闇の支配者 06
「ぎゃぁあ!!!」
「うるさい」
叫び声をあげる男の咽に、躊躇うことなくナイフを突き立てた。
ピッと刃に付いた血を払い落とすようにナイフを振る。
今日のコウはすこぶる機嫌が悪い。
数日前に鋼のおチビさんがマルコーの資料を複製したことは、すでに確認済みだ。
別の錬金術師だったら放って置いても何ら害はないのだが…
如何せん、彼は有能すぎた。
おかげでここ数日は引っ切り無しに仕事が入る。
大体は彼らに計画を知られる要素となるものの排除。
「周りを囲んでないでとっととかかって来たらどうなの?」
数メートルの距離を開けてコウの周りを取り囲む集団。
すでにその仲間の何人かが彼女の足元で動かぬ物体と化していて…
近づくのを躊躇っているようだ。
コウは呆れたように溜め息をついた。
手の中のナイフを錬成しなおす。
次の瞬間には、先にクロスの付いた細い糸のようなものが錬成されていた。
「機嫌が悪いんだよね。さっさとしてくれない?」
そう言うと同時に、コウはクロスの付いた方を集団めがけて投げる。
巧みに指先で糸を操り、次々にそいつらの体を切断していく。
もう叫び声なんて、聞き飽きた。
数十秒後、その場に立っているのはコウのみだった。
「今日はご機嫌斜めだね」
ふと、糸をチェーンに戻して腰につけていたコウに、真上から声がかかった。
よく知った声に、警戒することなくその声の方を見る。
「エンヴィー」
「そうだよ。やたら忙しくて別行動だっ………うわっ!!」
エンヴィーが叫んだ。
何もなしに叫んだわけではなく…コウが急に飛びついたから。
「…どうしたの?何か積極的ー?」
「…………………」
コウは何も言わずに、ただエンヴィーの首筋に腕を回すだけだった。
エンヴィーも押し返すことなく、その背中に腕を回す。
「……………………いつまで見せ付けるつもり?」
痺れを切らしたラストが二人に言った。
その声で、コウがようやく顔を上げる。
「………ラスト、いたんだ?」
「ええ。初めからいたわよ」
ラストの顔を見ると、コウはエンヴィーの首に絡めていた腕を解いた。
「もう終わりなの?」
「うん。充電出来たから」
「俺に会えなくて寂しかった?」
エンヴィーがニヤニヤと聞いてきた。
コウは少しだけ考えるように手を顎に当てて…答えた。
「…寂しかったかも」
「………………コウ、可愛いっ!!!」
思っていた答えと違ったのか、エンヴィーが感極まってといった風にコウに抱きつこうとした。
―――ザシュッ―――
「………何すんの、おばはん」
「仕事でしょう。終わってからにしなさい」
ラストの爪が、エンヴィーのすぐ前を通って地面に突き刺さった。
エンヴィーが至極不満げな顔でラストを見る。
「仕事…?」
「そうよ。今日は、第五研究所を壊すわ」
「あぁ、あそこ…。もういらないんだ?」
「ええ。お父様が少し前にそう言っていたから」
「じゃあ、早く行こう」
ラストが歩き出すと、未だぶつぶつと文句を言っているエンヴィーの手を取った。
顔を上げたエンヴィーに、コウは微笑みながら
「早く終わらせて帰ったらいいでしょ」と言う。
第五研究所に着くと、三人は誰かの話し声を耳にした。
「…まだ誰か生きてる奴いたっけ?」
「いない…はずなんだけど」
「だよねぇ…。………………この声…おチビさんじゃ…」
コウが声の主を思い出すと、一斉にその声をする方に走り出した。
しばらく右へ左へと廊下を曲がり、ようやくその部屋に辿り着いた。
「やば…この部屋…錬成陣書きっぱなしじゃん」
「…どうやら鋼の坊やで当たりみたいね」
ラストがコウより先に部屋に入った。
と、同時に爪を伸ばす。
「「!!」」
その爪は転がっていた鎧の頭部を貫いた。
爪を縮めれば、その鎧も一緒についてくる。
「あぶないあぶない。だめよ48余計な事喋っちゃあ」
「あらら……なんで鋼のおチビさんがここにいるのさ。
さーて。どうしたもんかね、この状況」
エンヴィーが不敵に笑って見せた。
だが、エドの視線はそれよりも自分の知った顔に釘付けだった。
「な…何で…コウが…」
「……君の味方だと言った覚えはないよ」
「―――っ!?」
「話すのも辛そうだね。結構深い傷なんだ?」
コウが傷を心配するように…けれど嬉しそうな声を上げた。
ほんの数日前まで、自分の傍で笑っていたコウが…
今自分と対峙して笑っている。
エドは混乱を隠せなかった。
「おチビさん、コウは裏切らないと思ってたのにね。可哀相に」
「元々コウは私達の仲間。少し情報が欲しくて近づいただけよ」
「ふふ…そう言うこと♪」
コウが後ろに下がると、思い出したように48の弟の方が叫び声を上げた。
いつまでも騒ぎ続けるそれの血印を、エンヴィーが拾った剣で何度も突き刺した。
何度か刺した後、ラストに言われてエンヴィーはようやく48が絶命していることに気づいた。
おどけるように手を広げて、エンヴィーが言う。
「本っ当。弱っちくて嫌になっちゃうね」
「同感」
コウがそれに続けると、エンヴィーが嬉しそうにコウを振り返った。
「あーそうそう」
そして、今度はエドの方に歩き出す。
エドの前まで来ると、柱にもたれるようにして座っている彼に目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「初めまして鋼のおチビさん。ここにたどり着くとは流石だね。ほめてあげるよ。
でもまずいもの見られちゃったからなぁ……
やっぱりあんたも殺しとこうか?」
エンヴィーが口の端をあげながら言った。
あの後、エドがふらつく足取りで立ち上がって、エンヴィーに攻撃を仕掛けた。
錬金術を使おうとしたのだが…機械鎧が故障。
エンヴィーの膝蹴りをまともに腹に食らって、エドは意識を失った。
「…あんまりいい気にならないでよね。コウは俺のなんだから」
エドが気を失う寸前、エンヴィーが彼の耳元で小さく囁いた。
届いたかどうかは謎であるが………。
「さて…もうここで石を造る必要もないし、
爆破して証拠隠滅してしまいましょうか」
「でもこの子本当生かしといて大丈夫かな」
「ここを嗅ぎつけられたのは計算外だったけど、
石の製造方法を知っただけじゃ何も出来ないわよ。
計画はもう最終段階に入っているのだから」