Another World  18

安全運転でエルリック兄弟と共に司令部に戻ったコウ。
彼らをロイの執務室に送り届けると、彼女は自身の仕事を確かめに一度部屋を離れた。
そんな折、彼女の元に電話が繋がれる。

「スフィリア少佐、お電話です」
「確認は取れてるんだよな?」
「はい」

女性の声を受話器越しに聞きつつ、コウはそれならばと頷く。
相手を訪ねたところで、彼女は少し言葉を詰まらせてこう言った。

「大総統です。お繋ぎします」
「…は?」

コウの声は恐らく届かなかっただろう。
女性の声が離れ、短いノイズの後に電話口の音が変わる。

『スフィリア少佐かね?』
「はい。大総統閣下。…失礼、軍の事ですか?それとも蛇の事で…?」

電話の設置されている棚に腰を凭れさせ、コウは軽く腕を組む。
肩で挟んだ電話口からはくくっと笑う声が届いた。

『相変わらず正直なことだな。両方、とでも答えておこう』
「…で、ご用件は?国のトップが一少佐に電話をかけるのは、周囲にとってよろしくないでしょう」
『構わん。言いたい者には言わせておけばいい。例の犯行グループの始末は君に任せよう』
「………また残業なんですが?」

長い溜め息と共にそう言うと、コウは部屋のソファーの上に伏せているルシアを呼んだ。
彼はひょこひょこと尾を揺らしながら彼女の元へと近づいてくる。

「手帳を取ってくれ。机の上にあるから」

電話口を軽く手で押さえ、コウは彼にそう頼む。
心得た、と首を縦に頷かせると、ルシアは机の方へと歩いていく。
そして牙を立ててしまわないように気を配りながら手帳を咥えて彼女の元に戻った。
手帳を受け取ると彼の頭を撫で、コウはそれを開く。

「………まぁ、尋問に関しては担当に任せるとして…出来ない事はないな」
『報告書は全て君の名で出したまえ。それで、数日後には君の昇進が確定するだろう』
「…昇進?」

初耳だ、と彼女は眉を寄せる。
そんな彼女の様子もお見通しなのか、声色の変わらぬラースの声が彼女の鼓膜を震わせた。

『君が軍に入ってもう3年だ。実績を考えればその話が出ても可笑しくはないだろう?』
「………確かに、大総統直々にあれの処理をしろ、これの処理をしろと仕事を言い渡された覚えはありますね」

確信犯ですか。
そう問いかけても、彼を揺さぶる事など出来るはずはない。
電話口の向こうで笑っている気配に気付き、彼女は見えないのをいい事に思いっきり表情を歪めた。
何だか大きな山ばかり担当させられていると感じていたのは気のせいではなかったようだ。

「まぁ、ありがたく頂戴しておきます。どの道拒否なんて出来そうにありませんからね」
『そうしたまえ。内容は追って知らせよう。それまで部下気分を堪能しておきたまえ』
「……焔の部下を?今まで彼の部下だと思った事はありませんけどね。一匹狼ですから」

この縦割り社会の中でよく生きてこられたものだ。
コウのような考えを持つ者と言えば、真っ先に叩かれても文句は言えないだろう。
彼女が今こうして羽を伸ばして仕事をしているのも、その実力と強力なバックのおかげだ。
国のトップのお気に入りとあれば、表立って彼女をどうこうするわけにも行かない。

「今日中に書類を揃えて、いつものように確認に回しておきます」
『ああ、それと………リオールの教主の事だが…』
「リオールの教主…?(というとエンヴィーだよな)」
『嫉妬から聞いておらんかね?』
「…そう言えば、少し前に出て行きましたね。面倒な仕事が入ったって…なるほど、教主様ですか」

納得、と言った声色でコウは頷く。
彼女自身はもちろん知っていた事なのだが、これ以上ボロを出さないためにも今しがた気づいたと思わせなければならない。
万が一にも、自分が未来を知っているなどと気付かせてはならないのだ。

「アイツがどうかしました?」
『随分と荒れているらしい。近いうちに休暇を取って顔を出しておいてくれ』
「…了解」

荒れているエンヴィーに顔を見せに行けと言うのは酷だろう。
そう思っても、彼の不機嫌が続いて仕事が滞るのならば自身にも被害は及ぶ。
顔を出すだけで少しでも彼の不機嫌が緩和されるならば…と彼女は頷いた。
尤も、近いうちにリオールの様子を見に行こうと考えていたのも事実だが。















ガチャンと受話器を元の位置に戻しつつ、コウはふぅと溜め息を零した。
仲間であるという認識があるとは言え、大総統との会話は全く緊張しないと言うわけではない。
軽い口調で話しているように思える彼女でも、脳内は目まぐるしい動きを見せているのだ。
勘のよい彼は、ロイ以上に曲者だと認識している。

「あー…疲れた」

ドサリとソファーに座り込んだ彼女の足元に、ルシアがそっと身体を伏せる。
首だけは持ち上げたまま彼女の方を向いていた。

「昇進するのか?」
「らしいな」
「…おめでとうと言うべきか?」
「好きにすりゃいいよ。別に肩書きがどうなるわけでもない。俺にはあんまり関係ないね」

軍服が変わるわけじゃないし、と彼女は笑った。
地位が上がるということは、軍内でも色々と変化はある。
だが、そのどれも彼女にとっては些細な事に思えてならないのだ。

「ま、頭を下げる回数が減ると思えば…楽だな、うん」

彼女に言わせればこの程度である。
万年下位の軍人からすれば反感ものの台詞をサラリと言ってのけるコウ。
ルシアはそのことに対して苦笑を浮かべた。
とは言っても、狼の姿でその笑みをはっきりと読み取る事など出来はしない。
そうしているうちにも時間は過ぎていく。
彼女は思い出したように自身の仕事を確認し、今すぐに終わらせられる分を片付けてしまう。
その作業の速さといえば、司令部内でも折り紙つき。

「バルドの書類を纏めるのは明日の午後でいいか…。午前中に尋問を進めてもらわねぇとな」

ぶつぶつとそんな事を呟きつつ、それの準備を整えていく。

「兄弟のところには行かなくてもいいのか?」
「んー…後で行く。どうせ移動するだろうしな」
「移動?」
「あぁ。あいつらは一箇所で腰を落ち着けるような奴らじゃないだろ。気になるなら大佐の執務室に行って来いよ」

ついでに書類を頼む、と封筒入りのそれを彼に突き出す。
早い話が使い走りになってくれ、と言うわけか…ルシアはやれやれと肩を竦め、それを優しく咥えた。
後ろ足で立って器用に扉を開き、隙間から身を滑らせる。

「よろしくな~」

背後からの声を聞きながら、彼はロイの執務室目指して足を走らせた。

Rewrite 06.07.29