闇の支配者 01
薄暗い裏路地を、一人の男が駆け抜けていた。
それを追う、一つの影。
「いつまで逃げるつもり?」
「ひぃぃっ!!」
行き成り前に回りこんだ人物に、男は尻餅をついて尚その場から逃げようとしていた。
「いい加減にしてくれない?僕もそんなに暇じゃないんだけど」
「こ、殺さないでくれ!!」
「・・・・・・・・・ダメだね。君みたいな奴を生かしておいても世の中のためにはなんないでしょ」
ニヤッと口の端を上げると、そいつは自分の髪を一本抜くと、それを針のように尖らせた。
「バイバイ♪」
「うわぁぁぁぁぁっ!!!」
「あ~あ…折角の服が汚れちゃったじゃん」
血の付着した服を恨めしそうに見つめる少女。
彼女の下には、先ほどまで懇願していた男の亡骸が血の海に沈んでいた。
血のような赤い瞳に、漆黒の髪。
服も全て黒に誂えている彼女は、すっかり闇に溶け込んでいた。
露出された彼女の白い肌と、その赤い瞳だけが闇の中に浮かび上がっている。
「コウ、仕事は終わった?」
「あれ?ラストが来るなんて、珍しいね。ま、無事終了。
遊んであげようと思ったのにさ~つまんない奴だったよ」
「そう。お父様に報告するのを忘れちゃダメよ」
「了解~。ね、アイツどこにいるか知らない?」
「アイツ…あぁ、あの子なら例の人柱の所為でリオールの街にいるわよ」
「リオールね…。ありがと!僕、ちょっとアイツと会ってくる。すぐに帰ってくると思うよ」
「わかったわ。気をつけて行きなさい」
「ん。ラストも仕事の方頑張って」
コウはにっこりと笑うと、次の瞬間には闇の中に溶け込んでいた。
ラストは黙って見送ると、コウとは逆の方向へと歩いていった。
妖艶なほど美しい容姿を持ったコウ。
彼女の虜にならない者など、この世には存在しないとも思えるほど。
黒のタートルネックのワンピースを腰の辺りでベルトで絞り、
そこから下は開放して短パンをはいた足が見えている。
そして、ふくらはぎを覆う長さの黒いブーツ。
胸に煌く銀の逆十字のネックレス以外は、全身を黒に揃えている。
「さーて…久しぶりに会いに行くよ、エンヴィー」
道行く人が、コウを振り返っていた。
焼けないようにこれまた黒のコートを羽織っているのだが…
砂漠の街ということもあって、酷く暑い。
半ばだれ気味に、コウは教会に着いた。
「暑過ぎ…こんな所で暮らしたら死にそう…」
崩れ落ち散るように椅子に座ると、コウは眼を閉じて背もたれにだれた。
「旅の方ですか?」
「んー?君は?」
「ロゼと申します。少し前までここで働いていました」
「そ、僕はコウ。旅…と言えば旅かなぁ…」
「そうですか。ゆっくりとお寛ぎになって下さいね」
「ありがと。ね、この街に金髪の小さな錬金術師は来た?」
「!…ええ。数日前にここを発ちましたけど…お知り合いですか?」
「知り合い、と呼べるほどではないよ。ただ、風の噂で聞いたからね」
「…そうですか…」
コウは背もたれから離れて座り直すと、真っ直ぐにロゼと向き合った。
「何か…恨み言でもあるのかい?僕は色んな所を回っているからね。
その子に伝えてあげてもいい」
「・・・・・・・・・“余計なことを”…と。そして…“ありがとう”。そう伝えてください」
「了解。必ず伝えておくよ。さ、君も仕事に戻るといい」
ロゼはペコッと頭を下げると、教会を後にした。
「旅の者だと聞いたが…。道中の神のご加護を授かりに来たのかね?」
「そうですねぇ…。
神のご加護、何て物が僕たちに与えられるなら…それも楽しいでしょうかね」
「まさか!俺たちにとって神様なんて一番遠い存在じゃん」
「急に口調を変えるんだね…エンヴィー」
「奴の口調は堅苦しくて、やんなっちゃうよね~」
「…その格好でその口調の方が気持ち悪い。早く戻ってよ」
「はいはい。わかりましたよ、お姫様」
後ろから、パキパキと何かが剥がれ、構築されていく音がコウの耳に届いた。
コウが背中に温もりを感じたかと思うと、顔の横にさらっと黒く長い髪が流れた。
「・・・・・・・・・暑い」
「もうちょっと何か感想はないの?」
「暑いものは暑い。ただでさえ暑苦しい街なんだから…離れてよね」
面倒くさそうにエンヴィーの腕を離すコウ。
「で?ここで何してんの?」
「暇つぶし。と、エンヴィーの仕事ぶりを見に」
「ふーん…鋼のおチビさんの監視は?」
「今はラストー。僕もすぐに行くけどね。今はユースウェル炭鉱だから…特に問題ないっしょ」
「じゃ、代わって。もう教主様すんの疲れた」
「嫌。だって僕エンヴィーほど変身上手くないし」
「コウの実力なら大丈夫だって!」
「でも嫌ー。この後仕事入ってるんだからv」
エンヴィーの方を向いてにっこりと拒否するコウ。
見慣れている筈のエンヴィーですら思わず赤くなる。
そんなエンヴィーの心境を知らずに、コウは勢いよく立ち上がった。
「さて、エンヴィーの顔も見れたし…。僕は持ち場に帰るね」
「あーあ、俺もさっさと中央に戻りたいんだけど。ここ暑いし」
「ご愁傷様。ま、もうすぐ戻れるっしょ?ここも崩れるまであと少しだろうし」
「・・・楽しそうだね」
「楽しいことは大好きだよ♪」
コウはにっこりと笑うと、エンヴィーの腕を引いた。
予期せぬ反動に、エンヴィーがやや前に傾くと…コウはエンヴィーの頬に軽くキスした。
「これで頑張ってねvじゃ、今度は一緒にお昼でもゆっくり食べよう」
そう言うと、コウは風のように教会を去って行った。
後に残されたエンヴィーはというと…コウの唇が触れた所に指を当てて固まっていた。
「いや~…ここで鋼のおチビさんと会うとは…運がいいのか悪いのか…」
黒い服の上に、黒のコートを羽織っているためにコウの入れ墨は隠れている。
歩いて移動も面倒だったので都合よくあった列車に乗り込んだのだが…
偶然にもそこには例の人柱、鋼の錬金術師エドワード・エルリックがいた。
「弟って本当に鎧なんだなぁ…。実は見るのは初めてなんだよね~♪」
何やら暴れているエドを見て、コウは色々と考えをめぐらせていた。
(やっぱり接触はまずいよねー。)
「…おい」
(いや、むしろここで好感度を受けておけば後々楽?)
「…おいっ」
(う~ん…でも、僕の存在は結構知られていない方だからなぁ。このまま接触なしにするか。)
「おい!!」
先ほどから何度も声をかけてきていた男が、痺れを切らしてコウに怒鳴った。
面倒くさそうに振り返るコウ。
コウを真正面から見た男は、数分ほど見とれていたが、はっと思い出したようにコウに銃を突きつけた。
「・・・・・・・・・誰?」
「これが目にはいらねぇのか?」
「君、馬鹿でしょ。こんなデカイ物が構造上目の中に入るわけないでしょ」
「うるせぇ!!大人しくしてないと・・・・・・っ!!!」
「してないと、何さ?僕に何かしようって言うの?
それは自分の力量をキチンと図った上での行動じゃないね」
一瞬のうちに、コウは男の背後に回っていた。
そして、右手で銃を持つ手を払い左手で腰に巻きつけてあったチェーンでナイフを錬成し、
男の首にピタリと当てていた。
「侮らないでほしいね。君みたいな奴にどうにかされる僕じゃないんだよ」
銃が床に落ちると同時に、男の首に素早い手刀を打ち込んだ。
意識を手放した男は、そのまま床に倒れこむ。
コウは足を器用に使って銃を拾い上げると、それを自分の肩に乗せた。
「君みたいな奴はいつもなら殺してやるんだけどねー。ここで騒ぎを大きくするのはまずいからね」
コウが視線を上げると、すでに大暴れは終わっていたらしく、
車両の乗客全ての視線がコウに向けられていた。
ただでさえ人目を引く容姿な上に、大の男を一瞬のうちに伸してしまった少女。
「なぁ、アンタ何者だ?」
「僕?うーん…何者って聞かれても困るなぁ…。ただの一旅人だよ?」
「一旅人が男を一瞬で伸すのか?」
「そう言ってもねぇ、世の中こんなご時世だよ?
自分の身は自分で守らないとね、鋼の錬金術師」
「!?俺のこと知ってんのか?」
「(よーく知ってますとも…)いや…名前だけね。
君が鋼のエドワードでしょ。で、そっちが弟のアルフォンス」
「~~~~~~っ」
「?どうかした?」
「大好きだ!!!!!!」
「「「「「はぁ!?」」」」」
何やら震えていたかと思ったら、行き成り飛びついてきたエド。
コウは予期せぬ反応だったが、それを難なく避ける。ベチャとエドは蛙のように床と仲良くなる。
「急に何すんの」
「いやぁ、悪い悪い!!俺のことを一目でエドワードだってわかってくれた人は初めてだからさ!!」
「あ、そう言うこと。まぁ見ればわかるよ」
「アンタ本当にいい奴だなぁ…」
「はいはい。現実に戻ってよね?一応トレインジャックされてるんだから」
「そうだよ、兄さん。感動するのはわかるけど、今は乗客の人たちを助けるのが先でしょ?」
「あ…忘れてた」
「「・・・・・・・・・」」
「所で、アンタ名前は?」
エドが汽車の屋根を歩きながらコウに問いかけた。
あの後、エドたちと少し話した結果アルは下から、
エドとコウは上からそれぞれ先頭車両に向かうことになった。
「あぁ、言ってなかったっけ?僕は、コウ。呼び捨てでいいよ」
「じゃあ、コウ。さっき使ったのは錬金術だよな?錬成陣は?」
「アレね…。このチェーンに錬成陣が予め刻んであるんだよ。
咄嗟の時に錬成陣なんて書いてられないからね」
「なるほど。国家錬金術師なのか?」
「まさか!僕は軍の狗になったつもりはないし、これからなる予定もない」
「でも、コウの錬成はかなり速くて正確だ。絶対合格すると思うぜ?」
「僕くらいの実力の奴ならいっぱいいるよ。僕は…ある方の役に立てればそれでいい」
もとより、コウはお父様に作られた存在。
七つの大罪には入らない故に使える錬金術だが、全てはお父様の計画のためにあった。
「あ、下から銃声がするね。君の弟は大丈夫かい?」
「は!アイツはそんなにやわじゃねぇよ!!」
「そう?じゃあ、心配は要らないね」
そうこうしているうちに、二人は将軍の乗っている車両の上に来ていた。
コウが先を走り、後からエドが続く形になっている。
コウは下にいる犯人がいることを予測して、足音を立てずに走ったが、続くエドは何も考えていない模様。
コウが前の車両に移ると同時に、エドは下から発砲されていた。
「うわ、あぶねーあぶねー!!」
「君ねー…足音を立ててわざわざ敵に居場所を教えてどうするの。基本でしょうが…」
コウは呆れた顔をして結合部にいるエドを見下ろした。
「ここからは君に任せるよ。僕は将軍閣下のところに行くとするよ」
「な!!明らかにそっちの方が危ねぇじゃねぇか!!」
「なら、さっさと機関室を奪還してくれればいい。君ほどの実力だ。出来るよね?」
「当然だ!!」
「はい決定」
コウはにっこりと笑う。乗せられたことに気づいたエドだが、時すでに遅し。
コウは窓を伝い始めていた。
エドは仕方なく、コウの言うとおり機関室を奪還するべく歩き始めた。
「さて、君の出かたをゆっくりと見せてもらおうかな、鋼の錬金術師」