Another World 44
「状況は?」
「強欲を発見。そろそろ鋼の錬金術師が向こうに着く頃だろうな」
壁に背中を預けた状態でコウはそう言った。
向かいに立つのは大総統と言うこの国一番の人物であるにも拘らず、彼女は敬う事すらしない。
それを気にした様子もなく大総統は答えた。
「そうか。すでに軍を集めてある」
「…今回は休ませてもらいたいな。あいつとは戦いたくない」
口が寂しいのか、コウはポケットから取り出したタバコを唇で銜える。
こんな身体にもタバコは害なのだろうかとどこか場違いな疑問を脳裏に抱いた。
ふむ、と思案するように目を細めた大総統がゆっくりと口を開く。
「では、コウ・スフィリア大佐。大総統としてウロボロスを持つ者の確保を命ずる」
「(…職権濫用)……………了解しました。大総統閣下」
真っ直ぐに向けられた眼。
眼帯に隠れているはずのウロボロスに睨まれた様な気がした。
彼女の返事を聞くなり去っていく背中を見送りながら深々と溜め息を漏らす。
「どうもやりきれないなぁ…」
カチッと小さく火花を散らし、ライターが火をつける。
タバコにそれが移ったのを見届けるとそれの蓋をパチンと閉ざした。
上り行く紫煙を横目に、コウは手の中のライターへと視線を落す。
こちらの世界に来てから作った銀のそれ。
表にはフラメル、そして裏にはウロボロスを刻み込んであった。
己がどちらでもないと言う誓いを篭めたそれに、コウは苦笑を浮かべる。
「どちらの敵でもない、なんて虫のいい事言ってられないよな…」
フラメルをクルリと回し、現れたウロボロスを指で撫で上げる。
暫し見つめていたそれを胸ポケットに押し込み、歩き出した。
「大きな鎧と三つ編みの少年は保護。手の甲にウロボロスの入れ墨を持つ者は捕捉」
デビルズネストの入り口に立つ大総統。
彼を筆頭に、軍人がその場を包囲していた。
「他は?」
「なぎはらえ」
背中からでも受ける彼の威圧感に、コウは思わず口角を持ち上げた。
良くも悪くも、彼は人の上に立つ器を持つ人物なのだと、そう悟る。
「突入!!」
大総統の言葉と共に、一斉に動き出した。
「スフィリア大佐はどうされるのですかな?」
「俺は適当に動くさ。ま、邪魔をする気はないから安心してくれていい」
バサッと軍服の上着を羽織る。
さすがに大総統直々の命令で動くのだから、着ないわけにもいかなかった。
彼女の答えに満足したのか、それ以上の会話は無駄と判断したのか。
どちらかはわからないが、アームストロングは流れ行く軍人の波に入っていった。
ポケットに納まる銀時計の存在を手の平で確認すると、コウは素早く突入して行く軍人らを見送る。
そして、最後の一人を見送ると彼女もゆっくりと歩き出した。
「…Good luck。赤髪の大佐さん」
背中に聞こえた声に、コウは思わず振り向いた。
見えたのは野次馬の波に背中を向けて遠のいていく女性の姿。
見覚えのある彼女の姿にくっと口角を持ち上げる。
「あんたも、な」
そんな呟きを残すと先程よりも足を速めて建物の中へと消えていった。
「少佐!助けは要りますか?」
「必要ありませんぞ、スフィリア大佐」
仲間にロアと呼ばれた大柄の男と対峙するアームストロングに声を掛ける。
彼は声だけでコウだと悟り、そして振り向かずにそう答えた。
彼自身がロアとの戦いを楽しんでいるようにも思える。
「大佐!発砲しますか!?」
いつの間にかコウの背後で銃を構える軍人ら数名。
彼らを横目で一瞥すると、それを制するように片手をあげた。
「もう少し待ってやれって。少佐が楽しそうだからな」
「た、大佐!そんな事を言っている場合では…」
「大丈夫だって。何かあれば俺も動くからさ」
ふざけている場合ではないと言うのに、コウは口角を持ち上げて笑う。
軍人とは言え階級は彼女より下。
命令ではないにしろ、彼女の言い分を無視して発砲できるはずも無かった。
「お前…!軍人だったのか!!」
「ん?あぁ、数時間ぶりだな」
ロアの向こうに居た男がコウを指さして叫ぶ。
確か、彼はドルチェットと呼ばれていたはずだ。
「軍人じゃ無いと言った覚えはないけど?」
そう言ってポケットから銀時計を引きずり出す。
鎖の先で揺れるそれに、ドルチェットらが目を見開いた。
『グリードさん。アイツ何だったんですか?』
『あぁ、俺に用があっただけだ。気にすんな』
『…俺信用してないっすよ』
『そうか。ま、アイツは敵ではねぇよ』
コウが去った後に交わされた言葉が脳裏を過ぎる。
彼は確かに言ったのだ。
「グリードさんは、お前は敵じゃないって…!」
混乱したように声を上げる彼の背後に開いた穴の向こうに、コウは人影を捉える。
「…敵じゃないよ。だが…味方でもない」
コウの言葉が終わるや否や、ドルチェットの胸を剣が貫いた。
「何をしているアームストロング少佐」
冷たい声が響く。
ドルチェットの名前を叫びながら銃弾を大総統へと放つ男を一刀両断し、彼はコウらと同じ通路に立った。
そして向かい来るロアを迷いの無い剣捌きで切り裂く。
「私は目標以外は全てなぎはらえと命令したはずだ」
剣に付着した血を振り払い、それを鞘へと納める事なくアームストロングの横を通る。
イシュバール殲滅戦の元同志に情けをかけた彼は、言葉も無く血に沈んだ彼らを見つめる。
「敵に情けをかけるな。だからおまえは出世できんのだ」
その言葉を残し、大総統はコウの前に立った。
彼女の後ろに控えていた軍人らに次の指示を言い渡し、その場から立ち去るのを見届ける。
そして彼は口を開いた。
「ついて来たまえ。どの道制圧に手を出すつもりはないのだろう?」
「…よくお分かりですね」
「君の様子を見ていれば簡単だ。…『強欲』は近い」
後半部分はコウの耳に漸く届く程度の小さな物だった。
しかし、彼女はそれを聞き取り、そして頷く。
歩き出した彼に続いて、コウも重く足を進めはじめた。
「!」
カツンとつま先が何かを蹴る。
思わず足を止めた先にあったのは、すでに主を失った拳銃だった。
腰を折ってそれを拾い上げ、弾を確認する。
「…貰ってくよ」
届くはずの無い言葉を残し、コウはそれを己の手中へと納めた。
そして少し離れた背中に追いつくべく早足で彼を追う。
Rewrite 06.11.22