Another World  34

「ハッピーバースデイ。リトル・レディ」

両手で抱えなければならないほどの花束。
まだ幼い自分にとっては、それは酷く大きく見えた。
差し出してくれた人の笑顔が嬉しくて、渡された花束が嬉しくて。
自然と手の中の満開の花のような笑顔を浮かべていた。





日も暮れ、時は闇が町を支配する時間。
そう遅くは無いけれど、パーティはすでに始まっている程度の時間だ。

「ハッピーバースデイ。リトル・レディ」

そう言って、コウはエリシアに合わせて小さく作ってもらったブーケを彼女に差し出した。
これは昼にもエドの見舞いの一件でお世話になった花屋の店主が用意してくれたものだ。
可愛らしく、と言うコウの要望に忠実に従った集大成と呼べるものが、そこにあった。

「ありがとう、コウ兄ちゃん!」
『ありがとう、ティル!』

幼き日の自分の声がリフレインする。
コウは、あの日の自分もこんな笑顔だったのだろうかとどこか懐かしむように目を細めた。
そして、喜ぶエリシアの小さな手を取って、その掌よりも少しばかり大きめの四角い箱をちょこんと乗せる。
黄色のリボンで可愛らしく包装されたそれとコウとを交互に見つめる彼女の頭を撫でた。

「それ、俺からのプレゼントな」
「お花は?」
「そっちもプレゼント」

大事にな、と笑いかけてやれば、彼女は元気に頷いて家の中へと駆けて行く。
その背中を見守っていたコウの耳に、スリッパの足音が聞こえてきた。
どうやらその音の主は2階から降りてきたらしい。

「コウ、来てくれたんだな」
「仕事が思ったよりも長引いて…遅くなりました」
「いや、来てくれただけでも感謝してる」

そう言うとヒューズはすっと身を引いてコウの進路を空ける。
お邪魔します、と一声掛け、家の中へと上がらせてもらった。

「飯はどうした?」
「軽く摘んだ程度です」
「なら、しっかり食ってけ。グレイシアが腕を揮ってたからな」
「それは楽しみですね。グレイシアさんの手料理は絶品ですから」

彼と並んでリビングへと歩きながら、そんな他愛ない言葉を交わす。
ヒューズの自慢話に飽きた様子を微塵も見せないコウは、彼にとって好印象ばかりを与えてくれた。
何より、コウ自身が本心からその話を楽しんでいる事が一番の理由なのだろう。

「あ、エリシアのプレゼントは彼女に渡しましたよ。多分、グレイシアさんに見せに行ったんだと思います」
「あぁ、悪かったな。わざわざ用意させて」
「こんな時くらい用意させてくださいよ。お返しは喜ぶエリシアの笑顔で十分です」

そう言って少し持ち上げてみれば、ヒューズは蕩ける様な表情で「だろ!?」と盛り上がる。
どこから取り出したのか、エリシアの写真まで持ち出してコウの肩を組んだ。

「これは俺の秘蔵写真だ。まだ誰も見たことがない貴重品なんだぜ?」
「へぇ…」

それは光栄、と彼の手から写真を受け取る。
全部で合計5枚の写真には、全てエリシアが写っていた。
どれも彼が「秘蔵」と言うだけの事はある。
彼女の可愛らしさが一枚の中に詰め込まれているような品々だった。

「あら、まだこんな所に居たの?」

二人して廊下で足を止める事数分。
話ばかりをしている所為か、殆ど進んでいなかった。
エリシアの話によればすでに来ているはずの客人が、一向に姿を見せないことを不思議に思ったグレイシアが姿を見せる。

「あ、お邪魔してます。それと、おめでとうございます」
「ありがとう。こんな所でコウさんの足を止めてたらエリシアが拗ねるわ」

早く入って、と彼女の背中を押すグレイシア。
流石母親と言うか何と言うか…躊躇いや遠慮が無い。
20歳を超えるコウですら子ども扱いだ。
コウは「はい」と答えてヒューズに写真を返す。
ありがとうございました、と言うお礼と共に写真を賞賛する声も忘れずに。

「エリシアが喜んでいたわ。プレゼントありがとう」
「いえ、喜んでもらえて嬉しいです。妹居ないからどんな物を贈ったらいいのか分からなかったんですけど…」
「そうそう。エドワードくんのお友達の女の子も来てくれてるのよ。ウィンリィちゃんって言うんだけど」
「…ウィンリィが?」

きょとんと目を瞬かせたコウに、グレイシアは知り合いだったのねと言葉を発する。
今日知り合ったばかりなのだと説明する彼女を、ウィンリィの元まで案内した。
リビングを横切る際に、他の客に頭を下げておく事も忘れない。

「ウィンリィ」
「え?あ、コウさん!」
「数時間ぶりだな」

エリシアを膝の上に乗せて椅子に腰掛けていたウィンリィ。
彼女は首だけを振り向かせてコウを視界に捕らえた。
軽く片腕を上げて笑いかけられれば、彼女の頬に朱が走る。
同姓だとわかっていても、格好良いものは格好良い。

「お兄ちゃん!」

ウィンリィの膝の上から両手を伸ばしてくるエリシア。
コウはクスクスと笑うと、彼女の脇に手を通してその身体を抱き上げる。
ひょいと腕に乗せれば、目線が高くなったことに彼女は破顔した。
隣でグレイシアが微笑ましそうに目を細める。

「グレイシア。コウにも何か用意してやってくれるか?まだ夕飯は食ってないらしい」
「ええ、わかったわ」

すでにリビングで接客に入っていたヒューズが、思い出したように彼女にそう声を掛けた。
二つ返事でそれを了承すると、彼女はドリンク類を置いてある場所まで歩いていく。
ヒューズが用意してくれた椅子に腰掛け、先程のウィンリィのようにエリシアを膝の上に乗せた。

「コウさんって子供の扱いに慣れてるんですね」
「そう見えるか?」
「はい!」

元気に答えるウィンリィに、コウは苦笑を浮かべる。
その時、エリシアの友達が彼女を誘いに来た。
思わずコウを見上げた彼女に、コウはその頭を撫でて床に下ろしてやる。
行っておいでと声を掛ければ彼女は友達と共に走っていった。

「俺、元々は子供苦手だったんだ。ほら、怪我させたら怖いだろ?」
「あぁ、それは分かります」
「だから出来るだけ距離を置くようにしてたんだけどな…。慣れたのは軍に入ってからだ」

丁度ドリンクを用意してくれたグレイシアに軽く頭を下げる。
彼女はウィンリィとの話中だと悟ったのか、ゆっくりしていってと言葉を残して離れていった。

「一番初めの仕事は、軍が管理する孤児院訪問だったよ」
「孤児院…ですか」
「そ。孤児院。周り全部子供の状態で一週間過ごせば、嫌でも慣れたよ」

その時の事を思い出しているのだろう。
コウはその表情に苦笑を浮かべた。
本当に、あの時は大変だった…そんな風に懐かしむ。

「あ、の…一つ、聞いてもいいですか?」
「ん?」

グレイシアの料理を口に運びながら、コウはウィンリィの方を向いた。
どうぞ、と目で促すが、彼女は何度も躊躇うように口を閉じたり開いたりする。

「何で…女性だって事、隠してるんですか?」
「…」
「あ、別に言いたくなかったらいいんです。ただ、少し気になっただけだから…」

声を潜めたのは、コウが性別を隠していると悟ったからだろうか。
ウィンリィは沈黙したコウを前に、慌てたようにそう取り繕った。

「…俺が俺である為…かな」
「コウさんが、コウさんである為…?」
「結構複雑な家庭環境でね。ま、そこから先は本当につまらない話だから、聞かない方がいいよ」
「…わかりました」

語外に聞いて欲しくないというそれを感じ取ったのだろうか。
ウィンリィは実にあっさりと頷いた。
そんな彼女に、コウは微笑む。

「隠してるわけじゃないんだよ、ウィンリィ。ただ―――」
「“ただ”?」
「言ってなかったら相手が勝手にどんどん誤解していっただけ。こんなナリで一人称もこれじゃ、仕方ねぇけどな」

そう言って悪戯めいた笑みを零す。
一瞬きょとんとしたウィンリィだが、彼女に釣られるように笑い出した。

「…私もエドに言われなかったら、きっとわかりませんでした」
「だろ?」

Rewrite 06.10.17