Another World  29

仕事を午前中に終わらせると、コウは意気揚々と廊下を進んでいた。
すると、前方に見慣れた人物。

「ああ、コウ。休憩か?」
「いや、仕事終わり。このあと中央の方へ行くんだ」
「…今日は軍議があっただろう」
「あー…そうだっけ?」
「…全く君は…」

額に手を当てて、呆れたように溜め息を吐くロイ。
一方コウはと言うと、本気で忘れていたらしく、ヘラリとした表情で笑って見せた。

「兎に角…この間の中央図書館の件も含めての軍議だ。出席しないわけにはいかないだろう」
「……折角エドワードが帰って来てんのになー…」
「鋼のが?帰郷していたのではなかったのか?」
「だから、機械鎧を直して帰ってきたらしい」

エドの名前を出すと、ロイの方も少なからず反応を見せた。
彼女がニッと口角を持ち上げた事など、彼が知る由もない。

「あいつらの様子は俺に任せろ。っつーわけで、軍議の方よろしく」

ポンッとロイの肩をたたくと、コウは笑顔で走り去った。
あまりの速さに呆気に取られていたロイだったが、ハッと我に返る。
だが、時すでに遅く、その場に残るのは彼女の背中を見送った残像のみ。
ロイは溜め息と共に、今日の軍議の事で痛む額に手をやった。

「まったく…。この貸しは高いぞ、コウ」

そう呟いて、リザのお小言が飛んでくる前に、と自室へと足を動かす。















「この時間だと、汽車は着いてるな。確か休まずに図書館行きだったから…」

ぶつぶつと呟きながらハンドルを切る。
街中を歩いている時にそんな事をすれば怪しい人間のようにも思うが、ここは車内と言う一つの個室だ。
彼女を止める必要などどこにもないし、彼女自身が遠慮する必要がないのもまた然り。
唯一それを聞いていたルシアも、彼女の呟きには慣れている様子だ。

「………第一分館に行ってみるか」

そうして、コウは第一分館の方へと歩む。






「あ、発見」

金髪に赤いコートは結構目立つ。
すぐにその姿を捉え、ルシアを連れ立って近くに寄って行った。
近づくにつれて見えてきた第一分館に、コウは思わず足を止める。

「うわー…結構酷いな…」

あの後はすぐに引き上げたために、コウは全焼した建物を見ていなかった。
初めて見るそれは想像以上に酷い。

「うーん…火加減をミスったか…」

もっとも、中の蔵書まで燃やさなければならなかったのだからかなりの火力は要ったのだが。
ゆっくりと足を進め、エドのすぐ後ろまで行った。

「想像以上だな」

後ろに近づいていたコウに気づいていなかったエドとアルは、ビクリと身体を震わせた。
軽く目を回すのでは、と言うくらいに素晴らしいスピードで彼らは振り向く。
ついでに、傍らに居た軍人2人も彼女の方を向いた。
その表情はと言えば、コウの接近に気付いていなかった自分を責めるようなもの。

「コウ!?」

流石は兄弟。
アルの声が少しばかり篭っていることを除き、綺麗に重なった。

「よ、お二人さん久しぶり。スカーに派手にやられたらしいな。大丈夫か?」
「あ、ああ…もう機械鎧もアルも元通りだ」
「そっか。よかったな」

黒いコートを着込んだコウ。
ポケットに両手を突っ込むと、第一分館であったそれを見上げた。

「何か探し物か?」
「あ、はい…。ティム・マルコーさんの研究資料なんですけど…」
「ここにあったのか?それ」
「あ、そうか!まだそれの確認してねぇ!」

コウの言葉に、思い出したように手を叩くエド。
思い立ったが吉日、とばかりに本館の受付へと走る。
そんな彼らの背中をゆっくりと追いながら、コウは溜め息をついた。

「(ここにあったよ。俺が確認したからな。)」

心の中でそう呟きながら、本館内に入っていった。















本館の受付で確認してもらったが、結果は兄弟にとって芳しくなかった。
だが、そこで一人の女性の名前が挙がる。

「詳しいって言うか…あれは文字通り「本の虫」ね」

その『本の虫』は、名をシェスカといった。

「…やっぱり行き着くか」

ポツリと呟いた声は、普通の人間には聞こえない程度の音量だ。
ルシアがそれに反応してコウを見上げるが、人前と言う事を考慮してか沈黙のままに視線を外す。

「コウ。その人の家に行ってみるけど、コウはどうするんだ?」
「ああ、俺も行くよ。乗せてってやろうか?」
「マジ!?んじゃ、遠慮なく頼む!」

コウの車、乗り心地いいんだよな!
そう言って、途端に嬉しそうな顔をするエドに、コウは笑みを浮かべた。

「じゃ、車まわして来るから…前で待ってろよ」
「了解!」
「ありがとうございます、コウさん」
「気にすんな」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」

とんとん拍子に進んでいた話を止める一人の軍人。
今引き止めなければ、コウはすぐにでも車に戻ってしまっていただろう。
それが証拠に、彼女は首だけを振り向かせた状態で足を一歩前に出して立ち止まっている。
そして、不自然な身体の体勢を楽なそれに変えると、引き止めた人物に軽く眉を寄せた。

「…誰?」
「ああ、ロス少尉。俺たちの護衛に当たってくれてるんだけど…」

エドに聞くと、そんな答えが返ってきた。
ロスの方はと言うと…エドたちを無断で連れて行こうとするコウに不信感を抱いているらしい。
その視線は好意的なものとは程遠い。

「ロス少尉…ね」

少尉、と言う事はコウよりは階級が低い。
彼女の場合は階級など気にしないから問題ないが、この態度は他の上官ならば減給になっても不思議ではない。
気づいていないのは…コウが軍服を着ない所為だろう。
コウは人の良い笑みを浮かべ、ロスに向き直った。

「初めまして、ロス少尉。この子達は俺が責任を持ってシェスカの家に連れて行きます。本人も喜んでいるようですし」
「こ、困ります!彼らは先日傷の男に狙われたばかりで…。彼女の家には私達がお連れします!」
「あー…ロス少尉?」

一般人に任せられるか、とばかりに首を振るロス。
後ろではもう一人の軍人が胸を張って頷いている。
餅は餅屋、一般人は引っ込んで居ろとでも言いたいのだろうか。
コウが苦笑する前に、控えめに声を発したのはエドだ。
無論、彼は階級としては少佐相当で、上官であるその声を蔑ろには出来ない。
ロスはいくらか表情を穏やかにしてエドを振り向いた。

「何です?鋼の錬金術師殿」
「わかんねぇかも知れないけど…コイツ、軍人」
「ちなみに大佐なんですけど…」

控えめに、エドとアルが事実を告げた。
コウの今の格好はと言えば、上下を黒に揃え、少し茶色がかったサングラス。
街中を歩けば男前だと視線は集めても、軍人だと思う人間は一握りも居ないだろう。

「あ、あの………お名前を伺っても…?」
「失礼、名乗るのが遅れたか。この子たちが言うように、東方司令部所属のコウ・スフィリア。階級は大佐。
あと…二つ名は“天操”。以後お見知りおきを」

サングラスを胸元に提げながら、コウはいつでも持ち歩いている銀時計を取り出した。
身分証明の代わりとしては十分だ。

「「スフィリア大佐ですか!?」」

どうやらコウのファミリーネームにはかなり聞き覚えがあるらしい。
それを聞いて、二人の表情がより一層青くなった。
むしろ、紙に近い。

「じ、上官とは露知らず!とんだご無礼をいたしましたっ!!」

ビシッと敬礼する二人に、コウはのほほんと笑顔を返す。
二人の反応に満足したらしく、その表情は実に楽しげだ。

「気にすんなって。軍服着てない俺も悪い。んで、お二人さん自己紹介よろしく」
「は!マリア・ロスと申します!階級は少尉であります!」
「デニー・ブロッシュと申します!階級は軍曹です!」

これ以上の粗相は出来ないとばかりに、今一度自分達を戒めるように姿勢を正す。
そんな二人にコウは心中で苦笑すると同時に、階級社会の面倒さを垣間見た。

「俺の方が年下だからさ。そんな改まってくれなくていいんだけど…」
「そう言うわけには行きません!」
「…そう言うもんか?ま、いいや。ところで、シェスカの家までの護衛は俺が勤めるが…問題ないな?」
「はい。私達もスフィリア大佐に続いてお供します」
「了解。エドワードにアルフォンス、前で待ってろ」





歩き出せば、ルシアが物言いたげに自分を見上げてくるのに気付く。
コウは視線を返す事無くそのまま口を開いた。

「どうした?」
「いや…不本意そうだと思っただけだ」
「…まぁ、当たらずとも遠からず…だな」

少しだけ悩んで、そう返す。
エドたちを連れて行くことが不本意だと言うならば、それは確かにYesだ。
しかし、記憶の通りに進んでいる事に安堵する自分が居る事も、また確かである。
どちらとも答える事のできない心のうちの葛藤がルシアに気付かれる要因となったのだろう。

「まぁ、見えないところで進まれるよりはいいさ」

見えるところで話が進めば、間違った道に進もうとした時に自分で修正できるかもしれない。
未来を修正するなど、口に出せば大掛かりな事のように思うし、実際にそうだろう。
だが、それでもあるはずの無い道に進んでいってしまうよりはと思う。

「…そろそろ…覚悟決めねぇとな…」

もう少しだけ先の未来。
出来るなら避けたいけれど…恐らく、その時が来れば自分は止めようとはしないのだろう。
冷たいかもしれないが、それが自分…コウと言う人間だ。

「…コウ…」
「お前がそんな顔する必要はねぇって」

見上げるルシアの頭を撫で、コウは自分の車へと乗り込んだ。

Rewrite 06.09.30