Another World 26
「エルリック兄弟は里帰りしたのか…。それにしても…運がいいと言うか悪いと言うか」
コウは溜め息混じりにデスクの上の紙を一枚手に取った。
タイトルに書かれた被害報告書と言う文字が一際目を引く。
何枚にも及ぶそれに、事後処理が大変そうだと心中でもう一度長い溜め息を吐き出した。
「大佐も危なかったですね。お帰りになったのは朝早くとお聞きしました」
「あぁ。夜明け数十分後に軍部を出て、一寝入りしてから汽車で遠出」
「ご苦労様です」
「ま、そっちはプライベートだからご苦労でも何でもないけど…まぁ、運はよかったんだよな」
数時間軍部を出るのが遅れていれば、恐らく自分もスカーの一件に巻き込まれていただろう。
彼が狙う国家錬金術師と言う資格を持つ以上、避けては通れなかったはずだ。
「暫くは街の復興作業の計画だな。スカーが消えた近辺の下水道の見取り図が欲しい」
「はい」
「それから、街の地図だな。被害の大きい所には軍在中の錬金術師を派遣する。その要請もしてもらうか」
「将軍に申し出てはいかがでしょう?大佐の管轄外と思われますが…」
「…そうしてみるよ。ま、通るかどうかは微妙なところだが…」
上層部といえばあまり動きたくないような超デスクワークで尻の重い人間も多い。
言ったところであちらへこちらへと押し付け合い、最終的に自分の手元に戻ってくる気がする。
行動的な人間もいるが…そんな人たちは、恐らく別件に借り出されているだろう。
これからの事を考えると何だか軽い頭痛を覚えてしまう。
ガシガシと短くなった赤髪を掻き、コウは執務室を出た。
「失礼します」
数時間後、ティルは書類の処理のためにコウの仕事部屋を訪れる。
中には真面目に机に向かうコウの姿があった。
その目は楽しそうだった。
彼女の頭と同じくらいの位置まで書類が積まれていようとも。
「………仕事が楽しいのですか?」
「ん?」
小さく呟かれた言葉。
聞き落とすほど遠くない距離だったためにコウが顔を上げる。
自覚のない言葉だったのか口元を押さえるティル。
「いえ…失礼しました。仕事を続けてください」
「いや、別にいいよ。ちょっと休憩ー」
そう言うとペンを置いて聞く体制に入るコウ。
出来上がった書類を束ねると処理済みの山の上に載せる。
「……あなたが余りに楽しそうに仕事をなさるから…少し尋ねてみたくなっただけです」
「仕事が好きっつーよりは…そうだな…達成感が好きだな、うん。
こんな大量の仕事だったとしてもさ、地道にやれば終点は見えるだろ?目に見える成果は自分の糧になる」
本当に楽しそうに、自分の心情を語るコウ。
コウの笑顔に、ティルも自然と笑みを浮かべた。
「そうですか…」
「そう言うこと」
「では…頑張ってください」
「…もうちょっと休憩してからな。あ、こっちの分終わってる。これとこれは図書館の資料が必要だから後に回した」
スイと横に移動させたそれを手に取ると、ティルは「あら」と軽く目を開く。
彼女の声に書類を分けていたコウが手を止めた。
「この資料なら中央図書館の第一分館にあるのを下水道の見取り図を取りに行く際に見ました。お持ちしましょうか?」
「いや、自分で行く。今日はここまでにして…そのまま帰るから。中尉も仕事終わったら帰っていいからな」
「わかりました」
処理済の分をティルに預けると、コウは中央へと足を向ける。
建物を見上げるようにして佇む人影。
瞬時に警戒を強め、コウは銃の存在を意識しつつ足を進める。
向こうに気づかせる為に、敢えてカツンと足音を鳴らした。
ピクリと人影が揺れ、ゆっくりとこちらを向く。
妖艶な瞳に射抜かれた瞬間、コウはその人物が誰なのかを悟った。
「ラスト?」
「コウじゃないの。何をしているの?」
どちらも街灯の届かない闇の中にいる所為か、ラストも気付いていなかったらしい。
コウの赤い髪が見えていればすぐに分かったのだろうが、気まぐれに被ったフードがそれを隠していた。
彼女の問いかけに「仕事」と答えると、コウは彼女に歩み寄る。
「何してたんだ?図書館の分館なんか眺めて」
「私も仕事よ。ここを破壊するの」
ラストの言葉にコウは目を開いて静止する。
彼女の行動を訝しんだラストが、視線を向けた。
「危ねー…。俺、この中の資料がいるんだよ」
「あら、運がいいのね」
「全くだ」
そう答えると、コウは借りてきていた鍵を使って分館の中に入る。
閉館時間を過ぎるだろうと言う彼女の予測は当たっていた。
自分の目当ての資料を探しに行くコウを追うように、ラストの足音が続く。
「何の資料?」
「ん…過去の資料」
そう言って覗き込んできたラストに自分の持つ書類を見せる。
それに目を通すとラストは一つの棚に向かった。
その棚の中から一冊の資料を抜き出すと、コウを呼んだ。
「これじゃないの?」
「…それだ。凄いな、ラスト」
「目に付いただけよ」
資料を受け取って嬉しそうに笑みを浮かべるコウ。
それにラストが笑みを返す。
「さて……じゃあ処分させてもらおうかしら…」
重圧感すら与えるように聳える本棚をぐるりと見回し、ラストがそう言った。
彼女のどこか楽しげな笑みを眺めつつ、控えめな声を上げたのはコウ。
「なぁ…今気づいたんだけどさ…」
コウが言葉を濁しながらあるモノをラストに見えるように持ち上げた。
ポケットから取り出したそれは鍵。
言わずもがな、先程使った図書館の鍵だ。
「わざわざ借りたんだよ、スフィリア大佐の名前で。もう閉館間際だったし。
俺が鍵を持ってるって事は……ここが燃えれば一番に疑われるのって…」
「………間違いなくあなたね」
「………だよな」
二人が同時に溜め息をつく。
ぷらぷらと鍵を揺らしながらコウが「うーん」と頭を悩ませる―――ような格好をした。
彼女の行動を見て、ラストは肩を竦める。
「仕方ないわね…。明日にするわ」
「悪いな」
それ以外にないと思っていたのか、コウの返事はあっさりしたものだ。
そうと決まれば…と早々にラストを連れて分館を出る。
「まぁ、明日なら坊やもまだこっちには戻らないでしょうし…」
「やっぱりエドワードの関係だったんだな。それ、詳しく聞かせて欲しいんだけど」
「…ええ、いいわよ」
「んじゃ、ここを閉めてから俺の家に来る?」
振り向きながら確認するとラストが頷いた。
それを見てコウは先ほど受け取った資料と書類を手に、車を停めた場所へと向かう。
「コウ…あなたここからどうやって帰るつもり?」
「徒歩」
「…………………」
「冗談だ」
Rewrite 06.09.13