Another World 39
「大総統閣下より正式な異動命令が届きました」
大きめの封筒に収められたそれを取り、ティルが内容を読み上げる。
書類にペンを走らせていたコウがその手を止めた。
そして、口の端を上げて笑う。
「へぇ…じゃあ、さっさと近辺整理をしとかないとな」
サラサラとサインを終えると、腕を真上にあげて軽く身体を伸ばす。
そんな彼女から書類を受け取り、ティルがふと思ったことを口に出す。
「では、私の上司も変わるのですね。今までご苦労様でした。
大総統からの異動命令ですから…出世ととっても間違いありませんよね?」
「まぁ、出世か。一応は」
指で自分の短い髪の毛を遊ばせつつ、コウが答える。
やがて、ニヤリと笑ってティルの方を向いた。
「でも、上司は暫く変わらねぇよ?とりあえず、俺が軍を抜けるまでは、な」
「―――え?」
「ティル・ルシェリ中尉、俺の異動と共に中央へ」
見惚れるような笑みを浮かべて、コウがそう紡いだ。
一瞬は呆気に取られたティルだったが、告げられた内容を理解すると同じく微笑む。
そして右手を上げて敬礼の姿勢をとった。
「他の奴からの文句は全て俺に通せ。必要な書類があればそれの手配を。……いけるか?」
「はい」
「異動に関しては将軍の方へこの紙切れを提示してくれ。そうすれば許可が下りるだろう」
「お任せください」
そう答えると、ティルは部屋を出て行く。
立ち上がっていたコウは、彼女が出て行くと再び椅子に腰を下ろした。
一仕事終えた後のように息をつくと、机の上に乗ったままだった書類を蓋の閉じたペンで叩く。
「数名の部下よりも、たった一人――優秀な一人が居れば、それでいい。さて…ロイは何人連れてくるかな?」
楽しげに目を細めるコウ。
彼女の足元で伏せるようにして目を閉じていたルシアがゆっくりと視界を開く。
同時に、彼女の室内の電話がけたたましい音を響かせた。
ティルに走り書きのメモを残すと、コウはロイに呼ばれた部屋へと赴く。
すでにそこに揃っていた面々は彼女の姿を捉えるなり敬礼の姿勢をとる。
それを、手を上げる事で制するとコウはロイの隣に立った。
「何か用か?」
「用がないのに呼ぶと思うのかね?」
「まぁ、ロイならありえるかと思ってな。雑談はここまでにして…本題に移ってくれ」
「…彼らにはすでに話してあるが…」
その言葉に、ロイの指した“彼ら”が頷く。
この部屋に来た時点で…否、ロイからの電話を受け取った時点で、呼ばれた理由はわかっていた。
それを顔に出さないようにしてコウはロイの言葉を待つ。
「中央への異動が決まった」
「へぇ、そりゃおめでとうさん」
「…そこで、だ。コウ・スフィリア大佐。私と共に中央へ異動してもらう。付いて来い」
「嫌」
さも、当然のように。
コウが短く答えた。
室内を居心地の悪い沈黙が包む。
「…文句は」
「言わせてもらうぜ」
言葉すら最後まで言わせてもらえないロイが不満げに表情を歪める。
反面、コウは至極楽しげに目を細めた。
「同じ階級の者に命令は出来ないよな?マスタング大佐?」
「…将軍の許可は取ってある」
「あくまで“部下”の話だろう?こっちもそれの確認は取ってあるんでね」
「中央への異動が不服なのか?」
「いや、連れて行かれるって言うのが嫌なだけ」
本人達以外には口をはさむ事の出来ない会話だった。
ロイの部下…リザたちは沈黙して事の成り行きを見守る。
「我が儘だな…」
「待て待て。どっちが我が儘だ。勝手に連れて行こうとしているのはそっちだろうが…」
呆れたように溜め息をつくと、コウはポケットの中に仕舞ってあった紙切れを取り出す。
そんな物をポケットに入れるなと言う感じだが…とりあえず、それは置いておこう。
それをロイの机の上に載せて広げた。
「異動…命令…?」
それの見出しを読み取って、ロイが静かにそう紡ぐ。
それを聞いて満足そうに頷くコウ。
「そ。俺も一応中央に異動になってるからさ?向こうで縁があったらよろしく、って事で」
紙切れを持ち上げてニッと笑うコウに、ロイは深い溜め息を落とした。
「まったく…それならそうと早く言え…」
「いやー…真剣に眉を寄せるロイが面白くって」
ケラケラと笑ってそう言ったコウに、ロイはより一層肩を落とした。
クスクスと声を押し殺して笑う部下を横目に見て、コウは自分にも目的があったことを思い出す。
「この5人を連れて行くのか?」
「あぁ。よくわかっているな」
「この部屋に呼ばれてるんだ。それくらいはわかる」
「君も誰か連れて行くのか?」
「ルシェリ中尉を。彼女は優秀な部下だからな」
「彼女か…。将軍には?」
「今頃俺の書類が届いてるだろう。嫌でも連れて行くさ」
「なるほどな。それでこそ君らしい。あぁ、お前達はもう仕事に戻ってくれ。来週には異動だ。準備は怠るな」
ロイの言葉に敬礼を返すと、部下は一人、また一人と部屋を出て行った。
部屋の中に残ったのはロイとコウのみ。
「皮肉なもんだよな。こんな紙切れ一枚が人の人生を左右するんだぜ?」
コウが異動の旨を書いた紙を持ち上げて苦笑を浮かべる。
その言葉に、ロイが頷いた。
そして、コウは真剣な表情で彼に向き直る。
「さて、人払いをするような内容の話か?」
「…そこまで頭の回転が早いと可愛げがないな」
「褒め言葉をどーも。可愛くないのは生まれつきな物でね」
軽口を叩くコウだが、すぐに話を戻す。
「ヒューズの事だ」
「何かわかったのか?」
「大佐以上の地位…軍上層部が絡んでいると見て間違いないだろうな…」
「軍上層部、ね…」
「関係しているのはエルリック兄弟の探し物―――賢者の石」
鋭い眼を見せるロイに、コウは心の中で悲しげに微笑んだ。
「君は、どうする?」
「……出来る範囲で、協力するよ」
そう、“出来る範囲”で。
彼が深みに入り込みすぎない、ギリギリのラインで。
Rewrite 06.11.11