Another World 24
タッカー氏殺害の現場に居合わせたと言う事で、コウは遅くまで事情聴取を受けた。
一番初めの門番殺害の時点で町人の目撃証言があったらしく、彼女が犯人だと思われたわけではない。
ただ、その時の状況などを事細かに説明させられたと言うだけの話だ。
「いい加減にしてくれ…」
「疲れているな」
「当然だろ…一晩丸々事情聞かれてりゃ誰だってそうなるさ…」
そっと目を細めつつ、朝日が眩しい、などと呟いてみる。
東に面している窓を持つ執務室は、朝の日差しを一身に浴びていた。
―リリリリン―
このまま寝てやろうかと脱力モード全開だったコウの耳に、電話の呼び出し音が届く。
即座に居留守を決め込む彼女に、ルシアが呆れたように溜め息を吐き出した。
彼は人型を取るとそのままスタスタと鳴り続ける電話のほうへと歩く。
足音でそれに気付いたコウが、閉じていた目を開いて彼の方を向いた。
「おい、出るなよ。急な仕事だったら」
「はい」
コウの言葉の途中で、彼の手が受話器を持ち上げてしまう。
思わず額に手をやる彼女を横目に彼は電話口に向かって話す。
「スフィリア大佐は今手が離せませんので…はい。―――繋いでください」
「勝手に話を進めんなっつーの…」
電話中の室内で騒ぐほどコウは子供ではない。
半ば拗ねたように潜めた声を発する。
そしてルシアをじっと見ていたのだが…彼の顔つきが変わった。
少しばかり驚いたように瞬きしたあと、彼はドアに手を伸ばす。
カシャンと鍵をかけると、その手を持ち上げてクイクイと指だけを曲げた。
こっちに来い、と言う意思表示。
「?」
コウが首を傾げながらも近寄れば、彼は受話器を彼女に差し出す。
そして、こう言った。
「ラストだ」
受話器を受け取ったコウは、思わずそれを凝視する。
だが、いつまでも見つめていても仕方がないと思い出した彼女はそれを耳に添える。
「ラスト?」
『久しぶりね、コウ』
「あー…確かに。何か、めちゃくちゃ久しぶりだし…珍しいな、お前が連絡してくるなんて」
基本的にコウは軍の仕事をこなすのが“仕事”だ。
軍の中で動いていれば、自然とロイの監視へと繋がる。
連絡は彼女に一番近い大総統ことラースが行うのが殆どだ。
『丁度セントラルに戻っているからあなたの家にかけたけど…出なかったから』
「あー…悪い。昨日は家に帰ってねぇんだ」
『そのようね。まぁ、連絡はついたから構わないわ』
「それより、どうした?」
『明日、リオールに行くわ。近況報告ついでにエンヴィーの機嫌を取って頂戴』
「………前半は承諾するけど…後半は拒否したいなぁ、出来れば」
一箇所に止められている所為で、最近機嫌が悪いと前に聞かされている。
そんなエンヴィーの機嫌を取るなど…はっきり言って、したくない。
出来る事ならば避けたいのだが、ラストの声から察するにほぼ決定事項なのだろう。
『じゃあ、それだけよ』
「ん。じゃあな」
向こうが通話を切るのを確認し、コウも受話器を下ろす。
結局拒否に関しては聞き入れてもらえなかった。
と言うよりも聞いていながら無視だ。
やれやれと肩を竦め、コウは軽く身体を伸ばす。
「ラストはどうした?」
すでに狼の姿に戻っていたルシアが問いかける。
「明日のリオール行きのお供。プラスエンヴィーの機嫌取り」
「…苦労するな」
「わかってくれんのはお前くらいだよ、ルシア」
コウが曖昧な表情を浮かべてルシアの頭を撫でる。
そして、彼から手を離すと一晩かけてあった上着を手に取った。
今日は昨晩の事情聴取もあり、一日休みになっている。
ついでだから嫌と言うほど溜まっている有休も少しくらい使っておこう、と考え、手帳を開いた。
急ぎの仕事がないことを確認して、彼女は部屋を後にする。
「随分と派手にやったようだな。怪我は無いのか?」
「おう。被害は幸いこれだけ」
「そうか…無事で何よりだ」
そう言ってすっかり短くなってしまった赤髪を摘む。
そんなコウを前に、先程偶然廊下で出会ったロイは肩を竦めた。
タッカー殺害の犯人と接触したと聞いて、少しは心配したのだが…どうやら無意味だったらしい。
「夜通しご苦労だったな」
「あー…まぁな。その分今日から三日間休ませてもらうよ」
「そうだな。今日一日ゆっくり休養すると…………三日?」
負担をかけたと言う事は彼も感じているのか、頷きながらそう言ったロイ。
しかし、その言葉の途中で、はたと『三日間』と言う単語を理解する。
この忙しい時に三日?と言う思いが語外に含まれているように感じるのは気のせいではない。
「三日。三年分の有休は殆ど残ってるから、使い切るまで休むってのもいいんだけど…」
それは流石にな、とコウは笑う。
割合と危険な仕事をこなすこともある所為か、軍の待遇はかなりいい。
多いとは言わないが少なくもない有給休暇は、コウの場合殆ど使われないままに残っていた。
三年分ともなれば相当の日数だ。
彼女の仕事量を思い浮かべ、それが自分に回ってきたら…とロイが顔を引きつらせた事で、満足げな様子のコウ。
「三年分使っちまうよりは親切だろ?」
「あぁ、まったくだ」
「って事で、三日間はしっかり働いて…ついでに面倒な仕事は全部片付けておいてくれよ」
ニッと口角を持ち上げながら、ロイの肩を叩く。
彼女の言う面倒な仕事とやらが今回のタッカー一件の事後処理であることはまず間違いない。
逃げるつもりかと言うロイの視線などどこ吹く風、と言った様子で彼女は爽やかに笑った。
「んじゃ、久々の休みを堪能してくるわ。お疲れさん」
片手をポケットに、そしてもう片方を後ろ手に振りながら彼女は去っていく。
いっそ小憎らしいほどに、決まっていた。
遅れを取る事無くまるで騎士のように彼女に付き従うルシアの揺れる尾を見ながら、ロイは深々と溜め息を落とす。
これからの三日間を思うと、頭を抱えたくなる気持ちは否めなかった。
Rewrite 06.09.05