Another World  46

「お疲れ様です、大総統。お怪我は?」

にこりと人の良い笑みを浮かべてみせるコウだが、明らかに演技とわかるそれだった。
無論それに気付かないはずもなく、大総統は問題ないと首を振る。

「そこの赤髪…っ!!テメェも俺達の…」
「余計な事を口にするものではない」

ザシュッと鈍い音の後、大総統の剣が彼の胸辺りを貫く。
慌てて飛び出そうとするマーテルをアルが押さえ込んでいるのが視界の端に映りこんだ。
今回ばかりは大総統の計らいに感謝しよう、そう思い、コウはすでに構えていた銃を下ろす。
いや、下ろそうとしたがそれを自身の背後へと向け、一度発砲した。

「人の背後に立つな。次は土手っ腹に風穴開けるぜ」

銃を構える腕は下ろさず、そのまま自身の背後を振り向く。
そこには頬に一筋赤い傷を走らせたドルチェットとロアが居た。

「よぉ?また会ったな?」
「あぁ、そうだな。生憎こっちはあんたには会いたくなかったけどな」
「奇遇だな、こっちもだ」

この場で見るのでなければ実に綺麗な笑顔だった。
彼女は銃口を二人に向けたままに言葉を交わす。
そんな彼女を見たアルが耐え切れずに声を上げた。

「コウさん!?銃を向けないで!」
「…悪いけど、俺は軍人なんだ」

自分よりも遥かに小さいはずの背中が酷く大きく見える。
その背に流れる一筋の赤い髪は、暗闇が手伝ってまるで血のようだった。

「コイツらがご主人様を追ってきたように、俺にも守るべき『上』が居るもんでね」

コツンと足音が響く。
二人の視線から大総統を隠すかのように動く彼女は、忠誠心など無いに等しいにせよ軍人だった。

「知らぬ存ぜぬでは通せないんだ」

弾丸より速く動ける自信は無い。
何より彼女がそれを許してはくれないように思えた。
例えるなら蛇に睨まれた蛙の如く。
圧倒的な支配力を兼ね備えたその視線に、彼らの足はコンクリートに縫い付けられた。

「知らぬ存ぜぬで構わんよ、スフィリア大佐。君が手を出すまでも無い」

ポンと肩に手が乗り、自分よりも少し高い位置からそんな声が降ってくる。
大総統の言葉にコウはやれやれと溜め息を吐き出した。

「少しくらい忠誠心がある振りを見せておいた方がいいかと思ったんですがね」
「そう思うなら普段から気をつけたまえ。取ってつけた忠誠など要らんさ」
「なるほど。善処しましょう」

一国のトップに向かってこの軽口だ。
能力が伴わなければさぞかし敵は多かっただろうが、生憎コウの場合は口が悪くとも仕事ぶりだけでおつりが来る。

「少しは動かないと鈍りそうだな…」

呟きと共にコウは道を譲るように側方へと身体を移動させた。
そのまま後方へと下がれば、ドルチェットがアルの傍らに膝を付く。
彼の動きを制限させていた手足の鎖を剣で砕き、こう言った。

「そいつ、逃がしてやってくれ」

歩き出す彼に続いたロアも、その口元を持ち上げて言う。

「頼んだぞ」

覚悟を決めたその眼に、コウは眉間に皺を刻んだ。
死に行く者を見るのに慣れなどある筈が無い。
自身を高めるような声と共に、彼らは床を蹴る。
アルの内からガンガンと鎧を叩くような殴るような音と、必死の声が届いていた。
出してくれと言うマーテルを必死で自身の内に止めるアル。

「アンタも!敵じゃないんでしょ!?味方なら助けてよぉ!!」

マーテルの言葉にコウは小さく舌を打った。
先程余計な事は言うなと言ったのを聞いていなかったのか?
いや、あの後彼女は一時的でも口を噤んだのだから、聞いていたはずだ。

「敵じゃない…?」

アルの顔が自分の方を向いたのを見て、コウはいよいよ不愉快に表情を染める。
そして先程下ろした銃を持ち上げ、彼の鎧の隙間に銃口を差し込んだ。

「コウさ…っ!」

銃声一発。
騒いでいた彼女の声は悲鳴へと変わる。

「容赦しねぇって忠告しただろうが」
「コウさん!?どうして…!!」
「お前も黙りな、アルフォンス。殺してはいないさ」

位置的に腕を掠めただけのはずだ。
もっとも、鎧の外から的を見ずに撃ち込んでいるのだから多少のずれはあるだろうが。
鎧の中から聞こえる「どうして」「何故」と言う戸惑いの声がコウの耳に届く。


何故、グリードと会ったというだけで、助けてくれると思えるほどに信用出来るのだろうか。
コウにはそれがわからない。
確かにあの男は嫌いな部類の人間ではないが、天秤にかければ助けるべきか否かは一目瞭然。
選ぶべきものがある以上、敵対するものまた然り。
無条件の信用は彼女にとって不愉快以外の何者でもなかった。

「それに懲りて黙ってろよ。今度俺に関して何か言えば、当てる」

鎧と言うものは本来身を守るために装着するものである。
マーテルの現状と言えば、身を守るものに包まれているはずだ。
しかし、そんなものはまるで存在しないかのようなコウの口調に彼女はその身を震わせた。
アルの鎧の隙間から見えた僅かな赤は、先程の一発により出来た傷からのものだろう。
つぅと鉄の上を滑るそれを見下ろし、コウは手に持った銃をホルダーにしまいこむ。
















コウがマーテルとの遣り取りをしている間にすでに事は済んでいた。
ドルチェットとロアに関しては予想通り、そしてグリードも今は意識を飛ばすように地面に転がっている。
ザブッと水からあがってきた大総統は人の良い笑みを浮かべてアルの元に歩いてきた。
先程まで剣を持っていた人物とは別人のように見える。

「怪我は無いかね?手を貸そうか?」
「大丈夫です。一人で帰れますから…」

そう言ってアルは一刻も早くマーテルを大総統から離そうと腰を上げた。
しかし、彼の行動は無意味なもの。
自身の意思とは裏腹に伸びた腕は真っ直ぐに大総統の首を目指し、そして捕らえる。
ギリギリと締め上げるのはアルの意思ではなく彼の中にいるマーテルの意思だった。

「駄目だ、マーテルさん!!やめるんだ!!」
「ブラッドレイ!!!」

明らかな殺意の眼差しに、大総統の目が冷める。
傍らでその変化を見ていたコウは、静かに溜め息を落とした。
頭に血が上った彼女を止めるのは不可能だし、かと言って大総統の行動を止めるにも遅すぎる。
コウは、大総統の剣がアルの鎧の隙間に差し込まれるのを黙ってみているしか出来なかった。
彼女のように致命傷を避けるものとは全く違う、一度で命を奪い去るそれ。
コウの時とは比べ物にならない赤が鎧から溢れ出た。











「フラッシュバックみたいなものか…」

反応を見せなくなったアルを見下ろし、コウは静かに紡いだ。
人間で言うならば気を失っている状態なのだが、生憎彼には身体がない。

「…殺す必要は無かったと思うけど?」
「君について多くを知っている者を生かすわけにはいかん」
「………なるほどね。多くって言ってもグリードと知り合いだって事だけなんだけど…」
「グリードと繋がっているとあれば何かしらの処置を取らねばならんからな」

剣を鞘に仕舞い、彼はくるりと背を向けた。
不意に、タタタ…と近づいてくる足音に気付く。

「コウ」
「ルシアか?」
「もうすぐ軍の奴らが此処まで降りてくる。グリードを回収するなら急いだ方がいい」

狼の姿のままルシアはコウに向かってそう告げる。
軍の方を監視してもらっていたコウは彼の言葉に頷いた。

「ルシア。コイツをあそこまで運べるかね?」

大総統がルシアを呼びながら地面に伏すグリードを見下ろす。
一度コウを見上げ、答えてもよいのかと反応を問うルシア。
コウが頷けば彼は大総統の元まで走った。

「あの場所でいいのか?」
「あぁ。今ならエンヴィーやラストも集まっているだろう。匂いを追えばいい」
「わかった」

そう答えるとルシアはグリードを背に乗せるようにして立ち上がり、もう一度コウを見上げる。

「見つからないように行け。届けたら一度戻って来い。わかったな?」

コウの言葉にルシアが頷く。
それを見届けると、彼女は彼に向かって行けと声を掛けた。
その声に背を押されるようにルシアは闇へと消える。
彼が消えた反対側から、バタバタと騒がしい足音が近づいてきた。

「大総統!ご無事ですか!?」

銃を構えながら走り寄って来る軍人。
大総統が彼らに応対する中、コウは赤く染まった水を見下ろした。
そして何を言うでもなく、去るように背を向けた大総統に続く。

Rewrite 06.11.25