Another World  15

「熱の入った決意表明をありがとう」

透明のナイフの先を指でつまみ、くいと刃先を脇へと移動させてしまう。
エドも本気でコウにそれを向け続けるつもりはなかったのか、されるがまま従った。

「熱くなりすぎるな、エドワード・エルリック。交渉は相手の一歩先を読み、必ず勝てるように駒を進めろ。
脅しは自分よりも強い相手には通用しない。それを理解していない野郎はただの無謀だ」

静かに、けれどもどこか激しさを垣間見せるコウの声に、二人は思わず息を呑んだ。
彼女は他の軍人よりも酷く若く、正直なところコネか何かで入軍したものと思っていた。
だが、それは間違いだったのだと、彼らは今更ながらに気付く。
その気になれば、大の大人でさえもその眼光一つで黙らせられるだろう。
真剣な眼差しは、彼女の言葉をただ頭ごなしに押し付ける事無くすんなりと受け入れさせる。

「熱くなるのが悪いとは言わない。ただ、無鉄砲にはなるな。たった3秒だけ落ち着くだけでも、見えるものは違うもんだぜ」

ニッとその口角を持ち上げて言葉を終わらせる。
一瞬にして変化する彼女の雰囲気についていけず、兄弟はやや間の抜けた表情で彼女を見つめた。
そんな視線に気付いたのか、コウは苦笑交じりに肩を竦める。

「若造の戯言と思ってくれても問題ないよ、お二人さん」

そう言いながらコウはエドが持ったままだったガラスのナイフを取り上げる。
パンと両手を合わせてそれをグラスに戻せば、彼らは金縛りが解けたかのように反応した。
一瞬で再構築されたグラスを持ち上げ、エドは真剣な表情を見せている。
一頻りそれを見ると、彼は徐にコウの方を向いた。

「本当に錬成陣無しに錬金術を使うんだな」
「嘘だと思ってたのか?って言うか、誰に聞いたんだよ」

大方大佐だろうけど、とコウはソファーの背もたれに深く背中を預ける。
エドが頷くのを見て心中で「やっぱりな」と呟く。
いつかは知られる事なのだから、別に問題はない。
この世界に来て、尚且つロイと同じ建物内で働く事になった以上、無関係では居られないと覚悟はしていた。
長い足を組みなおし、コウはエドとアルを交互に見つめる。

「俺の事を話す前に、お前らの事を聞きたいな。その………鎧の格好をしている理由とかな」
「あ、あの!これは………そう、趣…」
「趣味だなんて馬鹿は言わないでくれよ、アルフォンス。それで納得できるほど純粋じゃねぇんだ」

アルの声を遮って、コウはそう重ねた。
確かにそんな趣味を持つ人間が居ても可笑しくはない。
だが、常識で考えても12歳以下の少年がこの巨大な鎧を動かせるはずは無いのだ。
事実を知るコウでなくとも疑問は抱くだろう。
悩むように沈黙するエドを見つめ、彼女は再び口を開く。

「錬成陣をなくして錬成を成功させる―――それ即ち、真理に近づきし者」

記憶の中にあった一文を読み上げる彼女の声にピクリと肩を揺らすエド。
そんな彼の反応が、すでに答えを示しているようだった。

「お前も見たんだな、やっぱり。真理に近づく手っ取り早い方法は人体錬成だ。………何を作った」

質問ではない。
けれども、有無を言わせず回答を迫る声色に彼らは沈黙を保つ事は出来なかった。
落とした視線をゆっくりと開き、それと共に唇を動かす。

「俺達の………母さん…」
「兄さん…」
「錬金術の基本は等価交換だ。俺達が何も話さずにコウだけが一方的に話すなんて…」

出来ないだろ、と言う言葉は彼の口内に飲み込まれた。
弱冠12歳にして、すでに錬金術師として『等価交換』を骨の髄まで浸透させている少年。
紙上ではない等身大の彼らは、正しく人間だった。
彼は静かに顔を上げ、どこか決意を秘めた眼差しと共に口を開く。

「俺達の事…ちゃんと話す。だから…」
「その前に、いいか?」

確認を取って彼の続きを遮る。
コウの申し出にエドは内心首を傾げるも、こくんと頷いた。
出鼻を挫かれた様な気もするが、彼女にその意思はないと悟ったからだろう。

「先に俺から話させて欲しい。で、お前らの過去を話すに値するかを決めてくれ。
ただ、一つ言わせて貰うなら……………恐らく、お前らの望む答えは俺の言葉の中には無い」

それでも構わないな?と彼女は首を傾げる。
サラリとした柔らかい赤髪が黒い着衣の表面を流れた。
二人が確かに頷くのを見て、コウはソファーに座りなおすと腕を組む。

「結論を先に言うなら、俺は真理の元に辿り着いた。だが人体錬成を行ったわけじゃない。
研究者としての欲に囚われた事も、愛する人を………生き返らせようとした事もない」

そう言った彼女の表情は、今にも消えそうなほどに儚いものだった。
エドとアルは直感的に悟る。
彼女も、大切な人を亡くしているのだと。
生き返らせようと行動した事は無くとも、生き返って欲しいと切望した事はあるのだと。

「そして、この通り真理を見た後でも五体満足だ。代価が髪一筋だったって言うなら…有り得なくもねぇけどな」

自嘲の笑みを浮かべながらそう言うと、コウは彼らの反応を見るように口を噤んだ。
今までの考えを根本から覆すような彼女の存在に、幼い兄弟は戸惑った。

こうして目の前の人物は無傷だと言うのに、何故自分達は…。

そんなどす黒い感情まで鎌首を擡げる。
彼らの感情の変化を見越してか、コウは小さく溜め息を吐き出した。

「ここから先は言えないけど…俺の場合は、特殊な例だと思う。恐らく…他にはないだろうな」
「何でそんな事がわかるんですか?」

異世界の人間だから。
心中で即座にそう答え、コウはふっと笑う。
言っても仕方がない、言えるはずが無い。

「悪いけど、それも言えない」

代わりに出た言葉は、彼らの望むものではなかっただろう。

「とにかく、俺の事は参考にしない方がいい。お前らにはお前らの進むべき道があるよ、きっと」

スッと革張りのソファーから立ち上がると、彼らとの間にあったテーブルを回る。
そして二人の頭をぽんぽんと撫で、かがめた腰を戻した。

「嫌な思いさせて悪かったな。こんな情報でお前らの過去を聞こうとは思わない」

だから安心してくれ。
そう言うと、彼女はくるりと彼らに背を向けた。
そのままソファーに戻ろうと足を動かすが、進まない。
明らかに自身の進行を妨げるように着衣を引かれていることに気付き、彼女は振り向いた。
一体どちらが引きとめようとしているのか、とその引かれる裾の先を追う。

「兄さん、僕は…」
「あぁ。俺も、同じ事を考えてた」

答えはどちらか、ではなくどちらも、だった。
二人は顔を見合わせ、そしてエドが苦笑に似た笑みを浮かべた後、二つの顔をコウに向ける。

「話すよ。俺達の過去」
「…………………わかった。だが、その前にいいか?」

またそう言って言葉を挟む彼女に、今度は何だという視線が集う。
コウは苦笑を浮かべつつ、人差し指をくいと下に指した。

「手、離してくれねぇとソファーにも戻れないんだよな」
「あ」
「ご、ごめん!すっかり忘れて…!」

同時にパッと手を離す二人に解放されると、コウは先程まで自分が座っていた位置に腰掛ける。
今まで伏せていたルシアが彼女の傍らにお座りの要領で腰を下ろした。
揺れる尾が何を訴えているのかはわからなかったが、とりあえずその頭を撫でてやるコウ。
それで満足したらしい彼はそれ以上尾を振る事無くその場に佇む。

二人の兄弟の過去は、自分の予想以上に哀しいものだった。

Rewrite 06.07.19