Another World 27
家に戻ってから、ラストに探してもらった資料を元に仕事を片付けた。
それから数時間寝て、いつもの時間に出勤。
今日も適当に仕事を終え、ルシアと共に帰路に着いたのは今から優に6時間は前の事だ。
草木も眠る丑三つ時、とでも言えば、正しい時間を想像してもらえるだろう。
「さて…じゃあ、片付けましょうか」
どこか声が意気揚々としているように感じる。
破壊が楽しいのか?とでも問いかけてみたい所だが、今回は心の中だけにとどめておく。
自分の所為で一日遅らせてしまったのだから。
そんな事を考えながらラストの背中を見つめるコウの目はどこか不満げだ。
それに気付いたのか、彼女はくるりと振り向きながら「どうしたの」と問いかけてくる。
「ここ、品揃え良くて重宝してたんだけどなぁ」
「なら、必要なものだけ今から抜き出してきたらどうなの?そのくらいの時間ならあるわよ」
「や、そんな事したら俺が図書館が壊れる事を知ってたみたいじゃん」
だから出来ない、とコウは首を振った。
明日から仕事が大変だなぁなどとボヤキながらも止める様子を見せない。
律儀と言うか、何と言うか。
兎に角コウはそれ以上何も言わず、彼女の邪魔にならないようにと数歩下がった。
すると、ラストは何をしているんだとでも言いたげな視線を向けてくる。
「何?」
「何で下がるの?」
「何でって…邪魔にならないように」
自分の行動の理由を聞かれ、コウはそのまま答える。
その答えに対してラストは更に怪訝な表情を見せた。
「あなたも手伝うのよ」
「…あぁ、なるほど。初めからそう言う理由で連れてこられたわけですね」
行き成り日付が変わってから一時間後に起こされたかと思えば、ここまで車を走らされる。
送り届けるまでが仕事だと思っていたのだが…どうやら、そちらがついでだったらしい。
「錬金術の方が便利でしょう。楽だし、早く済むわ」
「まぁ、確かに。時間かけてると色々と面倒だしな…」
さっさと済ませるか、そう呟くとコウは軽く腕を回しつつ建物に近づいていく。
まるでこれから一暴れするみたいな仕草だが、錬金術に一暴れも何もない。
動くのは身体ではなく、寧ろ脳だけだ。
「どういったのをお望みで?」
「跡形も無く。特に蔵書類は読めないように」
「…なら、燃やすのが手っ取り早いな」
建物のすぐ脇に来たところで、コウはその辺に落ちていた何かの鉄製の蓋を持ち上げ、先を尖らせた。
ラストの答えにふむ、と少しだけ悩み、ガリガリと建物の壁に錬成陣を刻み込んでいく。
面倒な作業だと思う反面、公共物に遠慮なく傷をつけるというのは存外に楽しかった。
そんな時、鼻歌でも歌いだしそうなほどに機嫌のよくなったコウの傍らに居たルシアがフンと鼻を鳴らす。
何かを探るように耳を前や後ろへと動かし、次いで頭も後ろに向けた。
「誰か来る」
「…ラスト」
声を潜めてそう言ったルシアに、コウは即座にラストの手を引いた。
ルシアの気のせいかもしれないなどと言う考えは微塵も浮かばない。
暗闇とは言え目立つ赤髪をフードで隠し、ラストを建物の少し突き出た部分の陰に隠す。
トンと壁に手をついて、近づいてきていた足音と話し声がやがて小さくなっていくのを聞いていた。
どうやら酔っ払いが家に帰る途中だったらしい。
「…あんな人間、始末してしまえばいいじゃない」
「無益な殺生だ」
「そんな事を思うような性格じゃないでしょう?」
楽しげにラストの口角が持ち上げられた。
抱いたのは、自分が男だったらこの笑みに迫られたら惚れそうだなぁと言う場違いな感想。
彼女の言葉にカリカリと頬を掻くと、コウは先程錬成陣を途中まで刻んでいた場所へと歩いていく。
また続きの陣を書き出し、仕上げとばかりにその陣の一番外側に大きな円を書き足した。
「…よし」
それが間違っていない事を確認すると、円形の陣の下から尾でも伸ばすようにガリガリと線を続ける。
壁を伝わせ、土の上を伝わせて数メートル。
この辺りでいいか、と脳内で納得した辺りでそれを止めた。
そしてパンと両手を合わせ、それを線の終わりに添える。
一瞬の錬成反応の後、土の上には錬成陣が浮かんでいた。
「何をするつもり?」
「はい、ラストさん出番です」
コウの元に歩み寄ってきた彼女に、ニッと笑みを浮かべる。
そして、着いていた時に汚れた膝を払い、足元の錬成陣を指差した。
「火花よろしく」
「…人をライターみたいに言わないで欲しいわ」
「便利でしょうの一言で呼んだ人の台詞じゃねぇな」
そう言って笑い、コウはすでに傍観者になる気満々なのか腕を組んだ。
コンと足先で先程の鉄くずを錬成陣の上に載せ、ラストに視線を向ける。
彼女は軽く溜め息を吐いた後、自身の爪を伸ばしキンッとそれを真っ二つにした。
ラストのそれが何で出来ているのかは良く分からないが、コウの予定通りに火花は散る。
そしてそれが錬成陣に触れると、陣に赤い光が走った。
やがて、それは地面を伝い壁を伝い…刻まれたもう一つの錬成陣にたどり着く。
同時に耳を劈くような轟音―――などは一切無く、ただ建物の窓ガラスが赤く染まった。
「…何をしたの?」
「簡易の爆破装置みたいなもん。あの錬成陣の内側はもう火の海だな」
内側といえば建物の中だ、なるほどあの赤は中の炎が映った色と言う訳だ。
暫くそれを見ていた二人の耳に、バサバサと何かが崩れる音がした。
恐らく、炎によって本棚が燃えるなり倒れるなりしたのだろう。
「任務完了。その内住民か誰かが気付くだろ」
くるりと踵を返すコウに続き、ルシアが歩き出す。
彼は炎の匂いが不愉快なのか、何度か鼻を鳴らすような仕草を見せていた。
そんな二人(一人と一匹)の後を追うようにして、ラストもその場に踵を返す。
何も大きな事件などがなければ、明日の新聞の一面はこれだろう。
そんな事を考えながら、コウはポケットから取り出していた車のキーを手の中で遊ばせた。
「コウ」
「んー?」
「暫くしたら、第五研究所も片付けるわ」
「…第五研究所?」
白を切るのも随分と上手くなったものだ。
記憶を探っても見つからない、と言った表情を浮かべ、コウはラストに問い返す。
「石の関係で使っていた施設よ」
「ふぅん…もう必要ねぇのか?」
「表向きにはすでに封鎖されてるわ。今まで放っておいたんだけど…。エンヴィーもそれにあわせて戻るわ」
「了解。詳しい話はアイツから聞くよ。んじゃな」
背中を向けたままそう言って片腕を持ち上げる。
ラストの気配が消え、首だけで振り向いてみればそこにあるのは全てを飲み込まんとする闇だけ。
それから逃げるかのように、コウは夜の道を歩いた。
Rewrite 06.09.21