Another World 17
駅は軍人の登場により、軽い混乱状態になっていた。
野次馬根性をフル稼働させた輩が集まってくるのを横目で捉えつつ、コウは列車へと近づいていく。
「ハクロ将軍、他にお怪我は?」
「あぁ、他は大丈夫だ。…君はスフィリア少佐か」
「ええ。ご家族も…お怪我は無いようですね。あー…そこの君。将軍と家族を車へ」
コウの中には上司に対する忠誠心や、思いやり精神など欠片もない。
まぁ、ハクロの幼い子供達に対しては多少あるかもしれないが。
言葉の裏には「邪魔だから」と隠されているのだが、それを悟らせるようなへまはしない。
威勢のよい返事と共に、そこの君と呼ばれた憲兵は外に停めてある車へと彼らを誘導した。
その背中を見送り、コウは野次馬らを一瞥する。
中には「あの派手な男は何者だ?」と言いたげな視線もあった。
そんな輩に対し、コウは意味深に口角を持ち上げて笑みを作り、そしてそのまま視線を動かす。
その時爆発音が彼女の聴覚を刺激した。
と同時に脇から視界に飛び込んできた何かに気付き、難なくそれを受け止める。
自身の手の中にすっぽりと納まったそれを見て、彼女は眉を寄せた。
「ただでさえ民衆が集まってるところでぶっ放すか?普通…」
パフォーマンスとしては最高だろうが、軍人としてはどうなんだ。
こうなるとわかっていた彼女だが、思わずそんな事を考えてしまう。
頭を抱えたくなるのを何とか抑え、音源へと歩き出す。
「信じられんな……」
「ああ…人間じゃねぇよ…」
「そう思うのは大いに結構。でも、人の多い所で口に出すのは減給もんだぜ?」
突然聞こえてきた声に、憲兵二人はビクリと肩を震わせた。
誰に聞かれたんだ、と恐る恐る振り向けば、そこには軍内でも有名な赤髪の軍人。
因みに憲兵の彼らからすれば頭を下げるべき存在だ。
「スフィリア少佐!」
「ま、人間業じゃねぇし、言いたくなるのはわかるよ」
「いえ、これは…その…!」
「あぁ、別に気にすんなって。減給させたりしねぇし。俺は何も聞いてねぇからな」
ぽんぽんと二人の肩を叩くと、その脇をすり抜けて歩き出す。
残された二人は去っていく彼女の背中を眺めつつほっと安堵の息を漏らした。
「大佐ー…こんな人の多い所でぶっ放すのはやめてください」
民間人を巻き込んだらどうするんですか、と少し強めの声を掛ける。
すると、コウに背中を向けていたロイが振り向いた。
彼の身体が横を向いたお蔭で、それに隠れてしまっていた姿が見える。
3年ぶりの少年は、暫くコウを見つめ、そして思い出したように彼女を指差した。
「コウ!!!」
「おう。久しぶりだな、エドワード。アルフォンスも」
指差すのは失礼だぞーとからかい交じりにそう言って彼の手を下ろさせる。
その傍らに居たアルにも笑いかけ、そして最後にロイへと向き直った。
「ここは公共の場所だって事を弁えてください」
「私がそんな些細なミスをすると思うのかね?」
「へー…大佐は飛んでいく瓦礫の行方までコントロール出来るおつもりで?」
「……………十分に手加減はした」
流石に出来ると言い切る事は出来なかったのか、少し視線が泳ぐ。
そんな彼を見て、コウは溜め息を一つ吐き出すと彼の手を取った。
何をするんだと言いたげなその視線を無視して手の中に何かを握らせる。
「…破片…?」
「そう。俺の側頭部を強打しようと迫ってきた床の破片です」
「……………それは…災難だったな」
「ええ、まったく」
ここで、誰の所為でしょうね?と少しだけ首を傾げることも忘れない。
因みにこの破片は先程手で受け止めたアレで、コウの側頭部を狙って飛んできたのも事実だ。
結構なスピードで飛んできたらしいそれを受けた左の掌は未だにヒリヒリと痛む。
あえて怒りをぶちまけてしまわない事に意味がある…と言うのは彼女の自論だ。
そして、それは軍部内でも「コウ・スフィリアは怒らせるな」と噂されるほどのものだったりする。
「今後はパフォーマンスよりも安全を重視してくださいね」
「…善処しよう」
事実上、コウの勝利だ。
肩を落とすロイの後ろでリザがクスクスと笑っている。
普段、勤務中は気を張っている彼女だが、流石に彼とコウの遣り取りには堪え切れなかったようだ。
彼女に向けて得意げな笑みを作ると、コウは口をぽかんと開いてしまっている兄弟に向き直る。
彼らの脳裏には、今はっきりと『コウ>ロイ』の図式が刻み込まれた。
「向こうでも派手にやったらしいな、エドワード」
「な、何で知ってるんだよ」
「何て名前だっけな………あぁ、そうそうヨキ中尉だ。あいつの処理、俺の担当なんだ」
もう中尉じゃないけどな、と彼女は笑う。
よく覚えのある名前の登場に、エドは口元を引きつらせた。
恐らく彼の脳裏には、結構な手口で炭鉱の権利書を奪い取ったその経緯が走馬灯の如く流れているのだろう。
それの一部始終を知っているコウは、にこりと笑って見せた。
「よくやってくれたな。忙しくなったのはお前らの所為だけど、今回のは褒めてやりたいな」
「………軍人としてどうなんだよ、それ…」
「こんなナリの奴に言う台詞じゃねぇって」
ケラケラと笑いながらそう言った彼女に、エドは確かに、と思う。
同時に、3年経っても何も変わっていない彼女にどこかほっとした。
一箇所に落ち着くつもりの無い彼だが、東部に来る度に会えない彼女を気にはかけていた。
仕事で出払っていると言われれば、彼らになす術など無かったのだが。
避けられているのだろうかと二人で悩んだ事もあったが、今の彼女の態度を見ていればその線は薄い。
きっと忙しい身なんだなと自身の中で完結させ、場所を移そうというロイの言葉に従った。
「お前らどっちの車に乗ってく?」
「どっちって?」
「俺かロイ。まぁ、ロイの場合は運転してくれんのは中尉だけどな」
どうする?とキーを真上に放り投げては手で受け止めて遊ばせつつ問いかける。
彼女の問いかけにエドとアルは一旦顔を見合わせ、そして大いに驚いた。
「コウさんって運転できるんですか!?」
「ってか、コウいくつだよ!?」
「免許も車も持ってるしな。今年で21だけど…それが何か?」
年齢上運転も問題はない。
首を傾げる彼女に、二人は今一度顔を見合わせた。
その堂々とした様子がもう少し上の年齢に見えるが、21に見えないというわけではない。
問題は彼女の若さだ。
「それで少佐…?」
「おいおい、何を今更。お前だって少佐相当の地位だろうが。―――で、どうするんだ?」
「………因みに、コウさんの運転技術は…?」
流石に面と向かって聞くのは失礼と思いつつも、尋ねたくなるのが人間と言うもの。
アルが控えめに声を掛ける。
そんな彼の言葉に答えたのはコウではなかった。
「見た目とは違って凄く安全運転よ。上手いから安心して乗せてもらいなさい」
「…はは…どうも」
リザの言葉に兄弟が頷くのを見て、コウは複雑そうな表情を浮かべる。
運転技術が上手いと言ってもらえるのは素直に喜べるところだ。
前半部分に余計なものがついていたが…まぁ、この際気にしない事にしておこう。
「じゃあ、お願いします」
「おう。んじゃ、向こうで会いましょう」
そう言ってロイとリザから別れると、三人はコウの車へと向かう。
その途中で彼女が思い出したように声を上げた。
「お前ら犬アレルギーとかないよな?」
「あぁ、俺は大丈夫だ」
「僕も」
「そっか。俺の車いつもルシア乗せてるからさ。やっぱアレルギーの人は辛いだろうしな」
一応聞いてみた、と彼女は笑った。
この辺りの小さな心遣いが、人を惹き付ける彼女の魅力の一つなのだろう。
エドに対してだけでなくアルも同じように扱う事も、だ。
車の中で待たせていたルシアを助手席に移動させ、二人を後ろに乗せる。
そうして車は路側帯から滑り出した。
Rewrite 06.07.26