Another World 30
地図を持っていることを確認させ、車を動かす。
順調に進むこと十数分、ここからは覚えていないとコウはミラー越しにエドを振り向いた。
「次はどっちだ?」
「あ、ああ。次は…」
突然の声にエドは慌てて地図を広げる。
そして窓の外に見える風景の中から目印となるものを探す。
「…今の角右!!」
目印を見つけたときにはすでにそれは車の横まで迫っていた。
思わずそう声を上げるも、スピードすら落とす余裕もなくそれを通り過ぎてしまう。
「車は急には曲がれねぇんだよ、エド」
思わぬナビにコウは声を低くしてそう言った。
幸い、セントラルは脇道も多いから戻ろうと思えば戻れるだろう。
Uターンするよりはと、コウは迂回路を求めて前方不注意にならない程度に視線を左右に振る。
一方、呆れるアルの声を聞きながら、エドも迂回路を探した。
地図の上に白い手袋で包まれた指を滑らせて行く。
「………あった!次を左に右折!」
「…エド、それは無理だ」
人には得手不得手と言うものがある。
色々と遠回りはしたが、無事にシェスカの家にたどり着いた。
先に到着していたらしいロスとブロッシュは、彼らが到着するなり車の方へと飛んでくる。
「ご無事ですね!?」
「あまりにも遅かったので心配しました!」
「あー…悪い。ちょっと遠回りしちまったらしいな」
酷く慌てた様子で駆け寄ってくる彼らを見て、コウは軽く手を上げて笑う。
後ろでは、あれから何度も失態を犯してしまったエドがアルに慰められていた。
…半ば呆れられているようにも感じるが、きっと気のせいだ。
「とりあえず中に入ろう。シェスカは在宅してるか?」
「いえ、それが応答は無いようです。明かりはついているので家の中には居ると思いますが…」
もう一度、と玄関のドアの方へと向かうブロッシュと、コウの質問に答えるロス。
恐らく先についてしまって出来た時間で何度もドアを叩いているのだろう。
「…万が一、と言う事もある。玄関が開いてたら入れ」
「しかし…スフィリア大佐」
「責任は俺が取る」
「…承知しました。ブロッシュ軍曹!ドアの鍵を確認して」
ピッと敬礼した後、彼女はくるりと踵を返してブロッシュの方へと走る。
彼は「いいんですか?」と声を上げて彼女を見た。
コウの位置からでは何を話しているのか分からないが、恐らく先程彼女が答えた内容の事を話しているのだろう。
彼の視線がコウの方へと向き、彼女が頷けば了解ですとばかりに手を額に添えた。
そして背中にあるドアのノブに手を伸ばす。
「鍵は掛かっていません」
「入れ。行くぞ、エド、アル」
歩き出す前に二人を振り返って声を掛け、コウもロスたちを追った。
何かあってはいけないと、少しばかり警戒の色を濃くして家の中に足を踏み入れる軍人二名。
その後に続くようにコウ、エド、アルが室内に入った。
コウに寄り添うように歩くルシアがピクリと鼻を鳴らす。
家の中に一歩入れば…いや、一歩はいらずとも、ドアを開けば飛び込んでくるのは本の山。
山、などと言っても数えられる程度と言うのが普通なのだが、この家の中では違う。
本当に本が山のように積まれているのだ。
本棚から飛び出したそれが足元や別の棚の上まで占領している光景は圧巻。
「凄いな…。絶版になってる本まである」
今爪先で蹴飛ばしてしまった本を拾い上げれば、それはすでに絶版になっていたものだ。
コウが以前欲しいと思ったものが、その事実を知るなり諦めたもの。
こんな所に転がしておくくらいなら是非読ませて欲しいものだ、とコウは苦笑した。
「奥の本棚の向こうに人間が居る」
エドたちとは距離がある所為か、ルシアが小さくそう言った。
普段は犬らしく沈黙していろと言うコウだが、今回ばかりは話が別。
記憶の中から、エドとシェスカが初めて会うシーンを思い出そうとしていた彼女はルシアの言葉にハッとする。
「エ、エド!その本棚の奥だ!」
珍しく焦った様子のコウの声に押され、エドたちは落ちている本を踏まないように床を蹴った。
その振動で脇に積んであったコウの腰ほどの山がバサバサと崩れる。
「兄さん、人っ!!人が埋まってる!!」
「筋書き通りか…」
人が本に埋まるなど、漫画でなければありえないと思っていたが…。
こうして現実のものとして受けとめる日が来るとは思わなかった。
見たいような、見たくないような。
未知との遭遇のように、自分の足は迷う。
だが、それでもコウの足は確実に進んでいた。
本から人を掘り起こしているであろう彼らの焦った声は、もうすぐそこだ。
「その本に興味があるんですか?」
大体の話を終えると、エドは家の中の本を見せてくれと頼む。
無論、本の虫である彼女シェスカが読みたいと言う者を拒むはずが無い。
人体錬成に関する文献を探すエドとアル、そして彼らを護衛するロスとブロッシュ。
少年らをここに連れてくると言う以外の目的を持たないコウは別行動を取っていた。
そうして、先程の絶版になっている本を開く。
そんな時に、後ろからシェスカの声が掛かったのだ。
「ああ。少しね」
数センチはあろうかと言う分厚い本。
それを閉じればバフンと篭った音が響く。
「何なら、もって帰ってもらっても構いませんよ」
「…これ、結構値が張ると思うけど…?」
「読んでくれる方の所にあった方がいいはずですから。それに、私は全部覚えてしまっていますし…」
そう言いながらシェスカはコウが置こうとしていた本を彼女の胸元へと寄せる。
コウはそれを押し付けられて、半ば無理やりに思わず受け取る。
だが、すぐに柔らかい微笑を浮かべた。
「じゃあ、もらってくよ。ありがとう」
「いえ。それにしても…空間移動に興味があるんですか?難しいって言って中々そんな人に巡り会えませんけど…」
「ああ。空間移動の文献には興味を惹かれてな。うちにも結構あるよ」
「そうなんですか!なら、こっちの山は全部そう言った物を纏めてありますよ!」
本の中身について語り合える人間に出会ったことが嬉しいのだろう。
シェスカはパッと顔を輝かせて自分の影に隠れていた山を指した。
冊数にして数十。
高さにして彼女の腰ほどのもの三つ。
まさかそんなにあるとは思って居なかったのか、コウは軽く目を見開いた。
「これも、全部差し上げます!」
「いや、こんなに貰うわけにいかないって」
「読んでもらえる方が嬉しいですから!車でお越しなんですよね?じゃあ、全部積めますから大丈夫です」
「そう言う事じゃなくて…人の話聞かねぇのな、あんた」
早速運びましょう、と本を数冊持ち上げる彼女に、それ以上止めるのは無理だと判断した。
深く溜め息を零すと、彼女の腕からその本を取り上げる。
驚いたように自分を見上げる彼女に笑いかけた。
「俺が運ぶよ。代わりと言っちゃなんだが、エドたちの作業に入ってやってくれないか?」
「でも…結構な量ですし…」
「これでも鍛えてる人間だから大丈夫」
そう言うとコウは、それ以上は聞かないと言う姿勢の現れのようにくるりと背を向ける。
自分も一度は本の山に手を伸ばそうとするが、彼女の意見を聞き入れようとそれを引っ込める。
そして、好きなだけ持っていってくださいと言うと作業台の方へと歩き出した。
Rewrite 06.10.04