闇の支配者 13
「査定…?」
読んでいた本から顔を上げ、赤い目がエドを捉える。
「査定って……国家錬金術師の年に一度のアレの事?」
「そう。やっべー…今年の忘れてた」
準備のために慌しく部屋を行き来するエド。
コウは興味なさそうな表情でエドを見ていた。
「それで?」
「今から行ってくる」
「ふーん……僕に言うってことは、一緒に来いってことかな?」
本を膝の上に置くと、コウはそうエドに聞いた。
エドの方も一時準備していた手を止めてコウを見る。
「……どっちでも。すぐに戻れるかはわかんねぇけど…」
「有効期間が過ぎたら手続きに時間がかかるよ」
「何でそんな事……」
そこまで言って、エドは口を閉じた。
コウはエドよりも情報網が広い。
故に知っている事も多いのである。
「ま、大総統に直接行けば話は別だけどね。査定に行くなら南方司令部にいきなよ」
「南方司令部?」
「その方が近いでしょ。それに……運がよければ査定が早く終わるよ」
コウの言葉に、エドは?を浮かべたが素直にそれに従う事にした。
「んじゃ、さっさと行こうか」
椅子から立ち上がると、コウは脱いでいたコートを羽織る。
横においていたチェーンを腰に回すと、カチッとはめた。
「え…?コウも来るのか?」
「嫌なら行かない」
「い、嫌なわけないけど……」
「なら、さっさと行くよ。時間ないんでしょ?」
先に部屋から出て行くコウを見て、エドは準備の続きを始めた。
「という事で、僕もエドワードの査定についていきます」
「そうかい。気をつけて行っておいで」
「わかりました」
玄関でエドを待っている間に、コウはイズミに話をしておいた。
バタバタと慌しく玄関へ駆けて来る足音を聞くと、壁にもたれていた身体を動かす。
「あ、準備終わったみたいだね」
「気をつけて行っといで」
「はい!二・三日で帰って来れると思います。
んじゃ、行って来ます!」
イズミたちにそう言うと、エドは玄関から先に出ていたコウを追った。
「駅まで走るぞ!ついて来れるか?」
「君の方こそ」
コウはニッと口の端を上げると、勢いよく地面を蹴った。
一瞬呆気に取られたエドも、慌ててコウ同様に走り出す。
「所で…。何で南方司令部なんだ?」
レポートに向けていた視線を上げ、向かいに座るコウを見る。
「んー?迷惑だった?」
コウの方は、視線を外に向けたまま答えた。
「いや…そこに行くつもりだったからいいけど…」
「ちょっとね。査定、早く終わらせたいんでしょ?」
「そうだけど…」
「なら、騙されたと思って行ってみなって」
ようやく顔をエドの方に向けると、にっこりと笑ってみせる。
そして、また風景へと視線を戻した。
控えめに開かれた窓からの風が、コウの髪を揺らす。
漆黒の髪が首の辺りで細いゴムによって動きを制限される。
洗練された一つの絵の方な光景に、エドは目を奪われた。
どこか遠くを見ているような、寂しさの色を浮かべる眼に、エドは目が離せなかった。
コウのあの眼は、決してエドを見つめることはない。
この場に居ない者を見つめるその眼。
目の前で話していても、決して自分を見ることのない彼女。
近くに居れば、より遠くに感じる存在。
それでも……。
「手放せねぇよ…」
小さく、誰にも聞こえないような音量で呟く。
コウが視線だけエドの方に向けた。
「何?」
「何でも…」
「そう。
………手、止まってるよ。レポート無しに査定を受けるつもり?」
「あ、やべっ!」
慌ててレポートにペンを走らせるエド。
コウはそんなエドにしばらく顔を向けていたが、やがて外へと視線を戻す。
「(南方にはラースが大総統の仕事で来てる筈だからね…。
彼ならこの子の査定を通してくれるでしょ。)」
以前聞いていた南部戦線視察の時期と被っていたのを、コウがエドとの会話の中で気づいたのだった。
だから、あえて南方司令部に向かうように助言したのである。
「(この子の師匠も中々の錬金術師だよね…。
人柱ほどではないものの、上手くいけば使える人材かも。
一応ラースに伝えておこうか…。あとは彼が適当にするでしょ。
そう言えば…ダブリスにはグリードも居たんだったね。
お父様の所から無断で出て行ったらしいけど…。
連れ戻すのかな…。)」
一定の速度で過ぎ去っていく風景をぼんやりと眺めながら、コウは物思いに耽っていた。
「(エンヴィーは仕事終わったのかな……。
どれくらい会ってないんだろう………って言っても一週間くらいか。
最近離れてなかったから、妙に長く感じるんだね…。)」
そう納得して、コウは小さく溜め息をついた。
「会いたいなぁ…」
小さな…本当に小さな声。
レポートを仕上げるのに必死なエドは、その声に気づかなかった。
離れているほど、近くに感じる存在。
その距離が遠ければ、より彼の事を考えてしまう。
なくてはならない彼の存在を感じて、コウは自嘲の笑みをこぼす。
「(おチビさんと一緒に行動したって言ったら、どんな顔するんだろうね。
きっと怒るんだろうなぁ…。)」
それでもいいと思う。
怒っていると言う事は、自分を見ている証拠で。
目の前で変わる、彼の表情を見たい。
彼に…エンヴィーに会いたい。
話したい。
エンヴィーに、触れたい。
会えないときの方が欲求はより深さを増して。
コウの中の欲望を掻き乱していく。
一定のリズムで伝わる振動が、二つの想いを運んでいった。