Another World  41

進む先に、あまり見たくない者が見えた。
正直なところ、このままUターンしてでもお近づきにはなりたくない。
その人柄は決して嫌いではないのだが………嫌いではないはずなのだが、どうしても受け付けない部分がある。
そんな事を考えて一瞬だけ出遅れると、向こうがコウに気づいて大きく腕を振った。

「久しぶりですな!スフィリア大佐!!」
「お久しぶりです、アームストロング少佐」

少々…いや、かなり危険な愛情表現から逃れ、コウは彼に言葉を返す。
巻き添えを食わぬように、とルシアが彼女の傍を離れた。
普段ならば階級が上の者に対してこんな挨拶をするアームストロングではない。
この行動は相手が彼女だからこそのものなのだろう。

「いやはや…避けるとはさすが」
「複雑骨折はしたくありませんからね」

一定の距離を取りながら微笑み合う二人。
何とも異様な光景だった。











「…ん?」

南方司令部内をルシアと共に歩いていたコウ。
不意にルシアが何かに反応するように鼻を持ち上げる。

「どうかしたか?」
「…エドワードが居るのか?」
「……………司令部内に?」
「あぁ」
「んー……あ、そうか。査定だな」

話しながらもコウは足を進めている。
彼女の手には南部戦線の資料があった。
それを大総統に届けなければならないのだ。

「ま、別にアイツが居ようと居まいと俺には関係ないけどな」
「………」
「ルシア?」
「ご愁傷様」

ルシアが呟くと同時に、司令部内に叫び声が響き渡った。
















「失礼します」
「コウ!」
「おー!エドワード!久しぶりだな」

どうにも居心地が悪かったのか、コウが部屋に入るとエドが嬉しそうな顔を見せた。
そんな彼に笑顔を返しながら、大総統に資料を手渡す。

「戦線の資料です」
「うむ。スフィリア大佐、そこの印を取ってくれないかね?」
「印…あぁ、ありがとうございます」

コウが視線を彷徨わせるのとほぼ同時に、部屋の中にいた軍人がコウに印を差し出す。
彼に一言お礼を言うと、彼女は大総統にそれを渡した。
手にしていたのはエドワードの査定の書類だろう。
それを軽く走り読みすると、大総統は印を押してサインを入れた。

「合格!」

あまりに簡単すぎる査定に、エドが静かに肩を落とす。
コウもそれには同感だったらしく、苦笑を浮かべながら肩を竦めるだけだった。
とは言え、彼女自身も似たような感じで査定を通っている為に何とも言えないのである。
しかも、彼女の場合はこうだ。

「おぉ、スフィリア大佐。奇遇だな。査定かね?」
「どうも、大総統。以前お声を掛けていただいたお蔭で何とか期限には間に合いました」

感謝します、と軽い調子で礼を述べるコウ。
付近500メートルに人が居ない事は、ルシアが確認済みだ。
彼はそんな事を気にした様子もなく、笑う。
そして、彼女の手にあったレポートを見た。

「レポートかね?」
「はい」
「ふむ…貸したまえ」
「あ、どうぞ」

手を差し出され、当たり前のようにそれを渡す。
彼は数枚に亘るそのレポートの冒頭部分を拾い読むと、徐にペンを取り出した。
そして、サラサラとレポートの頭に何やら書き込んでいく。

「後で読んでおこう」
「はぁ…。……………って!もう査定終わり!?」

一箇所も確認に出してないんだけど!と驚きの声を上げる。
あまりにも自然すぎて、うっかり流されるところだった。
しかも明らかに冒頭しか読んでいない。

「私のサイン一つでどうにでもなる」

悪びれた様子もなく笑顔でそう言った彼に、コウは肩を落とし、代わりに苦笑の形に口角を持ち上げる。







「あ、査定ありがとうございました」

そう言ってエドが部屋を出て行く。
数秒とおかずに、コウがドアノブに手をかけた。

「大総統。彼を玄関まで送ってきますね。意外とここは迷いやすいですから」

そう断りを入れて部屋を飛び出した。
彼の答えなどわかりきっている。

「エドワード!」
「コウ?」

部屋を出て暫くした所の曲がり角で、彼は立ち止まっていた。
少し早足になってエドに追いつくとコウは彼を玄関への道へと促がす。

「出口まで送ってやるよ。迷子になられても困るし」
「だ、誰が迷子になんか…っ!!」
「あれ?じゃあ、一人でちゃんと出られるか?結構ややこしいけど…」

そう言ってニヤリと口の端を持ち上げるコウ。
確信犯である。

「………くっ……お願いします」
「うん。人間素直に限るぜ!」

先程の笑みとは違って温かいそれを浮かべ、コウはエドの頭を軽くたたく。
そうして、玄関への道を歩んだ。

「今度は何処に行ってるんだ?」
「あぁ、師匠のとこ。ダブリスって言うんだけどさ」
「…ダブリス……ここから近いのか?」
「上りで二駅だな」
「近いな」

お互いに示し合わせたわけでもなく、のんびりと足を進める。
久々の再会ともあって話のネタも尽きない。

「その師匠ってさ…強いのか?」
「………多分、コウでも勝てない…な」

何やらエドの目が遠くを見つめている気がするのはこの際無視することにしよう。
その答えに僅かながら対抗心を抱くコウ。

「へぇ…一度手合わせ願いたいもんだな。それは」
「…やめといた方がいいと思うぜ」
「そうか?」

それなら尚更だな。とコウは笑う。
そんな彼女にエドは長い溜め息をついた。

「…戻れそうか?」
「……まだ…わかんねぇな」
「……そうか。頑張れ」
「あぁ。送ってくれてありがとうな。じゃ」

コウは玄関の扉にもたれたまま片手をあげた。

「誘拐されんなよ」
「誰がされるか!」








そうして彼は南方司令部を去っていった。
やがてその小さな背中が見えなくなると、コウはふぅと一息つく。
そして、後ろを見ずに口を開いた。

「お出かけですか?大総統閣下」

コウの声に釣られるように、ラフな服装の大総統が姿を現した。
その後ろには彼の荷物を持ったアームストロングも居る。

「うむ。有能な錬金術師の勧誘に出向こうと思ってな」
「……要するに、彼の後を追うんですね」
「話が早くて助かるよ、スフィリア大佐」
「お褒め預かり光栄です。で、私も一緒に?」
「もちろんだ」

その答えを聞き、コウはルシアを引き連れて司令部内に戻っていった。
程なくして自分の荷物を纏めた彼女が戻ってくる。
エドに遅れること数分、大総統一行は同じ汽車に乗り込んだのであった。

Rewrite 06.11.15