Another World  28

―― ジリリリッ ――

目覚ましがうるさく鳴り響き、コウはベッドの中から手だけを伸ばしてその音を止める。
バンと勢いよく叩いた所為で目覚ましは秒針の音すら聞こえなくなった。
毎朝似たような状況になるために、この家の住人でそれを気にする者は居ない。
壊れれば直せばいいだけの事、そんな考えが定着している。
―――錬金術師とは何と便利なものだろうか。

「んー……眠…」

昨日の夜が遅かった所為か、今一寝起きがよろしくないらしい。
再びシーツに身体を埋もれさせようともぞもぞと動く。
と、狭い視界の中に流れる黒いモノに目が行った。

「ルシア…勝手に人型に戻んなっつってんだろーが…」

自分の背中の方から流れている黒髪を持ち上げて、コウがそう言った。
人型のときは、狼の時の体毛が全て髪の毛になっているのだろうかと、まだ覚めぬ思考で考える。

「戻ってないぞ」

ベッドの下から顔を出したルシアに、コウは「は…?」と目を開いた。
ようやく頭も起きたようだ。
黒髪の持ち主を見るべく身体を動かそうとする。
だが、腰にまわった腕の所為で上手く動けない。

「……………ルシア、一応聞くが……。俺の背中占領してんの誰?」
「……俺の目が悪くなければ、エンヴィーだな」

床に座った状態でルシアがそう伝えた。
コウの現在の状況は……要するにエンヴィーが抱き枕にしている状態。
しかも本人はぐっすり夢の中である。

「……起こしてくれ。仕事に遅れる」

呆れたように溜め息をつきながらコウが言う。
ルシアは身体を起こすとベッドの反対側に回って…エンヴィーの服を咥えて一気に引き摺り下ろした。

「痛っ!………ルシア?」

本人ご起床。
解放されたコウはシーツから身体を起こし、床に落ちているエンヴィーを見た。

「おはよう。何で人の部屋に勝手に入ってるわけ?」
「あー…コウ、おはよ。いいじゃん、久しぶりだったんだから」

落ちた時に打ったであろう頭を軽く押さえながら、エンヴィーが言う。
思惑通りに事が進んで、ルシアはご満悦のご様子。
嬉しそうに尻尾を振っている。

「帰ってくるのって第五研究所を壊す時じゃなかったのかよ」
「ん?そうだけど……リオールの方は終わったし」
「ああ、お疲れさん」

コウは伸びをしながらそう言うと、洗面所に向かうべく階下へと歩いていった。
前に大総統のやりとりにあったように、彼女は一軒家に一人暮らしである。
国家錬金術師である上に、コウは軍人。
しかも大佐と言う階級についているために、一軒家購入後も金には困らない。
郊外に立つその家の付近に目立った家は無い。
人の目が少ないと言う事は、夜遊びに徹していても不自然な時間に出かけても妙な噂が付きまとわないと言う事だ。
初めこそ大総統が勝手に決めてきた家だが、予想外の住み心地のよさに今となっては感謝すらしている。
















「結構久しぶりだな、エンヴィーがこの家に帰ってくるのって」

二人分の朝食をテーブルに並べるコウ。
短くなった赤髪が、リビングの窓から差し込む光にその色合いを優しくする。

「リオールの方で思ったより時間がかかったからね」
「無事解決?」
「一応はね」

椅子を引いて、エンヴィーの向かいに腰をおろす。
コウの足元ではルシアが朝食を食べていた。
ちなみにドッグフードではない。
アレは味が不味い、とルシア本人が嫌がるために、いつもコウ手製の食事である。

「今度は第五研究所ってのを破壊するって聞いたんだけど」
「そうだよ。ラストから詳しく聞いてないの?」
「何も。石の関係で使ってたってくらいしか聞いてない」
「そ。場所を教えてあげるよ。地図ない?」
「地図ならその棚の右端にあるけど?」

コウが部屋の隅にある棚を指差して言うと、エンヴィーはすぐに地図を持ってテーブルまで戻ってきた。
2人で使っても十分にゆとりあるテーブルの上にそれを広げ、指先を大通りにそって滑らせる。

「えーっと……ああ、あった。ここ」
「ふーん…隣が刑務所?」
「賢者の石ってのは材料が生きた人間だからね」
「……あの赤から予想できない事ではなかったけど…」

実際に聞くとなぁ、とコウは一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたが…その表情はすぐに消えうせた。
と、そこでコウの頭の中に疑問が残る。

――あれ?漫画で読んでるんだから知ってたはずなのに……。

「――――コウ…コウ?…聞いてんの?」
「あ、あぁ…聞いてるよ」

俯いて顎に手を当てていたコウに、エンヴィーが視線をやった。
彼女は作り笑いを浮かべながら、再び地図に視線を落す。

「……ま、別に知っておかなきゃいけないほどのもんでもないからいいけど」

エンヴィーはそう言うと、地図を畳んでもとの場所に戻しに行く。
いくら考えても、答えにたどり着くことはない。
この物語の終焉を見届けるまでは。



そう頭の中で整理して、コウは食器を片付けに立ち上がった。

「コウ……ゆっくりしていると仕事に間に合わないんじゃないか?」
「仕事………?…………………あ」

ルシアにそう言われて時計に目をやる。
すでに、今すぐ家を出ても遅刻になりそうな時間。

「やば…」

慌ててシンクの中に食器を置くと、コウは着替えに部屋へと走る。

「手伝おうか?」
「どうやって着替えを手伝うんだ!!」

ケラケラと笑いながら言うエンヴィーに怒鳴り声を返して部屋に飛び込む。

「相変わらずだねぇ…。んで、ルシア」
「…なんだ」
「コウは何を考えてたんだろうね」
「俺が知るわけないだろ…」
「…それもそうだね」

壁にもたれかかったままルシアに話しかけていたエンヴィーが深く頷いた。
丁度その時、バタバタと階段を駆け下りてくる音が聞こえる。
バンッとドアが勢いよく開いて、コウが部屋の中に戻ってきた。
短く赤い髪が揺れる。

「エンヴィー!俺仕事行ってくるから!」
「はいはい。あんまり急いで事故らないようにね」
「ルシア!行くぞ!!」

壁にかかっていた車の鍵を取ると、コウは肩越しにルシアを呼んだ。
そしてすぐに玄関へと向かう。

「……コウが何かに悩んでいるとすれば……おそらく自分の在り方に悩んでいるんだ。だから…お前がどうにかしてやれ」

ルシアはエンヴィーにそう言うと、コウを追って玄関へと走った。
一方、残されたエンヴィーは笑みを貼り付けたままコウの去って行った方を見つめていた。

「自分の在り方…ね。コウは一体何者なんだか…」

遠ざかっていくエンジン音を聞きながら、エンヴィーが小さく呟いた。

Rewrite 06.09.26