Another World 42
ザッと言う音と共に、ダブリス駅に降り立つ人物。
黒いタートルの上からベストを羽織り、下は同じく黒いジーンズに身を包んでいる。
赤い髪が印象的なその人物は一際目立っていた。
「溶ける…」
その人物の第一声だった。
ダブリスのとある肉屋裏。
エドに案内されるままに、コウは彼の師匠だと紹介された女性に向き合っていた。
「初めまして。コウ・スフィリアと申します。彼とはセントラルの方で知り合いました」
人の良い笑みを浮かべて差し出された手。
イズミは悩むようにその手を見下ろした後、静かにその手を取った。
「イズミ・カーティスだ。
随分な男前と知り合ったじゃないか、エド。外を歩けば女が放っておかないんじゃないか?」
「……よくお分かりで」
コウはそんな軽口を叩きながら、店の方に居る大総統らを見る。
それに伴ってイズミもそちらを向いた。
「大総統とは知り合い?」
「…上司ですよ。こう見えても一応軍人ですから」
「それなら向こうに出ておいて貰おうか。上司の傍を離れるべきではないだろう?」
「ははは。嫌ですよ。あんな暑苦しい所に行くのは」
お互いに自らの肉体を誇示するように半身裸体を晒す彼らを見て、コウはケラケラと笑った。
スレンダーなお姉さんの所に居る方が数倍楽しいですから、と言う彼女にイズミが苦笑を浮かべる。
「…………らしくない軍人も居たもんだね」
「お褒め頂き光栄」
「さて…。エド、話がある」
コウと話していた穏やかさなど微塵も感じさせない声色で、イズミはエドに向き直った。
滅多に見ることのない師の真剣な態度に、エドも背筋を正す。
「アルが誘拐された」
「へぇー…アルが誘拐されたんですか」
「アルフォンスが誘拐ねぇ…」
表情とは裏腹にあっさりと紡がれたそれに、エドとコウはそんな返事を返す。
まず初めに気づいたのはコウの方だった。
「…って、嘘だろ…アルフォンスを誘拐してどーするよ?」
呆れた様に呟いた後、コウはごく自然に大総統の方へと身体を向けた。
漸く我に帰ったエドがイズミに事の流れを聞いている。
「…面倒な事だな、まったく…」
いつもの表情を消した大総統の眼。
それはホムンクルスとしての彼だった。
それを見たコウは短い髪を掻き揚げながら上のように呟く。
「所用を思いつきましたんで少し別行動を取らせていただきますね」
コウは大総統に向かってそう言う。
エドは現在アルの事をイズミから聞いている途中だ。
まだ暫くは出てこないだろう。
彼はわかっていたとばかりに頷いた。
「私が行くまで手は出すな」
すれ違う時に言われた言葉を聞いた者は、他にいない。
「了解です」
背中越しに手を上げて、ルシアを従えながらコウは歩き出した。
「さて。ルシア」
「鎧の餓鬼を探せとか言う気か?」
「よくわかってるなぁ。さっすが俺の相棒」
「…調子のいい奴」
狼のまま溜め息をつく姿は不自然以外の何物でもなかった。
とりあえず宙に向かって鼻を持ち上げる。
暫くして彼は走り出した。
「途中までしかわかんねぇぞ」
「あぁ、それでいいよ。後は適当に聞くさ」
その答えを聞き、ルシアは足の速度を速めた。
ルシアが足を止めたのは「お子様立ち入り禁止区域」と言えるような路地前だった。
「んじゃ、情報収集といきますか」
そう言ってコウは胸元に提げていたサングラスをかける。
これで確実に女性には見えない風貌となった。
「行くか」
そのまま彼女はその路地に足を踏み出した。
「あら、あんた随分男前ねぇ。飲んでいかない?」
艶かしい女性が壁にもたれたまま、口元に笑みを刻む。
妖艶な笑みではあるが、コウにとってはラストの方が美人に思える。
が、そんな表情を微塵も出さずに片方の口角を持ち上げた。
「是非ともご一緒したいんだが…人を探してるんだ」
「へぇ…女でも探してるのかい?」
「いんや、あんた以上の女は久しく見てないね」
「あら、それは有難う」
褒められて気を良くしたのか、女は一歩だけ壁から離れる。
それに近づき、コウは彼女の耳元で問うた。
「情報をくれないか?」
「…何か見返りがあるなら考えてあげるよ」
「いいぜ。俺のとっておきをやるよ」
交渉成立とばかりにコウは顔を離し、ニヒルな笑みを浮かべる。
女は「毎度あり」とルージュを乗せた唇に笑みを刻んだ。
「でかい鎧を運んだ奴を見てないか?そいつを探してる」
「……あぁ、昨日の昼間の事だね」
「知ってるんだな。よかった」
知らないとなるとまた別の女を口説かなきゃいけないトコだった、とコウは笑う。
反応を見つめていた女に、彼女はサングラス越しの視線を向ける。
「んじゃ、俺の情報から先に…」
その言葉は最後まで紡がれる事はなかった。
唇に添えられた鮮やかなマニキュアを乗せた細く白い指がそれを制したからである。
「あんたは信用できそうだから、特別に先に教えてあげるよ」
「…へぇ…。やっぱ、いい女だわ」
「そこに見える通りがあるだろう?その先にあるデビルズネストって所に運ばれたよ」
唇に乗せていた指をそのままついっと右に動かし、彼女は通りを指す。
コウはそちらに視線を向けた後、再び彼女に視線を戻す。
「感謝するよ」
「どういたしまして。仕事が済んだらあたしの店にも寄ってよね」
「…あぁ、暇があれば」
そう答えてコウは壁についていた手を下ろす。
そして、少しだけ言葉を選ぶように沈黙した。
「………俺からの情報だ。直に軍がこの路地を占拠する」
「…あんた、軍人かい?」
「似たようなもんさ。悪い事は言わねぇ。今すぐ退散しておきな」
そう言い終えるなり、コウは例の通りへと足を向ける。
そんな彼女の背中に女からの声が掛かった。
「貴重な情報ありがとうよ、赤髪の大佐」
小さく紡がれた声にコウは肩を竦めた。
「知ってたのかよ…まったく。ほんっと、いい女だわ」
軍の狗と知って尚、情報を与えてくれた彼女に最大級の感謝を篭めて手を上げる。
Rewrite 06.11.17