Another World 45
ルシアが先頭を走る。
それを追うように、大総統、コウと続いていた。
「その狼は頼りになるのかね?」
「もちろん。俺の相棒だからな」
グリードの匂いを追うルシアを見ながら大総統は問う。
それに対してコウは口角を持ち上げて答えて見せた。
満足そうに頷いたのは他でもない彼。
「実に素晴らしい…。是非とも人間としても鍛えたいものだな」
「…何の話だ?」
ふむふむと頷く大総統に、コウは持ち上げた口の端を引き締めて眉を寄せる。
そんな彼女の反応すら楽しいとばかりに彼は笑った。
「さすがに鎌をかけたくらいでは乗らんか…。では、こう言えばわかるかね?」
一見優しそうな笑顔が恐いと思ったのは、これで何度目だろうか。
片手で足りるほどの経験に、コウは背中に冷たいものが伝うのを感じる。
所詮は自分が若造なのだと、その差を痛感した。
「私は君の相棒が人間に変身出来るのを知っている」
低い声はどこか楽しげに、地下に響いた。
「………いつ?」
「随分前だ。尤も、エンヴィーやラストは巧みに隠していたがね」
大総統の言葉にコウは溜め息を一つ漏らし、そして見上げるルシアに頷いた。
それを見るなりルシアの身体を錬成反応に似たそれが包み、次に見えたのは長身の男性。
「ふむ。エンヴィーと似た変身だな」
「言っておくが」
そう言ってコウは大総統に向かってピンと腕を伸ばす。
その手に持たれているのは、先程拾い上げた拳銃。
行動によっては即弾を吐き出しそうなそれを前にしても、大総統の笑みは変わらなかった。
「ルシアを巻き込むつもりはない。あくまで俺の相棒であって、お前達の好きに出来るものではないことを忘れるな」
この拳銃一つで己を射抜けるはずがない。
飛び出した弾を切るだけの実力を、彼は持ち合わせているのだ。
しかし、己の精神はすでに貫かれているように感じた。
他でもない、コウが全身から放つその殺気によって。
「…その歳でそれほどの殺気を放つ人間とはな」
紡いだ言葉を咎めるでもなく、コウはただ視線を向ける。
それを受けていた大総統は降参とばかりに片手をあげた。
「銃を下げたまえ。私はその狼をどうこうするつもりはない」
言葉さえもらえればよかったのか、コウはすぐに腕を下ろした。
安全装置を外したままでは危ないから、そのまま溝水に向かって一発銃声を轟かせる。
「その言葉、信じていますよ」
「もちろんだ。さて、思わぬ時間を食ってしまったな。強欲の所へ案内してくれ」
コウの雰囲気が変わったから、ルシア自身ももう安全と判断したのだろう。
彼は再び狼へと姿を変える。
「グリードは近いな」
僅かながら耳に届いた声に、コウはそう呟いた。
歩き出す大総統に続き、彼女も再び歩を進める。
「アルフォンス。無事か?」
大総統に意識を奪われていたグリードらは突然背後から聞こえた声にその肩を震わせる。
その隙を見逃さず、大総統はグリードに向かって剣を薙いだ。
彼の腕が飛んだのを見ながら、コウは靴を鳴らしてアルに近づいていく。
細腕のどこにそんな力があるのかと思うようなそれで彼の身体をグイと引っ張った。
途端に中からゴンッと言う鈍い音が響き、コウは面倒だと言う表情を浮かべる。
「…まだ中に誰かいんのかよ…」
「コウさん!あんまり乱暴な事は…!」
「別に乱暴はするつもりないって。どこの誰だかしらねぇけど、さっさと中から出た方が身のためだぜ」
鎧の隙間から目を覗かせ、しっかりと中の彼女と視線を絡める。
アルには見えていなかったが、マーテルからはコウの眼がしっかりと見えていた。
猛禽類のそれのような、冷たく鋭い眼差し。
思わず身を竦めたことに誰かが気づくはずもない。
コウはすぐに身を離すと少し離れたところでグリードと遣り合っている大総統に向かって口を開く。
「大総統!お手伝いしましょうか?」
「コウさん!?そ、そんな風に…!」
「ん?あぁ、大丈夫だって。あの人、強面だけど心の狭い人じゃないから」
軍の上司であるだけでなく、国のトップに向かっての言葉とは思えないほどの軽口。
焦るアルとは裏腹に、コウはニッと笑ってそう答えた。
返事がないのは必要ないからだろうと判断したコウはアルから離れないように壁に凭れる。
あくまで傍観者であるつもりらしい彼女に、アルが疑問を抱いた。
「コウさんは…行かなくていいんですか?」
壁を破壊して向こうへと行ってしまった二人。
その姿は見えず、役に立たない視覚の代わりに聴覚がその音を聞いていた。
派手な遣り取りが聞こえるが、コウはその背を壁から離す事はない。
「忠誠心なんて物は持ち合わせてないからね。ま、必要もないさ」
「な…!グリードさんが負けるはずないわ!!」
アルの中から顔を覗かせそうになったマーテル。
彼が慌てて己の頭を押さえてそれを封じ込める。
「…あの人が負けるはずはないよ。俺とお前は…ただ、自分の上と認めた人が違う。……それだけだ」
「……何でグリードさんを助けてくれないの!あの人はあんたを敵とは…」
「それ以上。余計な事は言わない方が身のためだよ」
ドルチェットと同じような事を言ってくるマーテルに、コウは冷たくその言葉を遮った。
先程は咎める必要性を感じなかったが、今は違う。
忘れてはならない、アルの存在があるから。
少しでも永らえたいならばその口を噤めと、その眼が語っていた。
「それ以上口を開くなら、容赦はしない。あくまで生かされているのだと理解して欲しいね」
「…コウ、さん…?」
不安げに震える声を聞き、コウはにこりと微笑んで見せた。
「生憎、誘拐犯に優しくするつもりはないんだ」
足元に伏せていたルシアが首を擡げる。
コウがそれに反応して視線を向けた方向、暗闇の向こうから姿を現したのはグリード。
一瞬安堵するようにマーテルが息を吐き出したのに気づくが、コウはそれを咎める事はなかった。
姿を見せたグリードを追うように、白銀の刃がその喉を背後から貫く。
崩れ落ちていくグリードの身体の向こうに見えたのは傷一つ負っていない大総統だった。
Rewrite 06.11.25