闇の支配者  05

「コウーーー…」
「ウィンリィ…君がいくら言っても僕は行かなきゃ行けないんだけど…」
「いいじゃない!ここに住んだら!」
「いや、無理だから」

エドの機械鎧の修理が終わった頃にはコウは疲れ果てていた。
本来ならばここまで長く居座るつもり…
いや、元々姿を見せるつもりすらなかったと言うのに…。
コウは未だ半泣きで引きとめようとするウィンリィに困り果てていた。

「…どうにかしてくれない?」
「……………・悪ぃ、無理」
「…アルフォンス」
「兄さんに同じく…ウィンリィは僕らでも止められないんだ…」

コウはやれやれと溜め息をついた。
ウィンリィに近づいていくと、床に座り込んでいる彼女と目線を合わせる。

「…ゴメンネ?僕には…大事な仕事があるし…大切な仲間がいるから」
「…!……・・そう…だよね。ごめん」

両親を失ったウィンリィは、大切な人と傍にいられないことの辛さを知っている。
だから、それ以上引きとめようとするのを止めた。

「僕は一足先に中央に帰らせてもらうよ」
「そっか。またな」
「コウさんも元気でね」
「…君達も。早く目的が達成されることを、僕も祈ってるよ。

じゃあ、また会う日まで」

ひらりと背中を向けたまま手を振ると、コウは道を歩き出した。









「珍しいねぇ…コウがあそこまで優しくするなんて」

駅について、丁度入ってきた中央行きの汽車に乗ると、

コウは殆ど客のいない車両を選んで腰を降ろした。
座ってしばらくして聞こえてきた声。
いつの間にか、前の席に腰を降ろす背の高い青年が発したものだった。

「…気紛れだよ」
「何ならあそこで暮らしてもよかったんだけど?」
「………本気で言ってる?」
「まさか」

パキッと青年の顔が崩れだして、やがて見慣れた姿へと変形した。

「いつから見てたわけ?」
「今日だよ」
「…覗きの趣味でもあった?」
「酷いなぁ…わざわざ迎えに来たパートナーに言う科白?」
「君がここに来たって事は…あっちは終わったんだ?」
「終わったって言うよりは…お父様の仕事が出来た、ってとこかな」
「仕事…?」

連絡を受けていないコウは、少しだけ眉を寄せた。
エンヴィーが酷く嬉しそうな笑みを浮かべた。

「中央にラストたちも来るってさ。あそこにあった研究所でも壊すんじゃないの?」
「研究所…あぁ、第五研究所?もういらないもんね」
「そ。…ところで、おチビさんは?」
「多分次の汽車で来るよ。マルコーの資料の方は大丈夫?」
「アレはラストが処分しといたみたいだよ」
「じゃ、心配ないね」

そこまで話して、コウは欠伸をしていた。
昨日の夜はウィンリィに付き合わされて、殆ど徹夜状態だったのだ。
睡眠をとらなくても死ぬことはないが、それでも眠いことに変わりはない。

「昨日、寝てないの?」
「あの子に付き合わされてね…」
「優しいことで」

エンヴィーは憎まれ口を叩きながらも、コウの隣に移動した。
そして、先ほどの青年に姿を変えるとコウの方を見た。
不思議そうに見上げたコウの頭を自分の肩に優しく乗せる。

「少し寝なよ。肩貸してあげるから」
「………ありがと」

嬉しそうに微笑むと、コウは目を閉じた。
五分もしないうちに、規則正しい寝息が聞こえてきた。

「………おチビさんも、その幼馴染も…人のものにあんまり近づかないで欲しいよね」

エンヴィーは小さく呟くと、コウの髪をさらりと撫でた。






中央に着いて、コウはエンヴィーと一時的に別れた。
夜には落ち合う約束をしていたが…。
コウは中央図書館に向かって足を運ぶ。

「あらー………また派手にやったねぇ…」

瓦礫の山となってしまった第一分館を見て、コウは苦笑いを浮かべていた。
適当に近くを歩いてみたものの、やはりラストとは会えなかった。

「どこにいるんだか…ま、仕方ないね」

コウはくるりと踵を返すと、エンヴィーと落ち合う場所へと歩き出した。



「お待た」
「エンヴィー」

座り込んで町を見ていたコウは、後ろから声をかけられると首だけを後ろに向けた。

「ラストは?まだ報告してないんだけど」
「あぁ、ラストとグラトニーはスカーを追ってるよ。今頃は接触してんじゃないの?」
「スカーか…いい加減アレも邪魔だよね」
「そうだね。で、コウの方はどうだったの?」
「おチビさん?かなりショック受けてたね。ただ…誰かと会っていたみたい」
「まだ資料は諦めてないんだ?」
「転んでもタダじゃあ起きないでしょ、あの子達。

とにかく、あの女が資料に関係してるかも」

コウはようやく立ち上がると、エンヴィーの傍まで移動した。

「僕は明日…は仕事があったね。一週間以上後だけど、おチビさんと接触するよ」
「…………………………」
「エンヴィー…嫉妬するのはわからなくもないけど、お父様のためだから…ね?」
「………わかったよ。仕方ないから、他の仕事は俺が片付けとくよ」
「ありがと。じゃ、行こうか」

にっこりと微笑むと、コウは横の建物に飛び移った。
エンヴィーが追ってきているのを確認して、再び別の建物へと移る。
夜の暗闇の中、建物を移動する二つの影を見たものは、誰もいない。








一週間と五日後、コウはようやくエドの所を訪れていた。
何やら仕事が詰まりまくっていて、エンヴィーの手を借りても今までかかってしまったのだ。

「…さて、図書館で一体何をしているやら…」

コウは図書館の中を進み、とあるドアの前に差し掛かった。
そこには明らかに軍服を着た男女の姿があった。

「…はぁ…面倒だね」

溜め息をつくと、コウは真っ直ぐにその二人の方へ歩き出す。
と、そこで女の方がコウに気づいた。
コウはにっこりと笑みを浮かべると、愛想よくその女性に問いかける。

「ここにエドワード・エルリックがいるって聞いてきたんだけど…間違いない?」
「あ、失礼ですが、どなたでしょうか?」
「…コウだよ。本人に聞いてくれればわかると思うよ」
「わかりました。少々お待ちください」

女性が男性の方に目配せすると、男性が中へと入って行った。

「紹介が遅れました。私、マリア・ロスと言います。階級は少尉」
「初めまして、ロスさん」
「ロス少尉、確認が取れました」
「そう。じゃあ、コウさん中へどうぞ」

ロスに促がされて、コウは部屋の中に入る。
中に入ると、すでに灰になりかけているエドの姿があった。

「久しぶり」
「おう」
「久しぶりだね」
「ま、大体二週間ぶりかな。ところで…何してるの?」
「研究書の解読ー…。

マルコーさんから賢者の石の資料を貰ったんだけどさ…それがクソ難解な暗号で…」
「へぇ…マルコーの資料ね…。大変だね」

この時、コウの表情が一瞬翳ったが、それに二人は気づかなかった。
先ほどの男性がコウに椅子をすすめてきた。
コウはそれを受け取ると、ありがとう、と微笑んだ。

「いえ…恋人ですか?」
「違う!!!」「…そう見えるの?」

男性の質問に、エドは顔を赤くして思いっきり否定した。
そんな質問には慣れているコウは、淡々と男性に視線を向けている。

「そうですか。あ、デニー・ブロッシュです!階級は軍曹。どうです?一緒に食事でも」
「僕はコウ。悪いけど、君と食事するほど暇じゃないから」

笑顔つきで断られては、それ以上何も言えない。
横ではエドが嬉しそうにニヤニヤと笑っていた。







それからしばらくの間、コウはエドたちと休憩がてら別れた後のことを話していた。
そして、ブロッシュが一人の女性を部屋の中に招きいれた。

「こっちはコウ。んで、コウこの人がマルコーさんの資料を複写してくれたシェスカ」
「変わった特技を持ってるんだね」

シェスカがエドにお礼金のことを話している間、コウは黙って彼女を見ていた。

「(余計なことをしてくれたもんだね…。)」

と、そこへまた別の人物がやってきた。
千客万来だな、とコウが密かに溜め息をついていると、その男性がコウの方を向いた。

「こっちのお嬢さんはどっちかの彼女か?」
「違うって」
「何。僕ってそんなに誰かと付き合わなきゃいけないわけ?」
「違うのか…。お前さん、名前は?」
「コウ。君は…ヒューズ中佐?」
「おう!よく知ってたな!」
「ちょっとね」

前々から焔の錬金術師と仲がいいと調べてあった人物だ。
コウがそれを覚えていないはずがない。
ヒューズが二人と話し始めたのを見て、コウは席を立った。

「さて…僕は帰るよ」
「もう帰んのか?」
「色々と忙しいからね」
「そっか。またな」
「さようなら、コウさん」
「君達も頑張って。じゃあね」

そう言うと、コウは部屋を出て行った。


「まずいね…すぐにエンヴィーに報告しないと…」

コウは自分のパートナーの元へと足を速めた。