為でおチビさんに怪しまれたらどうするのさ?」

大総統の言葉を聞いて、コウは口調を崩した。

「あの子は知っているのだろう?」
「うん。第五研究所で、ね」
「ならば、何故君と一緒に行動しているのか…。それがわからんね」
「…僕は、暇つぶしだよ」
「監視を任されていたのではなかったかね」

大総統は話しつつ、眼帯を外した。
それの下から現れる、ウロボロスの入れ墨。
それを見て、コウは目を細めた。

「ちょっとドジったって言うか…おチビさんに見つかってね。

ま、暇だったし相手をしてあげてるわけ」
「君がドジをするなど…珍しいな、コウ」
「強欲を見つけたんだ。どうせダブリスに来るつもりでしょう?その時に一緒に捕獲してくれない?」
「グリードを見つけたのか…」
「結構楽しんでるみたいだったよ?仲間らしい人間…じゃないね。

何て言うのかなぁ…人間と動物の…合成獣?みたいなのと一緒だった」
「数は?」
「雑魚がうようよ。使えそうだったのは3人…よくて5人かな」
「ふむ…」

顎に手を当てる大総統を横目に、コウは机に腰を預けた。
転がっていたペンを持って、クルクルと遊ばせる。

「時に、コウ」
「んー?」
「もうエンヴィーの仕事は済んだらしいが?」
「え?ホント?」
「ああ」

途端にパッと表情を明るくするコウに、大総統も笑みをこぼす。

「仕事が終わったら迎えに来るって言ってた…から……」

そこまで言って、コウは固まった。
訳を知らない大総統は、不思議そうにコウに視線を送る。

「やっば…おチビさんに付いてくるんじゃなかったよ…。入れ違いになったらどうしよう…」

ぶつぶつと考え始めたコウ。

「ふぅ…もう行きたまえ、コウ。早く戻れば間に合うだろう」
「そう…だよね。うん、じゃあまたね、ラース。

グリードの件は君に任せるから、ちゃんと連れて来るように!」

念を押すコウに、大総統は一言返事を返した。
コウは弾かれたように部屋から飛び出す。
一番驚いたのは、部屋の前で待っていたエドだった。

「早く帰るよ!」
「え?…は?…コウ!?」
「来ないなら、置いていくから」

そう言うと、コウは一度歩いただけの司令部内を走り出した。
後ろから追って来るエドを気にする事なく、そのまま司令部を後にした。
駅に着くと、すでに走り出そうとしていた列車に駆け込むように乗り込む。
息を弾ませて席に着くエドとは対照的に、全く呼吸を乱していないコウ。
ただ、待ち遠しそうに過ぎていく風景を見つめていた。

「何が・・あっ…たんだよっ…?」
「早く帰りたいの。それだけ」

視線すら与えずに、コウが短く答える。
過ぎていく風景が、彼の元へと運んでいく。
そんな気分にさせて、コウは今までになく穏やかな表情を見せていた。











ダブリスに到着して、コウはきょろきょろと忙しなく視線を動かしていた。
そんな彼女の様子を目にして、エドは首を傾げる。

「何かあんのか?探し物とか…」
「んー…そんなところ」

カーティス家へと足を向けたエドを追うコウ。
だが、急に振り向いた。

絡まる視線。

「―――――っ!」

ふと、見た事もない男性がコウに背を向けて歩き出した。
それを追うように、コウは走り出す。

「!…コウッ!!」

気づいたエドが呼び止める声はすでにコウには届かない。
引き止めるように、機械鎧の腕を伸ばす。
だが、それをすり抜けるようにしてコウは走り去った。
揺れる黒髪を見つめて、エドは行き場のない腕を下ろす。

「……くそっ!」

自分はコウの事を何も知らなくて。
彼女の心に入るどころか、それを覗く事すら拒まれる。
行き場のない腕を握り締めた。