Another World 20
「すみません、散らかっていて…」
そう言いつつ、タッカーは部屋の中に散乱していた紙を拾う。
そんな彼を手伝うように足元のそれを指で持ち、文字を拾い上げた。
「合成獣…」
「スフィリア大佐も合成獣に興味が?」
「…ええ、そうですね。無いといえば嘘になります」
今現在連れて歩いていますけど、とは流石に言えず、コウは人の良い笑みを浮かべて誤魔化しておく。
ある程度片付いたところで、彼女はソファーへと促された。
「お忙しいところにきていただいたのに…お恥ずかしい限りです」
「いえ、別に構いませんよ。こちらこそお時間を取らせて申し訳ない」
「男所帯だとどうにも家が片付かなくて…ニーナに任せるわけにも行きませんしね」
「……。奥さんはどちらに?」
ピクリと、タッカーの肩が揺れるのをコウは見逃さなかった。
彼は取り繕ったように情けない笑みを浮かべ、後頭部を掻く。
「研究に没頭するあまり愛想をつかされてしまって…実家に帰ってしまいました」
「それは失礼しました」
知っていたけど、と心中で笑う。
こうして直に言葉を交わして気付いたのだが、このタッカーという男は生理的に合わない。
話しているだけでも内心苛立ってくる人間も珍しいのだが、彼はコウにとってそういう部類の人間らしい。
仕事じゃなければ絶対に関わりたくない人間だ、とコウは気付かれないように溜め息を吐き出した。
「早速ですけど、本題に入ります。すでにマスタングから連絡があったかと思いますが、査定の件です」
「…もうすぐ期限が迫っている、と言うことですよね」
「ええ。マスタングには別の仕事が入りまして、私が担当する事になりました」
宜しくお願いします、と頭を下げる。
タッカーも同じように言葉を返し、軽く頭を下げた。
「所で…スフィリア大佐も国家錬金術師ですよね?」
「ええ。天操の二つ名を頂いています」
「天操…と言えば、あの難題な筆記試験を満点で通過したと聞きましたが…」
「…あぁ、そう言えば…そんな話も聞いたような気がします」
試験と言うのは、合否のみで点数は公開されないことが多い。
コウ自身も合格さえしていれば点数は気にならなかったので、自分から聞きに行くようなことはしなかった。
ただ、風の噂で自身の受験番号と満点という単語を聞いただけだ。
「まぁ、試験なんてのはピンだろうがキリが、合格に違いはありませんからね」
そう気にする事でもないと言うのがコウの自論だ。
苦笑を浮かべる彼は、ふと子供の楽しげな声に窓の外を見下ろした。
そこからはエドとアル、そしてニーナが楽しげに走り回っているのが見える。
「楽しそうですね」
「ええ。私も忙しくて、中々遊んであげられなくて……エドワード君たちには感謝していますよ」
「正しく Give and take ですね。彼らも自分の知らない知識が身について、丁度いいじゃないですか」
そう笑いつつ、コウは自身の鞄の中から査定に関する書類を出して彼に差し出す。
タッカーがそれに目を通している間、窓の外の風景に目を向けていた。
「質問事項などありますか?まぁ、去年と何も変わりありませんけど」
最後まで読み終えた頃を見計らってコウがそう声を上げる。
肯定の返事が返って来たところで彼女は満足げに頷いた。
そして、ふと口を開く。
「では、そろそろ失礼します。仕事も押していますし…」
そう言って立ち上がった彼女の視界に、机の上に広げられたままだった研究を書きなぐった紙が入る。
その中に書かれていた合成獣という単語と、書き連ねられた動物の名前に彼女は目を細めた。
後半部分の書かれているそこには分厚い本が載せられていて、その内容を知る事は出来ない。
だが、『hum』と言うアルファベットを見て取れた。
「(hum…human―――人間、か…。)」
自身の目が冷めてきている事を自覚した彼女は、それを悟られないように人の良い笑みを浮かべて見せた。
鞄を脇に抱えて彼に向き直る。
「では、研究の方頑張ってください。何かあれば東方司令部スフィリアまでどうぞ」
彼の人間性を理解できた今、長居は無用。
それ以上引き止められることの無いように、足早に家の中を玄関へと歩いていく。
初めから見送りをするつもりが無かったのか、彼女の足の速さに負けたのか。
どちらともわからないが、兎に角彼が後に続いてくる事はなかった。
「収穫はあったのか?」
「ああ。想像通り、俺の得意な部類の人間じゃねぇって事がな。これで遠慮なくやれる」
ニッと口角を持ち上げるその様は、何とも彼女に似合っていた。
ルシアはその様子に軽く肩を竦める。
と、ゆらゆらと揺れていた彼の尾と、歩みを進めていた足がピタリと止まる。
そんな彼の様子にコウもゆっくりと振り向いた。
「そんな所で止まってると置い―――」
彼女の言葉は最後まで紡がれない。
理由はいたって単純明快だ。
進行方向から素晴らしい速度で走ってくる何かを視界に捕らえたから。
同時にそれが、ルシアが足を止めることとなった原因である事を即座に悟ったからだ。
「アレキサンダー?」
ルシアが突進の勢いを消さないままに飛びついてきたそれをひょいと避けた。
ドシンと床と仲良くなったそれを見て、コウが呟く。
その声が聞こえたのか、それ…では無くアレキサンダーは尾を振って彼女を見上げた。
頭から床に突っ込んだように見えたが、意外と丈夫なようだ。
「アレキサンダー!!どこに走っていくのー?」
そんな声が玄関のほうから聞こえてくる。
同時に、足音が三つ、その声を追ってきた。
「あ!コウおにいちゃん!!」
「おう。あんま急ぐと危な…」
言葉の途中でニーナの身体がぐらりと揺れる。
どうやら、床板の軋みに足を取られたらしく、後ろから着いてきていたアルとエドが慌てて彼女を呼んだ。
もちろん名前を呼んだ所でどうなるものでもない。
ニーナは自身を襲うであろう衝撃にぎゅっと目を閉じた。
だが、彼女を襲ったのは全身を打つ痛みではなく、優しくて温かい何か。
「大丈夫か?」
上から掛けられた声に、彼女はパッと顔を上げた。
今、彼女の身体は足をぶらつかせて宙に浮かんでいる。
そう言うと御幣があるかもしれないが、要は抱きかかえられている状態なのだ。
「おにいちゃん!」
「言った傍から躓くとはな。大したお転婆さんだ」
口元に苦笑いを浮かべ、彼女の小さな額をコンと指で突く。
彼女はそこを押さえて「ごめんなさい」と眉尻を下げた。
そして、次にはパッと笑顔を浮かべて口を開く。
「ありがとう、おにいちゃん!」
「どういたしまして」
「おにいちゃん、王子様みたいだね!」
「はは。んじゃ、ニーナはお姫さんかな」
三つ編みのよく似合う彼女の頭を撫で、コウは自分の腕に乗せていたニーナの身体を下ろす。
少し不満げだったのは、抱き上げられるのが久しぶりだったからだろうか。
「…ほんっと手馴れてるな」
「…王子様って言うのは意外じゃないよね」
「あー…確かに。軍部でも結構人気あるみたいだしな」
「前に大佐が言ってたもんね」
彼らがそんな会話をしていたなど、コウが知る由も無い。
Rewrite 06.08.08