闇の支配者 02
「や、鋼の」
「あれ、大佐。こんにちは」
礼儀正しく挨拶する弟とは裏腹に、これでもかと言うばかりに嫌な顔をする兄。
彼らが大佐と呼ばれた男と話している間、コウはその様子を遠目に見ていた。
コウの少し後ろには先ほどお縄を頂戴したらしい犯人のリーダー、バルドがいた。
(アレが焔の錬金術師、ロイ・マスタングか…ここに来てからやたらと国家錬金術師に会うねぇ。)
コウがこんなことを考えながらロイとエドのやり取りを見ていると、後ろから男の苦しそうな声が聞こえた。
――と、次の瞬間にはコウは仕込みナイフによって縄を抜けたバルドに後ろから押さえられ、
首にナイフを突きつけられていた。
「命が惜しけりゃ大人しくしてるんだな…」
(……ここで殺しちゃってもいいんだけどなぁ…。
ここは確かラストの管轄だし…文句言われるかなぁ?)
ナイフを突きつけられて尚、コウは至って冷静だった。
と言うよりも、全く顔色一つ変えていない。
ふと、前方に視線をやると…銃を取り出したリザと、それを制するロイの姿が目に入った。
「(あー…あの手袋は発火布って言うんだよね、確か。んで、アレを擦り合わせることによって火花を散らし…
ん?何かこっちに向かって構えてる……って事は!?)……巻き添えはごめんだよ!!」
されるがままに大人しくロイの様子を観察していたコウだが、
発火布を構えた辺りから嫌な予感を感じていた。
腰のチェーンをバルドの機械鎧に巻きつけるようにしてそれを遠ざけ、
その一瞬をついてコウは腕の中からすり抜けた。
と同時に横の方へと飛ぶ。その半瞬後には、コウがさっきまでいた場所に大きな爆発が起こっていた。
ロイが格好つけて自己紹介をしている間に、コウはスタスタとロイに近づく。
「危ないじゃないか!もう少しで僕まで焦げるところだよ!!君は何を考えてるんだい!?」
コウはロイと初対面である。
にも拘らず、コウは行き成りロイに怒鳴った。
むろん、自己紹介などは一切なしに。
横ではエドが驚き半分呆れ半分の表情で見ていた。
「だいたい、エドワード!君も見てたんなら止めればいいだろう!?」
「え…あぁ…。悪ぃ、忘れてた」
「君ねー!!」
「ちょっといいかな?」
「何だ!?」
少々機嫌の悪いコウ。
エドに向けていた視線を再びロイに戻すが…お世辞にも穏やかな視線とは言えなかった。
「鋼の。この美しいお嬢さんはどなたかね?」
「こいつは「コウ。君の紹介はいらないよ」」
エドの言葉をわざわざ遮って、完結に名前を述べる。
ロイはそれに気を害した様子もなくコウに微笑んだ。
「綺麗な名だ。正しく貴方にふさわしい」
「褒めてもダメ。君が僕を焦がそうとしたことは忘れないよ」
「………貴方なら抜け出せると判断しての行動だよ。現に無事にこうしているではないか」
「無事ならいいってもんじゃないよねぇ?それに、どうして僕を評価するのさ?」
「それは貴方が全く動じなかったからだよ。かなり場馴れしていると判断した」
「……………ま、君のその判断はあながち外れじゃない。それに免じて、今回は許してあげるよ」
「それは光栄だ。さて、貴方にも事情聴取がある。是非司令部までご同行願えるかな?」
「……嫌。と言っても無意味でしょ。幸い時間もあるし…仕方ないからついて行ってあげるよ」
コウは心底面倒そうな顔をしたが、手に持っていた小さな荷物を腰に巻くとさっさとロイに続いた。
東方司令部に連れて来られたコウは、大佐の仕事部屋であろう部屋に通された。
することもないので大人しくソファーに腰を沈める。
「…で、いつまで僕をこんな所に閉じ込めておくつもり?」
コウは暇なのが嫌なのか、不機嫌な声で部屋の主に言った。
先ほどまでエドと何かの商談をしていて、ようやく話が纏まったらしい。
ロイはくるっと椅子をコウの方へ回すと、にっこりと微笑んだ。
「そうだったな。とりあえず事情聴取は終わったから…あとは私と食事「却下」」
ロイの声に自分の声をかぶせてきっぱりと言った。
さすがのロイもここまで間髪いれずに拒否されるとは思っていなかったのか呆然としている。
その横ではエドが必死で笑いを堪えていた。
「僕は暇じゃないんだ。食事くらい一人でとりなよ。大人なんだからね」
「………!!」
「~~~~っあははははははははっ!!!!!」
ロイはコウの毒舌にかなりのショックを受けているし、エドは思い切り笑い出した。
仕舞いには机の陰にしゃがみ込んで「の」の字でも書き出しそうな勢いだ。
「失礼します、大佐、例の書類………何かあったんですか?」
何ともタイミングよくリザが扉を開けて中に入ってきた。
部屋の中を一目見て、どこか呆れたような声で状況を確認しようとする。
部下の出現に、いくらか立ち直ったロイがゆっくりと椅子に座りなおした。
「………何もないさ。コウくん君はもう帰ってくれていい…」
「そう?じゃあ、帰らせてもらうよ」
コウはロイの沈んだ声すら物ともせずに、明るく答えた。
ぴょんっとソファーから立ち上がると、さっさと扉から出て行こうと進む。
「…今度、暇な時ならお茶くらいならしてあげてもいいよ。じゃ、エドワードまたね」
ノブに手をかけたまま顔だけ振り向いてにっこりとそう言うと、コウはさっさと部屋を出て行った。
「………………大佐、また食事にでも誘ったのですか?」
「………………聞かないでくれたまえ」
リザに渡された書類を元気なく受け取るロイ。
その横では笑いすぎで腹が痛くなったらしいエドが蹲っている。
こんな調子でいいのだろうか、と思わずにはいられないリザだった。
「まさか焔の錬金術師と会うとはね。あとはこの辺りでは豪腕の錬金術師くらいかなぁ」
司令部を後にしたコウは、ラストと会うべく街道を進んでいた。
―――――動き出す。
―――――大罪を背負わぬ少女のもとに、運命の糸が集う。
―――――少しずつ…でも確実に。