Raison d'etre  sc.061

崩玉。
浦原喜助が作り出した、瞬時に虚と死神との境界を取り払う事の出来る物質。
それは本来存在してはならないものだった。






藍染の声に集中する事が出来ない。
散漫になる意識を必死でその場へと繋ぎとめ、紅は短く息を吐き出した。
ゆるりと目線を動かせば、楽しげに目を細める藍染とそれが絡む。

「君の母親も同じような眼をしていたよ。君は両親の血を深く受け継いでいるらしいね」
「母…親?」
「雪耶姶良。零番隊の初代副隊長であり、尸魂界屈指の占い師だ」

知らなかった事実に紅は軽く眼を見開く。
霽月からある程度の話は聞いていたが、どれも瑣迅のことばかり。
母である姶良の事よりも、どちらかと言うと彼の存在が紅の中で大きすぎた。

「彼女の『先読み』は実に優秀でね。四十六室ですらそれを高く評価していた。
僕は君たちがどこから侵入してくるかを知っていた、と言ったね」

確認するように、しかし自己で完結してしまうように。
藍染はゆったりとした口調で語りかけるように言葉を紡ぐ。

「事実を言うならば、僕は君たちが『どこから』侵入してくるかだけでなく、『いつ』『何人』の仲間を連れて来るかも知っていた」
「何で…そこまで…」

言葉を発する事さえ苦痛なのだろう。
一護は半ば呻くようにしてその声を発した。

「言っただろう?姶良の『先読み』は優秀なんだ。数十年後の『今』を読める程度にはね」
「姶良が何故あなたに従うの…?」

母を呼ぶにはあまりに失礼な呼び方ではあるが、紅に『お母さん』とは呼べなかった。
両親によって生かされたこの命だとしても、彼らと別れてから時が経ちすぎている。
実感も無ければ、父や母と呼べるほどお人好しでもない。

「大切なものがある人間ほど扱いやすい。命令など聞かなくとも、聞かざるを得ない状況を作ればいいだけの話だろう?
そう。例えば………彼の喉元に刀を向けて、ね」
「――――っ」

藍染はすっと細めた目を一護へと向ける。
それだけで、見えない切っ先を喉元につき立てられているような錯覚を起こした。
紅は彼の行動に唇を噛み締める。

「子を想う親ほど扱いやすいものはないな、雪耶。
随分前に未来を占う事をやめた姶良だが、君の命を少し揺らしただけで、彼女は喜んで僕の申し出を受け入れた」

口内に鉄の味が広がるが、それも気にならないほどに藍染を睨みつける。
痛くも痒くもないと理解しながらも、そうせずには居られなかった。
















紅の様子を横目で見つつ、ルキアはそっと目を閉じる。

『ルキア、もう少し甘えてみたらどうです?白哉様は優しい方ですよ』

頭に添えられた手は酷く暖かかったのを覚えている。
すでに記憶に無い母親は、こんな人だったのだろうかと。
そう考えてしまうほどに暖かくて、そして優しかった。

『今度娘が生まれるんです』
『何故、娘と?』
『…夢に見てしまったんです。駄目ですね、未来は占わないと決めたのに…』


でも、これは不可抗力です。
悪戯めいた笑みを浮かべた姶良は、すでに母親の表情だった。

『良かったら、友達になってあげてくださいね。ルキアとは仲良くなってもらいたいんです』

彼女の言葉に、力強く頷いたのを、まるで昨日の事のように思い出せる。
姶良の娘は現世に転生した。
言葉数少なく白哉から聞いた時には、もう会えないのだと覚悟した。
まさか、こうして死神として再会するとは…思っていなかったから。

『私も、ルキアを本当の娘のように愛していますよ』

本当の母親のようだと冗談交じりに紡いだ言葉に、彼女はそう返してくれた。
涙が出そうになるほどに嬉しかったのだと、彼女は知っていただろうか。
その一週間後に、二度と会えなくなると知っていたら…素直に伝えていたかもしれないのに。












気を抜けば涙が頬を伝わりそうで、ルキアは自由にならない身体を動かして俯いた。

「…あぁ、そうか」

彼女の行動を見た藍染は少しばかり考えるように沈黙し、やがて納得したように頷く。
その不可解な言葉に紅は眉を寄せた。

「君は随分と姶良を慕っていたんだったね。思い出だけでも辛いと見える」

何がわかる、とそう言いたくても、声帯は声を発する事を拒む。
この話はこれで終わりとばかりに表情を切り替えた藍染に、その言葉は飲み込まざるを得なかった。







途中、七番隊隊長狛村の乱入があったが、彼は鬼道の黒棺によりすでに血の海へと沈んでいる。
傷一つ残らぬ藍染は、全く障害になっていない様子で、先程までと同じような声色で語りを続けた。
彼は静かに言葉を紡ぎながら懐から筒状のスイッチを取り出す。

「魂魄への異物質埋没は彼の編み出した技術だ。
ならば、それを取り出す技術も、彼の過去の研究の中に必ず隠れていると読んだ」

カチリと、彼の指がそのスイッチを押す。
音と共に藍染とルキアを囲うようにして、地面から六本の鋭く尖る柱が生える。
紅たちが驚きに表情を染める間にも、スイッチが姿を変えたそれが藍染の手を手袋のように覆いこんでいた。

「これがその、解だ」

言葉と同時に藍染の腕がルキアの胸元を貫いた。

「ルキアッ!!」





彼女の胸に不自然に開いた黒い穴から、彼の腕が何かを掴んで引き抜かれる。
まるでそれを守るように取り囲むクリスタルのようなものの中に見える、深い色目の小さな玉。
指先だけで掴めてしまうほどに小さなそれを自身の方へと引き寄せ、藍染はそれを見下ろした。

「…驚いたな。こんなに小さなものなのか…」

支えを失ったルキアは地面に膝を付く。
彼女の胸元に開いた穴が音を立てて塞がっていった。

「魂魄自体は無傷か…素晴らしい技術力だ。…だが、残念だな。君はもう、用済みだ」

崩玉を懐にしまいこむと、藍染は彼女に手を伸ばす。
首につけられた輪を持ち上げ、そのままルキアの身体を浮かせた。
その後に続く言葉など想像するに容易い。

「殺せ、ギン」

口元を吊り上げ、いとも簡単に。
藍染は力なくぶら下がるルキアを横目に、その言葉を紡ぎ終える。

「…しゃあないなァ」

口ではそう言いながらも市丸に躊躇いはないように見えた。
彼は言葉と共に自身の斬魄刀を抜き、そして構える。

「射殺せ、『神鎗』」

冷たい声に誘われるように神鎗が刀身を伸ばし、真っ直ぐルキアへと向かう。




身体が自然と動いたのは、それだけ彼女が大切だから。

06.05.05