Another World 13
金髪の三つ編みを振り乱し、ロイに向かって食って掛かる少年。
自分の知識が正しければ…確か、12歳のはずだ。
「…気にするほど小さいか…?」
顎に手をやり、小さく…本当に小さく呟いたのは、彼を見たコウなりの感想。
だが、少年の視線はぐるんとコウの方を振り向いた。
「そこの赤い奴!今何か言ったか!?」
「何も言ってねぇよ、そこの金色の少年」
少年の口調を返せば、彼はむきー!とご立腹の様子。
再びロイに向きなおる少年を楽しげに見つめつつ、コウは思う。
「(確かに、あのまま成長が止まって15を迎えると……ちょっと小せぇか…。)」
どの道、彼がもう少し『小さい』と言うキーワードに敏感になるにはまだもう少し時間があるのだ。
その間にどのくらい成長すんのかね…などと、場違いな考えを脳裏に浮かべつつ、彼女は空を仰ぐ。
少年ことエドワード・エルリックとの出会いは、自身の赤髪がよく映える、晴天の日だった。
「で、あんた初めて見る顔だよな」
「………お前、大概イイ性格してるな…」
初見だと理解しながらも「あんた」と相手を呼び、口調は敬語など欠片も見当たらない。
エドの射抜くような視線にコウは口角を持ち上げつつ彼の頭をぽんぽんと叩いた。
その後金色の髪を掻き混ぜてみれば、不満げな声が自身の手の下から飛んでくる。
「俺はコウ・スフィリアだ。階級は少佐で“天操”の二つ名を持つ国家錬金術師」
まだヒヨッコだけどな、と悪戯めいた笑みを浮かべた。
エドは国家錬金術師と言う単語にピクリと反応する。
何とかコウの手の下から逃れると、興味深げな視線を彼女に投げかけた。
「国家錬金術師なのか?ってか、その格好で少佐!?」
「ああ」
ほら、とコウは銀時計をポケットから抜き取る。
それを横目に捕らえると、エドは国家錬金術師であると言う事は納得したようだ。
しかし、まだ軍人だと言う事に関しては信じられないらしい。
「普通に私服じゃねぇか!」
「こいつは特別に許可されている。それから―――」
ロイが肩を竦めてエドの言葉に答える。
そんな彼らの隣でコウは楽しげに笑っていた。
彼女はロイの続きを遮ってエドの頭に手を乗せる。
「ま、気にすんなよ。おチビさん」
「チビって言うな!!」
「へーへー。悪かったな」
明らかに謝っている態度ではない。
エドの頭に血が上るのも決して無理な事ではなかった。
「俺は平均だ!」
「平均よりやや小さいけどな」
ブンと彼の拳が空を切ってコウに迫る。
それを首を動かすだけで避けると、彼女は一瞬のうちに間合いを詰めて彼の胸元を掴みあげる。
勢いを我が物にして、自分よりも数十センチ小さな身体をふわりと持ち上げた。
そして、脇にあった手ごろな木の枝にひょいと引っ掛けてしまう。
「俺の勝ち」
「見た目よりも強いから気をつけろと言うつもりだったんだが………一足遅かったな」
ニッと笑うコウよりも少し高い位置にあるエドの顔。
いつもとは違った目線の高さを味わう余裕など彼にはなく、地に着くことのない足をバタつかせた。
彼女の向こうに見えているロイの苦笑も気に入らない。
「下ろせ!!」
「物を頼む時には?」
「~~~~っ…!下ろしてください…っ」
悔しげに紡がれる言葉に、コウは見惚れるような綺麗な笑顔を浮かべて「よく出来ました」と答える。
どこか子供のように扱われていると感じたエドだが、この時ばかりはその笑顔に見惚れた。
性別など関係なく、純粋に綺麗なものに対するそれ。
引っ掛けられた時とは裏腹に、優しい動作で足は地面と再会を果たした。
「…さて、と。遊ぶのはこれくらいにしないとな」
「あぁ、確かに。そろそろ時間だ」
コロッと表情を変え、コウはロイの方を向く。
彼も時間を気にしていたのか、彼女の言葉に頷いた。
歩き出す方向は建物への入り口。
間もなく、エドの国家錬金術師の試験が始まろうとしていた。
「で、エドが試験の間俺はどうさせてもらえばよろしいんで?大佐殿」
「君は自由だ。好きに遊びたまえ」
「………俺、来た意味ねぇよな…明らかに」
迷いのないロイの言葉にコウは思わずそう呟いた。
来なきゃよかった…と彼女が心中でそう零すと同時に、前の扉が開かれる。
何だか重いような威圧感溢れているような…そんな空気は、自分が試験を受けた時と変わらない。
そんな事を考えつつ、コウはこの場を去ろうと中に居た軍人に向かって敬礼する。
そして一歩引いてから回れ右でどこかで時間を潰そうと思ったのだが。
「スフィリア少佐、待ちたまえ」
「…大総統閣下?」
「君も見ていくといい。今年の受験者の中でも一際優秀な子だ」
有無を言わさぬ雰囲気に、コウは大総統としてのそれではなくラースとしてのそれなのだと直感した。
もう一度ピシッと敬礼すると、部屋の中に入って端に背中を向ける。
扉が閉ざされ、エドに向けて試験に関する説明がされた。
自分の時とあまり変わらない説明だったので、特に聞きとめる事無く右から左へと流す。
そうしている間にも準備は整ったようだ。
パンと合わせた両手を、自身の足元の床へと押し付ける。
見慣れた錬成反応が起こり、床の陥没と共に彼の手に沿って槍が生み出された。
コウは思わず口笛を吹きそうになる衝動を何とか抑えこみ、背中を壁に預ける。
エドが槍を片手に床を蹴ったのは、その3秒後の事だった。
「まっさかエドワードが俺と同じ事するとはなぁ。感心感心」
どうやらコウは彼の頭を撫でるのを気に入ったらしく、気がつけば手は彼の頭の上。
サラリとした金髪がその掌を掠めている。
対してエドの方は子ども扱いされているようで気に入らないのか、頑張ってその手を振り払っていた。
「同じ事って…コウも大総統に攻撃したのかよ?」
「おう。ま、俺の場合は攻撃っつーよりも手合わせ?だけどな」
「へぇー…どっちが勝ったんだ?」
「決着はついてない。まぁ、負ける気はしねぇけど」
そう言ってコウは口元に笑みを浮かべる。
常に上を目指すような、その挑戦的な笑みはあの時の事を思い出しているからだろう。
「それはどうかわからんが…君は本気を出した事がない」
「生憎、他人に手の内を曝け出すような馬鹿じゃないんだ。能ある鷹は爪を隠す、ってね」
ロイの挑発も彼女は綺麗に受け流す。
本当に爪があるのか?と小さく紡がれた言葉は、この際無視しておいた。
「マスタング大佐。俺は寄る所があるから別口で帰らせてもらうけど問題ないな?」
「あぁ、別に構わんよ」
「さんきゅ。んじゃ、またな。エドワード」
最後にまたぽんと彼の頭を撫でると、コウは反撃が来る前にひらひらと手を振りながら二人に背を向ける。
赤髪揺れるその背中が角を曲がるまで見送ったところで、ロイが思い出したように口を開いた。
「忘れていたが…スフィリア少佐も陣なしに錬成を行う」
「!…本当か!?」
「あぁ。あの試験の時にも、確かに彼女は錬成陣なしに錬金術をやってのけた。間違いない」
「なら、聞かねぇと…!何か知ってる事があるかもしれねぇ!!」
今しがた見送った背を追うべく、彼は地面を蹴る。
だが、その身体はコートのフードを掴まれる事によって前には進めなくなった。
暴れるエドを掴んでいるのはもちろんロイ。
「日を改めたまえ」
「放せよ、大佐!!」
「今から追ったところで少佐には追いつけんよ。少佐は逃げ足が速い」
逃げ足とは少し違うようにも思うが、そこは聞き流すと言うか気にも留めないエド。
不満げな様子ではあったが、追いつけないならばと仕方無しに身体の力を抜いた。
それを確認するとロイも彼の赤いフードを手放す。
「少佐には私から話しておく。日取りはこっちで決めさせてもらうが…」
「あぁ。いつでも、どこにだって行く。頼んだぜ、大佐」
自分と同じように錬成陣なしに錬金術を使う術師は少ない。
様々な例を見ていけば、自分達の身体を取り戻す事に繋がるような、そんな気がした。
すでに見えるはずのない彼女の背中を思い浮かべ、エドはぎゅっと拳を握る。
Rewrite 06.07.12