闇の支配者  11

「エド!!」
「兄さん!?」

師匠であるイズミの声。
そして弟の声。
二つの呼び止める声すら届かないほど、エドの心の中を占めるのは……。








「コウが…来てる……?」

イズミからそう聞かされたエド。
コウの事を随分気に入ったのか、その表情は明るいものだった。

「随分美人な知り合いがいるんだな、お前にも。中々いい子だったよ」
「そ、それで…!?コウは!!?」
「彼女なら昨日の朝早くに出て行ったよ。何でもこの街で用があるらしいから…」

それを聞くと、エドは弾ける様に外へと走り出した。
自分を呼ぶ声は完全に届いていない。









「コウ!!」

夕暮れの街を、声を上げて走った。
彼女がまだこの辺りにいるという保証はどこにもない。
だが、それでもエドは走っていた。

「コウッ!!!!」

声すらも嗄れてもいいと思った。
裏路地と言う裏路地を走って、声を上げて。

エドの視界に漆黒の髪の女性の背中が映るまで。



人違いかもしれない。
そんな考えは全くなかった。

アレはコウだ。

頭で考える以前に、心がそう伝える。
そして、今度はその背中に向かって声を上げた。

「コウ!!!!」









後ろから自分を呼ぶ声がした。
知っている声。
でも自分の愛する人の声ではない。
その事実がコウをわざとゆっくりと振り向かせた。
沈みつつある夕日が金色の髪に降り注ぐ。
彼の姿を、視界に捉えた。

「コウ……」

エドと目が合って、それでもコウは一言も言葉を発しない。
ただ、エドを見つめて……その場から動かないだけ。

「…コウ」
「馬鹿だね、本当に」

コウの声が、細い路地に響いた。
第五研究所以来、初めてのコウの言葉。

「何て顔をしてるのさ?」
「か、顔…?」

そう言わずにはいられないほど、エドの表情は本当に微妙なものだった。

困惑と喜びと。
迷いと嬉しさと。

色々なものが一度に溢れているようだった。

「馬鹿だね、本当に」

コウが再び同じ事を言った。

「僕は誰?君の敵でしょ?わかってて……そんな顔するのかなぁ、君は」
「…・・っ………・」
「誰にも話してないでしょ、僕の事」
「―――――っ!!」
「その顔は図星、だね。……知らないよ?お友達がどんどん減っても」

コウが呆れたように、肩を竦めた。

「僕が、殺してしまうかもね」

夕日がコウの笑みに影を作る。
それすらも妖艶で。
考えるよりも先に、去ろうとする背中を追ってその細い腕を掴んだ。
一瞬だけ、コウが驚きの表情を見せる。

「………行くな」
「…敵に囚われてどうすんの?

それとも、何?

殺して欲しいとか…馬鹿な事を言うつもりじゃないだろうね」
「行くな」

強い力で腕をつかまれ、コウが表情を歪めた。

「僕ね、君の見張り役なんだよね」
「……知ってる」
「わからないのかなぁ…?

僕はエンヴィーのものだよ。

“もの”って言い方所有物みたいで嫌なんだけどさ。
でも事実だし」

エドがコウの腕を引いた。
ウロボロスとは言っても所詮は女。
コウは簡単に体制を崩した。


いや……むしろ簡単に崩させた。
油断したわけではなくて、自ら隙を作って。




乱暴に重なる唇。
一瞬で離れていくそれに、コウは口の端を上げる。
それを見て、エドがコウの腕を放して壁に沿って座り込んだ。

「満足?」
「……………」
「僕は、エンヴィーしかいらない。エンヴィーしか愛さない」
「……………」

「傍に、いてあげようか」

エドが弾くように顔を上げる。
その表情は驚愕に染まっていた。

「エンヴィーしか愛さない。僕が君を愛する事はない。

心も身体も、彼以外に差し出すつもりはない。

ただ、君の傍にいるだけ。

それでも…君が僕を望むなら。

その望み、叶えてあげようか」

問いかけでないその言葉。
決して強制する色のない言葉だが、エドは差し出された手から目を逸らせなかった。

「この街だけかもしれないけど…。

この手を取るなら君の傍にいてあげるよ、エドワード」

笑みを浮かべて、エドの前に手を差し出す。



そして、エドはゆっくりとその手を取った。