Another World 14
「鋼のチビが来てるぞ」
散歩がてら軍部を歩いてくると言ったルシアだが、帰ってきた第一声はそんなものだった。
コウは作業の手を止めて彼の方を見る。
「おチビさん達が?ふぅん…」
「何か、コウを探してるみたいだった」
「俺ねぇ………大佐が何か喋ったかな」
そう言いつつ作業を再開させる。
そんな彼女の邪魔にならないところにちょこんと腰を下ろし、ルシアは彼女を見上げた。
右へパタリ、左へパタリと揺れる黒い尾が笑みを誘う。
「放っておいていいのか?」
「別に構わねぇよ。俺に用があるなら、その内来るだろうし」
態々出向くまでも無い、と彼女はバインダーに書類を振り分けつつ答える。
デスクに腰を掛けるようにしてこちらに向けられた背中はどこか楽しげで、彼女にわからないように首を傾げた。
彼女と生活を共にするようになってすでに数ヶ月経っているが、未だにその性格は掴みかねる。
推し量れない部分は時間が教えてくれるのだろうと、彼は無理に知ろうとする事を諦めていた。
「よし、終わったな」
机の上に3センチほど積まれていた書類は、すでに一枚も残っていない。
分け終えたバインダーが広めのデスクの上に乗っていて、今度はそれを片手に整理棚へと向かう。
整理棚のガラス窓の鍵に自身の腰についたそれを差し込み、開錠する。
がたりと立て付けの悪いそれを開き、バインダーの表紙を確認しながら正しい位置に仕舞いこんでいく。
彼女の動きに合わせて流れる赤髪が、窓からの光を受けて美しく揺れた。
「何かすることはあるか?」
「ん?別に何も無いよ。もう終わるし…。これの片付けさえ終われば仕事の方も殆ど終わりだからさ」
この時初めてルシアを振り向き、彼女は笑ってそういった。
その笑顔に彼は頷きを返すとその場に伏せる。
午前丸々使った書類保管庫の整理は、何とか昼食前に完了しそうだ。
昼食を取ったコウは軍部の廊下を歩いていた。
傍らに漆黒の毛並みを纏うルシアを従え、長い足を颯爽と進める彼女は自然と人目を集める。
何とか仕事に集中しようとするも、結局は無駄な事だった。
「スフィリア少佐、こんにちは!」
「おう。元気にしてるか?」
屈託の無い笑顔と共にそう返せば、嬉しそうに頬を染めて「はい!」と元気に頷く。
それを可愛らしいと思ってしまう辺り、自分も男装生活が長いなぁと内心自嘲の笑みを零した。
人当たりの悪くない彼女だからこそ、廊下でこうして声を掛けられることも決して珍しい事ではない。
その度に笑顔で対応する彼女は、新米ながらも受け入れられていた。
「あ、少佐。さっき子供が少佐を探していましたよ」
「さんきゅ。どこで会ったか教えてくれる?」
「応接室で待ってもらってます。今マスタング大佐が応対を…」
ロイの名前を聞くなりコウは少しだけピクリと反応した。
はぁと零した溜め息はきっとルシア以外には聞こえなかっただろう。
彼女はすぐさま表情に笑みを戻し、教えてくれた女性に一言礼を述べて踵を返す。
応接室は今まさに過ぎてきた曲がり角を逆に曲がらなければならないのだ。
すでに建物の地図が完璧に脳内に刻まれている彼女は、迷いのない足取りで歩き出した。
「あら、少佐。今呼びに行った所ですけれど…入れ違いになったみたいですね」
応接室の扉の前に立っていたリザが近づいてくるコウに気付く。
彼女は廊下を振り向いた後、コウに声を掛けた。
「あー…そうかも知れないな…。会ってないけど」
「ええ。こっちの廊下を歩いていきましたから」
そう言ってリザが指したのは応接室から右へと続く廊下。
因みにコウが歩いてきたのは応接室から見て左の廊下。
真逆なのだから、会わなかったのも無理は無い。
苦笑を浮かべるリザに、コウも同じような笑みを浮かべた。
「中で大佐と…エドワード君が待っています」
「了解。ありがとう」
コウが扉の前に立つのにあわせてリザはスッと一歩後ろに下がる。
二度のノックをすると、両開きの扉を開く。
中の全員の視線を集めたコウは、ニッと口角を持ち上げた。
「えっと…エドワードは久しぶり、だよな。そちらさんは?」
突然の乱入に言葉を失う室内の者に代わり、コウが口を開く。
ハッと我に返ったのは名前を出されたエドで、慌てたように隣の人物を指した。
彼よりも…普通の大人よりも大きい、鎧に身を包んだその人。
コウには嫌と言うほど覚えがあり、内心笑みを深めた事を彼らが知るはずも無い。
「こいつはアルフォンス。アルフォンス・エルリック。俺の弟なんだ」
「へぇ…………弟」
何かを含ませたコウの表情や口調。
それはしっかりとエドにも伝わったようで、彼は瞬時に反応した。
「悪かったな!俺の方が小さくて!!」
「いや…まぁ、世界は広いんだし…。そう言う兄弟がいてもおかしくはねぇって!………多分」
「最後のが余計!」
自身を指差してそう叫んだ彼の頭をぽんぽんと撫でる。
そして一頻り彼で遊んだ後、彼女はくるりとアルフォンスに向き直った。
「宜しくな、アルフォンス」
「あ、はい。えっと……」
「あぁ、悪いな。俺はコウ・スフィリアだ。こんなナリでも少佐だ」
差し出した手を握り合い、お互いに笑顔を浮かべる。
と言ってもアルの方は鎧なので表情などわかるはずが無いのだが…空気が笑っていると感じた。
彼との遣り取りを終えるとコウは口を噤んでいたロイに向き直る。
「接客ご苦労です、大佐。今からは俺が引き受けますのでどうぞ執務に戻ってください」
「…嫌味かね?」
「そう聞こえたならそうかもしれませんね」
ご自身で好きに取ってください、と彼女は笑顔を崩さない。
ロイはその笑みをじっと見つめた後、はぁと短い溜め息を零してゆるゆると立ち上がった。
コウがわざと開けっ放しにしていた扉からリザがじっと睨みをきかせていた、と言うのもあるだろう。
「では、失礼するよ鋼の」
「ああ。ありがとな」
しっかり仕事してくれ、と言われてしまえば彼に言葉は無い。
どこか哀愁を漂わせる背中を放り出すと、コウは早々に扉を閉めてしまった。
鍵までかけるという周到さだ。
「で、エルリック兄弟のご用件は?」
並んで座る彼らの向かいの革張りのソファーに腰を下ろす。
ルシアが彼女の足元の絨毯に伏せ、前足に顎を乗せた。
時折耳がピクリと動くところを見ると、寝るわけではなく話を聞くつもりのようだ。
「えーっと…聞きたい事があるんだけどさ…」
「聞きたい事、ねぇ…。まぁ、その質問の内容にもよるか」
軍の情報とかじゃなかったらな、と彼らの緊張を解くようにわざとふざけてみせる。
そんな彼女の計らいが効いたのか、単に空気に慣れただけなのか。
どちらかはわからないが、兎に角エドは彷徨わせていた視線を彼女に固定する事に成功する。
「コウの錬金術について、聞きたい」
はっきりと紡がれた内容にコウが内心口角を愉快気に持ち上げる。
それに彼らが気付けるはずもなかった。
「錬金術って一言に言われてもなぁ…何について聞きたいんだ?恐らくお前らの方が長く錬金術に触れてると思うけど」
彼らが幼い頃から父親の文献で錬金術の知識を身につけていたと言う事は知っている。
何故知っているのだと問い詰められたとしても、資料を見たからの一言で解決できる問題だ。
エドはコウの返事を聞いて少し悩むように眉間に皺を寄せた。
そんな彼に代わり、今度はアルが声を発する。
「兄さんは…スフィリア少佐が錬成陣無しに錬成できるって聞いたらしいんです。だから…」
「コウで構わない。……なるほど。陣無しの錬成に関する事が聞きたいんだな」
コウの言葉に二人がコクリと頷く。
そこに来て、彼女は挑戦的なそれへと笑みを切り替えた。
「お前らの聞きたい事の一つ。俺が真理を見たのか」
「やっぱり見たのか!?」
反応したのは自身にも経験…と言うよりも記憶のあるエドだった。
アルも経験があるといえばある筈なのだが、何よりその時の記憶がない。
バンッとテーブルに手をつき、エドは表情を険しくコウを見た。
「結果だけを言うと『Yes』だ。真理は見た」
「じゃあ…コウも…」
「………一つ言わせて貰えば、俺に得が無い以上ここから先は出来れば沈黙したいところだな」
スッと眼差しを鋭く、コウが二人にそういった。
その触れれば切れるような鋭い眼光に一度は視線を落とすも、すぐにエドは顔を上げる。
パンと両手を合わせ、テーブルの上に置かれていたグラスにそれを触れさせた。
「俺達は進まなきゃならないんだ!意地でも…どんな些細な事でも、話してもらう」
錬成反応が治まると同時に発せられたエドの低い声。
自身に向けて突きつけられるガラスのナイフに、コウは片方の唇を持ち上げた。
Rewrite 06.07.17