Raison d'etre sc.062
止める事は出来ないと、紅は自分の力量を正しく理解していた。
伸び行く神鎗の前に立ち、斬魄刀でそれを受けたとしても…自分を貫き、彼女を射殺すだけの威力は十分。
本能がそれを刹那で判断し、次なる行動に移させる。
抜き取った霽月で、自身の前を伸びていった神鎗の軌道をずらす。
耳障りな刃同士のこすれる音を聞きながらも、紅はその手に力を込めた。
少しでも切っ先がずれた事に安堵する間もなく、刀を通して鈍い感触を受け取る。
そう、刀の刃が何かを貫くような…そんな、慣れたくも無い感触を。
動いた所為だろうか、再び自身の動きを制するようにズキズキと痛む肩。
右手だけでは不安を感じ、役には立たないと知りながらも痛む左手をそれに添えていた。
痛みを和らげるように、紅は短い息を吐き出す。
彼女の耳に、ルキアの切羽詰った声が聞こえ、痛みに限界を訴える身体の叫びを無視する。
無理やりに持ち上げた視界で彼女と、そして自身の尊敬する師の崩れ落ちる姿を捉えた。
考える間も惜しいと、身体がまるで他人のもののように動く。
「…止まって、ください」
呼吸が乱れ、言葉が途中で不自然に途切れる。
しかし、それでも紅は瞬歩により藍染の進路に立った。
抜き身の霽月を真っ直ぐに彼に向かって伸ばす。
構えたくとも、動かぬ左手では無理だった。
「紅…っ!おぬし、肩が…!!」
ルキアは自身の代わりに市丸の斬魄刀を受けた白哉を抱き込み、目の前に立つ背中を見た。
黒い死覇装に身を包んで尚視覚で確認できるほどに身体を染めるそれ。
肩から溢れた血は、無理する紅に楯突くかのように、死覇装を塗らす。
「無理は感心しないよ。それで僕を止められると思っているのかい?」
「…止められないでしょうね」
彼の嘲笑に対しても、紅は淡々と答える。
そして、自身が感じ取った確かな気配に口角を持ち上げた。
「止められずとも、時間を稼げればよかったんですから」
紅の声と同時に、藍染の前後に現れた人物がそれぞれ彼の動きを封じる。
前を取ったのは夜一。
彼女の手はしっかりと藍染の腰帯を捕らえ、かつ斬魄刀の抜刀を防ぐように柄に添えられている。
彼の背後から足を回すようにその腕の動きを制し、首元に刀を添えるのは砕蜂だ。
それぞれ隠密機動の任についているだけの事はあり、それはほんの一瞬の出来事だった。
「筋一本でも動かせば、」
「即座に首を刎ねる」
二人の言葉にも、藍染は笑みを消し去る事は無く、むしろ平然と受け止めていた。
彼女らの登場により、紅は僅かに気が抜けたのかその場に膝を付く。
霽月の刃が地面に刺さり、彼女が倒れこむのを防いだ。
「…ッは…!」
まるで空気の塊でも吐き出すかのように呼吸が乱れている。
この場所から遠ざからなければ、と思ってもこれ以上身体は動いてくれそうになかった。
紅がそうしている間にも話は進んでいる。
理由はわからないが藍染に付いたらしい、それぞれの門を守る番人ら三人。
仰がなければその顔を捉える事が出来ないほどの巨漢に、彼を捕らえていた夜一が舌を打った。
だが、どうすると考える間もなく、その三人の前に立ちはだかる別の人物。
顔を上げることさえままならない紅の耳に、登場の際の地面の揺れだけが伝わっていた。
新たな救世主の肩に乗った空鶴は夜一に向けて口元に笑みを刻むと、三人の一人に向かって鬼道を放つ。
巨漢を吹き飛ばすほどの威力は、爆風と共に砂塵を巻き上げた。
それに思わず軽く目を閉じた所為か、視界がぐらりと揺れる。
身体のバランスを保つ事も出来ない自身に、苦笑すら浮かんだ。
地を踏みしめる音が何度も聞こえた。
それに続いて、覚えのある声が彼女のすぐ傍らから届く。
「肩と足…怪我はそこだけですか?」
降ってきた声と共に、身体の傾きが止まる。
傷口に触れないよう回された腕の持ち主を辿り、紅はその名を紡いだ。
「芦崎…」
「遅くなりました」
彼は表情に影を落としてそう呟いた。
背中の辺りまで赤く染め上げるほどの出血は、肩の傷の酷さを物語っている。
容赦なくやられたものだ、と彼は声に出さずに思った。
「芦崎くん、雪耶を後ろに」
「はい」
浮竹の言葉に芦崎は短く返事を返し、彼女の身体を抱き上げようとする。
しかし、紅はそれを拒んで自ら身体を立ち上げた。
彼はそれを制するように口を開くが、結局何も言う事無く彼女の身体を支えるだけに止める。
少しばかり移動した彼女を背後に庇う様に、浮竹や京楽が前へと出た。
すでに、藍染を夜一と砕蜂が、市丸は乱菊、そして東仙は檜佐木がそれぞれ取り押さえている。
360度を隊長、副隊長に囲まれた藍染らに逃げ道などないように思われた。
だが、首筋に突きつけられた刀に引く事は無い。
彼はその口元に静かな笑みを浮かべ、集った面子を一瞥する。
「…どうした。何が可笑しい、藍染」
消えない笑みに対し、夜一がそう声を上げた。
彼女に返答するかのように藍染は口を開く。
「…あぁ、すまない」
一旦そこで言葉を区切り、更に彼はこう続けた。
「時間だ」
彼の言葉に反応したのか、それとも別の何かに対してか。
兎に角、夜一はバッとその顔を持ち上げ、上空に向けて目を見開く。
「離れろ、砕蜂!!」
声に対する咄嗟の反応は流石と言うべきだろう。
理由を問うでも疑うでもなく砕蜂は地面を蹴って彼から距離をとる。
同様に夜一も地面を蹴った。
彼女らの行動から一瞬とおかず、藍染の身体が空から伸びた四角い光の柱によって包まれた。
自然とその光の柱の元を辿り、そして見る。
空に不自然に入った亀裂から這い出すように伸ばされた手。
「…莫迦な………!!」
浮竹の言葉はその場の全員の声を示していた。
ギシッと空の亀裂が軋み、その手によって空間が切り開かれる。
亀裂の向こうから姿を見せたのは無数の大虚。
我先にと身体を伸ばし、それによって亀裂は更に広がりを見せた。
それと同時に、更に三つの光の柱が空を貫いて丘へと降る。
一つは東仙、もう一つは市丸を包み込んだ。
そして、最後の一つが向かう先は―――
06.05.12