Another World  31

コウの家に屯する闇の集団。
集団と言っても人数にすれば四人だ。
その内一名は食に意識が向いていて、話し合いに参加する事はない。

「結局、マルコーの研究書は坊やの手に渡っちゃったのね」

ラストがルージュの乗った唇を動かしてそういった。
彼女の視線を真っ向から受けるコウは軽く視線を逸らす。

「そう言う事になる…な」
「…コウ?」
「…悪い」

子供を叱る親のように、ラストがコウに鋭い視線を送ってくる。
珍しく怒っているラストに、コウは冷や汗を流しつつ謝った。

「はぁ…過ぎた事を言っても仕方ないわね」
「おばはん、さっさと第五研究所を片付けた方がいいんじゃないの?」
「そうね…」
「おチビさんなら気づくよ。あそこで行われていた研究に」
「ああ。まだ解読方法はわかってないみたいだけど…。アイツならやっちまうだろうな」

小まめにエドの所へ通っているコウがそう言った。
それに、ラストとエンヴィーが頷く。

「コウは出来るだけおチビさんが解読し終えるのを邪魔して。まぁ、いずれは解読するだろうけどね」
「…ま、やってみるよ」
「ああ、それから。コウは第五研究所の時は留守番よ」
「は?何で?」

前々から研究所を破壊すると聞かされていただけに、着いていくものだと思い込んでいた。
しかし、彼女が告げたのはそれとは全く逆の事。
思わず間の抜けた返事を上げるコウに対し、ラストは溜め息混じりに答える。

「あなたの顔が知れたら色々と不便でしょう?」
「特におチビさんとかに知られると余計にね」
「ああ、なるほど」

確かに、と頷く。
軍の内部情報を持ち出すには、やはり正体を明かさない方が得策だと言えるだろう。

「あー…折角憂さ晴らし出来ると思ったのになぁ」

背もたれに凭れ、天井を仰ぐ。
天井のクロスを眺めながら、残念そうに溜め息を吐いた。
最近これと言った出来事も無く、単調な仕事ばかりをこなしていたコウ。
その溜まった鬱憤を、今度の研究所破壊の時に晴らそうと密かに心待ちにしていたのだ。
急に出来ないと聞かされれば溜め息もつきたくなる。
だが、彼らの言う事も尤もなのでそれ以上ごねるつもりは無かった。













不意に、リビングの扉が開き、コウの傍にルシアが近づいてきた。

「コウ。ちょっといいか」
「いいぞ。お二人さん俺抜けるわ」

そう声をかけると、コウはルシアに従って部屋から廊下へと出る。
廊下へ出るなり、ルシアはドアを固く閉じた。
一ミリの隙間も許さないとばかりにしっかり扉を閉ざす彼に、コウは話の重要性を認識する。

「で、どうしたんだ?動きがあったか?」

コウはルシアにエドたちの様子を見てくるように頼んでいた。
今日で研究書の解読を始めて7日目。

「おそらく、解読の糸口が見つかれば即行で全部解けると思う」
「ああ、解読の方法自体は徐々にわかってきているみたいだ。それから、今日はあごひげの軍人が来ていた」
「あごひげ…ヒューズか」
「あ、そうだ。そいつ。そいつがシェスカを軍法会議所に連れ帰った」
「へぇー…就職先が見つかってよかったな」

コウが嬉しそうに言った。

「ただ…ちょっと気になってな…そのヒューズ中佐の後をついてったんだが…」

そう言って、ルシアが言葉を濁す。
はっきりとモノを言うルシアにしては珍しい事で、コウはその顔から笑みを消した。

「どうした?」
「……何か勘ぐってるかもしれないな」
「………そうか」
「詳しくは俺もわからん。けど……あんまり知りすぎるとあの人やばいんじゃないのか?」
「…ああ。動きにくくなったら、即行消されるだろうな」

壁にもたれて、コウは天井を見やる。
ヒューズが何に気づくのかまでは知らない。
だが、気づいた何かがエンヴィーたちにとって好ましくない事であるのは確か。
その為に、彼が殺される。
その未来を、コウは知っている。
軽く目を閉じると、静かに言った。

「ルシア、未来を変えるのは罪だと思うか?」

コウにしては弱気な発言と取れよう。
しかし、それほどまでにコウの心は揺れていた。

「…エドワードが研究書を手にするのを知ってたんだろう?」
「ああ、それが俺の知っていた未来だった。だから……未来を変えない為に彼らを止めなかった」
「止めるつもりならシェスカを殺せばよかったんだ。ま、そんな事をするのはコウらしくないが」

そう言うと、ルシアは狼の姿に戻る。
本当は、研究書を彼らが諦めてくれる事を望んだ。
だがコウの思いも空しく、彼らはそれを手にした。
そして、次はその真実を掴む。
それが――――――ヒューズの死に繋がると知らずに。

「全て繋がってる。彼らの行動も、エンヴィーたちの行動も」

どれか一つを切れば、その全てが変わるだろう。
そうする事で、ありえない未来が訪れるかもしれない。

「出来ない」

手で、顔を覆った。
シャランッと綺麗な音が廊下に響く。

「何で俺はここにいるんだよ…」
「コウ…」
「全てを変える勇気すらなく、受け止める強さもない」

ここに存在する意味がわからない。
コウがそう呟いた。

「ちくしょう…ヒューズが…あの人に似てなきゃよかった…」

壁伝いに床にしゃがみ込むと、彼女は胸元から草臥れた手帳を取り出した。
皮製の表紙を一枚捲れば、そこに現れたのは四隅の擦り切れた古い写真。
映っているのは二人。
今よりも幼いコウと、今のコウよりも更に5つほど年上の男性だ。
口に煙草を咥えたままの状態で笑うその人。
顔は似ていなくても、その男性の持つ雰囲気がどこかヒューズを思い出させる。
コウからすれば、ヒューズがその男性の存在を思い出させるのだが。

「…あんたに可愛がってもらった日が懐かしいよ、ティルさん」

彼と腕を組み、満面の笑顔を浮かべている自分。
あの頃は、まだ世界の闇の部分など知らずに、毎日が楽しくて仕方が無かった。
自分は強いのだと偽る必要も無かった幼い自分の髪は茶色。
それが、本来のコウの髪色だ。

「それは?」

不意に、沈黙していたルシアが問いかける。
しゃがんだままの姿勢から彼を見上げ、彼が見やすいようにと少し手帳を傾けた。

「ティル・スフィリア。俺の、世界で一番大事な人」
「ティル?ルシェリ中尉と同じ名前か」
「…そういやそうだな。ティルさんが中尉と一緒の名前だとは意識した事ないから初めて気付いた」
「その手帳の持ち主か?」

ルシアの問いかけにコウは頷く。
そして、それ以上人目に触れる事を拒むかのように手帳を大切に胸元へと仕舞いこんだ。

「………恋人か?」
「そんな関係じゃねぇよ」

そう答えると、この話は終わりだとばかりにコウは立ち上がる。
そして、リビングに戻る事無く自室へと向かった。




「…知っていたの?」
「手帳と指輪を大事にしてる事は知ってたよ。名前を聞いたのは…今回が初めてだね」
「ふぅん…色々と抱えてるみたいね、あの子は」

壁一枚向こうで、ラストとエンヴィーがそんな言葉を交わしていたことをコウは知らない。

Rewrite 06.10.06