Another World  43

「はいはい。お邪魔するよ」

バンッとドアを勢いよく開き、コウはその部屋へと入り込んだ。
目当ての鎧を一瞥した後に部屋の中を見回す。
驚いたように顔を上げた鎧ことアルフォンス。

「コウさん!?な、何でここに…!?」
「え!?コイツその鎧の兄だって…!!」
「えぇ!?ち、違うよっ!!僕の兄さんはこんなに格好良くないし、もっと小さ…」

そこまで言って、アルは漸く自分の発言に気付く。
この場に兄が居れば、容赦なく飛び蹴りが飛んできた事だろう。
痛みはないが、鎧を凹ませられるのだけは勘弁して欲しい。
アルの言葉に驚いたのはコウを案内してきた男だ。
そんな彼に向き直り、彼女はニカッと笑う。

「悪ぃな。それ、嘘」

一応謝罪の言葉のはずなのだが、全く謝罪に聞こえない辺りが何ともコウらしい。
そんな彼女の様子に怒りを露にした男。

「この野郎…っ!!」
「まぁ、待てって」

殴りかかろうとした男を前に、コウはジーンズのポケットに手を突っ込んだまま視線だけを向ける。
だが、彼の行動は一つの声に制された。
声の主は、アルの傍にいた短髪の男。

「グリードさん…」
「おい、こいつを知ってんだろ?」
「え、あ…うん。知ってるけど…」
「なら、問題ねぇ。こいつにも世話になるかも知れねぇからな」

手をヒラヒラと揺らして男に去るよう促がす。
コウを睨みつけながらも彼は持ち場へと戻っていった。
グリードと呼ばれた男はゆったりした足取りでコウの前まで歩く。
彼の姿を一瞥したコウはサングラスの向こうで彼を見た。

「うっわ…別の服着てくりゃよかった…。ベスト以外殆ど同じかよ」

そう言って不機嫌に眉を寄せる。
そんな彼女に、グリードは珍しい物を見たように笑い出した。

「……お前緊張感ねぇなぁ!」
「ま、それは生まれつきなもんでね」
「んで?お前は何しに来たんだ?こいつを助けに来た…とかは言いそうにもねぇしな」

アルを指しながらグリードは問う。
コウは返事の代わりにベストの胸倉を掴み、引き寄せた。

「“強欲”とやらのお目にかかろうと思ってな」

挑発するように笑みを浮かべ、コウは手を離した。
そして左肩の着衣を僅かにずらす。
アルからはグリードが盾になっていて、その様子を窺う事は出来なかった。
黒い着衣の裾から垣間見えたそれは確かに見覚えのあるモノ。
グリードはそれに気づくと彼女の顔を見た。

「…兄弟か?」
「察しのいい男は好きだぜ?ま、出生は若干異なるけどな」

瞬時に緊張を走らせたグリードに、コウは口角を持ち上げる。
酷く楽しげに細められた眼が彼を映した。
それが不快だったのか、グリードは舌打ちと共に顎で扉を指す。

「部屋を移すぜ。問題ないな?」
「もちろん」
「…こいつを見張ってろよ」

そう言ってグリードは出口となる扉へと向かって歩き出す。
彼の部下とも言える男が慌てたように彼を呼んだ。
グリードは彼らの声に手を上げるだけで答え、コウを引き連れて部屋を出て行く。

「…おい、あの男は何者なんだよ?」
「え?」
「今の赤髪の男だ。店の表に居た男五人を一瞬でねじ伏せたんだぜ?」

コウを案内してきた男がそう言う。
アルは驚いたように顔を上げ、そして、答えた。

「…知らない。僕らはコウさんに関しては…何も、知らないんだ」

表情などないはずなのに、どこか気落ちした様子を窺わせるアル。
男はそんな彼の様子に頬を掻き、それ以上深くは追求しなかった。



















先程の部屋の隣に位置するそこに入ったコウとグリード。
睨みつけるような視線を、風を受ける柳の如く受け流し、コウはただ笑っていた。

「連れ戻しに…来た風にも見えねぇな」
「忠犬になるつもりは更々ないんでね」
「じゃあ、何しに来た?こんな辺鄙な所に根付いてる俺を偶然見つけた…ってわけでもないだろ?」

その辺に放置してあった木の箱に腰を降ろし、グリードはコウを見上げる。
一瞬垣間見えた緊張は、すでにその名残すら残していない。

「あの兄弟とは顔見知りだった。で、弟が誘拐されたって言うからな。どこの馬鹿野郎の仕業かと思って、そのツラ拝みに来た」

半分偽りを混ぜた本音。
イズミの口から紡がれた『ホムンクルス』と『強欲』の二単語。
これを聞かなければコウとてこんな面倒な事を自ら買って出るわけがない。
すでに己の知らないページへと、足を踏み入れている。
白紙のそこを踏み込んでいくのはどこか滑稽で、それで居て酷く探究心を駆り立てられた。

「お前のお仲間はどうしてるんだ」
「仲間?あぁ、ウロボロス陣営の事か。安心しろよ。お前一人居なくたって、世界はちゃんと回ってるさ」

暗に、グリードを連れ戻す事に価値などない。
そう言っているのだ。
コウは彼から視線を逸らさずに、扉の壁へと背中をもたれかけた。

「…強欲ってのは色々と面倒だな」
「あ?」
「そこまで全てを望んで…今傍にあるモノを見失わないか?」

自分には無理だと思った。
手の中のモノを守る事に必死な自分には。
それ以上を望んでも、きっと両の手から零れ落ちてしまう。

「…お前にはわからねぇだろうな」

コウの表情の変化を悟ったのか、グリードは声を落としてそう言った。
彼の配慮とも呼べるそれに驚きを浮かべるも、彼女は「ああ」と静かに紡ぐ。

「………悪い。何か白けさせたな」

暫しの沈黙の後、コウは苦笑交じりにそう言った。

「直に兄弟の兄がここに来るだろうな。…俺のお気に入りだ。出来れば殺さないでくれよ」
「…出来れば、な」
「無理にとは言わないさ。ここで終わるのが運命と言うならば…仕方がない」

グリードの言葉にそう答えると、コウは扉の取っ手へと手を掛ける。
そして、肩越しに彼を振り向いた。

「お前とはまた会える気がするよ、グリード」

造形美のような笑みを刻み、扉を潜っていく。
残された彼は肩を竦めてそれを見送り、そして己も仲間の元へと戻った。

「俺はお前を連れ戻さない。だが…大総統はどうかな…」

呟かれた言葉は、届くべきグリードには届かなかった。

Rewrite 06.11.21