闇の支配者 03
「鋼のおチビさんだけどね、これから綴命の錬金術師の所に通うみたいだけど…どうすんの?」
「そうね…しばらく様子を見て頂戴」
「了解。アイツって人語を話す合成獣を創った奴でしょ?一回話してみたかったんだよね♪」
「程々にしなさいよ?アレも一応は錬金術師。どこでお父様の計画に必要になるかわからないでしょう?」
「はーい」
コウはつまらなさそうに返事をした。
最近はあまり仕事のなかったコウは、エドたちと図書館でよく話をしていた。
聞けば、彼らはここ二・三日綴命の錬金術師ショウ・タッカーの元を訪れているという。
念のために近くに来ていたラストを捕まえて事情を話しておいたのだ。
「ねー、エンヴィーはまだ戻れないの?」
「…まだ戻れそうにないわ。もう少しで壊れそうなんだけど…」
「ふーん…僕もあっちに行きたい」
「ダメよ。コウはお父様から坊やの監視を言いつけられているでしょ」
「元はと言えば、おチビさんの所為じゃん…あー…ヤバイかも…」
「殺しちゃダメよ。絶対に。大事な人柱なんだから」
「…………努力はするよ。じゃ、戻るね。グラトニーにもよろしく」
コウはそう言うとピョンッと屋上から飛び降りた。
ラストが下を見下ろせば、軽く着地してのんびりと図書館に向かって歩き出したコウが見えた。
「…あの子はエンヴィー中心だから…。まぁお父様の言うことはちゃんと守ってるけど…」
ラストはそう呟くと、短く溜め息をついた。
「エドワード。あ、今日はアルフォンスも一緒なんだね」
「あ、コウさん。こんにちは」
コウは図書館の一角を占領している二人の錬金術師の真向かいに腰を降ろすと、その人物に声をかけた。
「兄さんってば。コウさんが来てるのに…」
「んー?」
アルがエドに声をかけるが、エドの神経は本に向かっている。
アルが溜め息をついてコウの方を見ると、コウは何かを思いついて立ち上がった。
座っているエドの傍まで来ると、コウは耳元に口を寄せた。
「エードッ」
「――――――――ッッッッ!!!!!」
「あ。真っ赤になっちゃった…。耳が弱いんだ?」
コウが耳元でエドを呼ぶと、ガタンッと派手な音をさせてエドが飛びのいた。
真っ赤になって耳を押さえているエドを見て、コウが悪戯を覚えた子供のように笑った。
「コウ!!急に何すんだ!!!」
「折角声をかけたのに気づいてくれないからさー。ちょっと悪戯を、ね♪」
「だからって!!」
「あー煩いよ。ところで、今日はタッカーさんのところには行かないんだ?」
「・・・・・・・・・今から行くんだ。コウも来るか?」
「…そうだね。今日は暇だから…行こうかな」
コウが頷くと、エドとアルは出していた本を元の棚に戻し始めた。
全て片付け終わった所で、三人はタッカーの家に向かう。
「あらーこれは一雨来そうだねぇ」
「だな」
アルが玄関の呼び鈴を鳴らしているのを横目に、二人は暗い空を見上げた。
「こんにちはー。タッカーさん今日もよろしくお願いします」
玄関のドアを開け、アルが中へと入っていく。
エドとコウもそれに続くが、中の住人からの返事はない。
「留守?」
「…誰もいないのかな」
三人は家の中を進む。
廊下を進み、研究室まで辿り着いた時、半開きの扉からタッカーの姿を見つけた。
「なんだ。いるじゃないか」
「ああ、君たちか。見てくれ、完成品だ」
そう言って、タッカーは誇らしげに腕を広げて立ち上がった。
「人語を理解する合成獣だよ」
タッカーが合成獣の傍に座り、エドの名前を教えると、合成獣はまるで子供のようにそれを復唱した。
ドアのすぐ脇に立っているエドたちから少し離れた位置から、コウはその合成獣を見た。
「また…同じ過ちを繰り返したね…」
そう呟いたコウの言葉は、誰の耳にも届かなかった。
「えどわーど。お、にい、ちゃ」
合成獣が発した言葉によって、エドはその真実を掴んだ。
タッカーの身体を壁に押し付け、呻るように叫んだ。
「2年前はてめぇの妻を!!そして今度は娘と犬を使って合成獣を錬成しやがった!!」
ぶち切れたエドをアルが止めている間に、コウは合成獣に近づいた。
その傍らに膝をつくと、ゆっくりと頭を撫でる。
「悪いね…僕なら君を助けられるけど…僕はしない」
耳元で小さくそう言うと、コウは静かに下がった。
合成獣は不思議そうに首を傾げるが、コウはそれ以上何も言わなかった。
「人間なんだよ!たった一人の女の子さえ助けてやれない」
「ちっぽけな人間だ………!!」
エドの叫びを、コウは黙って聞いていた。
そして、そのまま彼らに声をかけることなく二人に背を向けて歩き出した。
「おい」
道を進んでいくと、ふとコウは呼び止められた。
何の躊躇いもなく振り返ると、そこには額に十字の傷を負った男が睨みつけるようにしてコウを見下ろしていた。
「…僕に何か?スカー…だっけ」
「!貴様…何者だ?」
「答える義務はないね」
「…そうか。己れのことを知っているならば、生かしておくわけにはいかん」
「あらら…やる気満々ってね」
頭を掴もうとしてきたスカーの手を軽々と避けると、コウはトンッと後ろに飛びのいた。
すぐに体制を整えて再び腕を突き出すスカーを、
その腕に手をついて跳び箱の要領で飛び越えると、そのまま走り出した。
「悪いけど…君とここで戦っているほど暇じゃないんだよね~!」
そう言いながら、コウはスピードを上げてスカーを振り切った。
スカーも追いつけないと判断してからはすぐに諦めたのか、別の方向に足を向けていた。
所変わって、リオール。
「確かラストが来てるんだよね?ついでだし…スカーのことも話とこうか」
相変わらずの強い日差しを避けるためにコートを羽織ると、コウは真っ直ぐに例の場所を目指した。
目当ての建物の前に来ると、バルコニーの所に二つの見知った人物を発見して、
コウはそのすぐ傍まで寄った。
「エンヴィー!!」
「!?……コウ!」
急に叫んだ所為で、一瞬驚いてあちこち見回していたエンヴィーだが、
コウの姿を発見すると笑いながらその名を呼んだ。
コウもそれに微笑み返すと、地面を蹴ってそのバルコニーまで飛んだ。
「久しぶり。ラストは少し前に会ったっけ」
「そうね」
「報告ー。綴命の錬金術師、またやったよ」
「みたいだね。おまけに…合成獣もタッカー本人も殺されたって?」
「あぁ、それ列車の中で聞いた。多分、スカーでしょ?」
「何でわかってるの?」
「実際会ったし?それに…何か攻撃もされたしねー」
「会った!?」
エンヴィーが驚いたように声を上げた。
ラストはそんなエンヴィーの様子に笑っているだけだった。
「あ、グラトニーもいたんだ?お久~」
「コウ、久しぶりー」
「また変なもん食べてーそのうちおなか壊すよ?」
バリバリと派手に音を立てて食べていたのを一時的に止め、グラトニーはコウに手を振った。
それにコウが振り返すと、再びそれを食べ始めた。
「相変わらず食欲旺盛なことで…。
ところで、タッカーって助けるべきだった?
あのおっさんまた例の合成獣を創ってたけど?」
「必要ないわよ」
「そ。ならよかった」
「コウ」
エンヴィーがコウとラストの会話を遮るようにして名前を呼ぶと、コウは不思議そうに振り返って続きを待った。
「合成獣、助けなかったんだ?」
「…何で?必要ないでしょ」
「コウなら助けられるでしょ?また気紛れでも起こして助けてくるかと思ったけど」
「僕の錬金術は必要な時にしか使う気はないよ。
特に…あそこまで合成されたのを元に戻すのは結構疲れるしね」
「ふ~ん…」
「何。エンは助けた方がよかったって言うの?」
「別に?ただ。この間も気紛れで動物を助けてたから好きなのかと思ってた」
「…動物は嫌いじゃないけどね…人間は嫌いだよ」
コウはにっこりと微笑みを浮かべながら言った。
微笑みながら言うようなことではなかったが、それでもその笑顔は綺麗だった。
「愚かだよね、人間ってさ。おチビさんとか…目の前にある真実に気づかないなんて」
「殺しちゃだめよ」
「わかってるよ。何て言っても人柱だし…お父様を裏切るわけにはいかないしね」
「コウは特別だしね」
「ま、七つの大罪に入ってないから…特別かな。確かに…。
結局することは何も変わんないんだけど」
バルコニーに腰掛けて足を遊ばせながら、コウは空を見上げた。
「“万能”…この罪がどう転ぶかは…彼ら次第、かな」
彼らの望む、“賢者の石”それに一番近い情報を持っている人物…。
それが、コウであることに二人はまだ気づかない。